第46話 色戦争-2 翼持つ大狼

 高度約千メートル、空を覆う雲の中を進む人間がいた。榊橋鳥居は悪魔マルコシアスを捜していた。快晴ならどれほどよかっただろう。雲があるせいで、容易には見つけられない。


 脚と右腕だけを妖化させていた。この高度――前回マルコシアスと対峙した高さに来てから、右腕へ妖力から変換した電気を貯めている。


 はるか下の地上に魔法陣が展開された。同時に感じる妖力。これは獅子ししのものと、もう一つは五行五木のものだろうか。あの五獣の力は妖化に近しい力なのかもしれない。

 

 光線が見えた。ドラゴンブレスを上空へ逸らすのが五木の役割だ。いまの位置を考えると逸らされた光線は当たらないだろう。念のため注意を向けておく。


 光の柱が昇って行った。それは周囲の雲を瞬時に追い払う。見えない波が辺りを薙いだ。少しの振動を鳥居は感じた。


「分身に任せて高みの見物か!」


 風の音に掻き消えぬように鳥居は叫んだ。その先には翼の生えた狼、マルコシアスがいた。やはり雲の中に潜んでいたらしい。

 

「ははっ、見つかったか、良い眺めだぞ」

 

 不遜な物言いでマルコシアスは応えた。

 

「山のさらに上ってのは高すぎないか」

「私が消えれば分身も消える。ここにいろ、それが主の命よ」

「まあいい、俺の収入になってもらうぞ」


 全身を妖化で包む。戦国時代の甲冑かっちゅうのような姿、ところどころに雷獣の毛を模した飾りがあしらわれている

 頭部と胴、腰の部分のベース色は黒、ところどころに紫と黄の稲妻模様がつけられている。四肢の部分は白ベースに黄の稲妻模様が描かれていた。自分でも微妙なカラーリングだと思うが、これは雷獣のセンスだ。

 

「その姿。……思い出した! また会ったな若造。あのまま逃げたかと思ったぞ」

「忘れられてたのか、次は忘れるな、よ!」

 

 鳥居が突きだした右腕からは雷鳴とともに雷が走り、空を裂いた。

 マルコシアスは羽を羽ばたかせ、上空へ逃れる。

 

「奇異な男よ。四ツ橋でありながら悪魔さえ敵とするとはな」

「まあ、仕事だからな」

 

 再び雷光、距離があるためか、マルコシアスは容易くかわして見せる。その尾を鳥居に向けた。

 その尾は蛇の頭だった。そしてそれは炎を吐き出す。火炎放射器のようなそれはすぐに鳥居の体躯を覆うに足るほどの炎となった。

 

 これを避けるほどの飛行速度を鳥居は持たない。

 雷獣、天翔ける雷の獣の妖化を行う鳥居だが、空での移動速度は遅い。鳥居の走る速度だ。だがそれをカバーする力を有していた。

 

 雷獣は現れる、という伝承。素の飛行速度はないものの自身が視認できる雷への瞬間移動を行える。

 

 右方向へ雷を放つ。炎をよけられる範囲の雷が消える前に移動を念じる。一瞬の浮遊感の後、自身の後方に熱を感じた。

 

「雷を用いた瞬間移動! そんなこともできるのか」

 

 楽しそうに狼はわらう。そして接近。分身は本当によくいる狼のサイズだったが、本体は虎のような大きさだ。口から覗くその牙も人体を貫通できそうなくらい長く鋭い。

 

 全身を妖化している。防げはするだろう。それとも避けるか。その二択を強いられる。

 どちらも選ばなかった鳥居の繰り出したのはカウンター狙いの正拳。それは上に飛ぶという起動で避けられる。

 

 同時に距離が空く。素早いターン。思いのほか速く、一度通り過ぎたが、すでに眼前へ迫っている。左腕で防御を図る。嫌な音がした。

 鎧は砕けるところまでいかなかったものの、牙が突き立てられているのがわかる。まだ貫通はしていないが時間の問題だ。

 

 右腕で思い切りその鼻先を殴りつける。獰猛な顔が苦痛に歪むがそれでも離れない。左腕の鎧が軋む音がする。壊れてしまうかもしれない。


 最中、尾の蛇がこちらを向く。その口に炎が揺らめく。

 右腕から雷を放つ。瞬間移動を試みる。成功。

 自身のいたところは既に炎に包まれていた。左腕を見やる。犬歯の痕であろう陥没が存在していた。妖力で修復させる。

 

 マルコシアスの牙は妖化の防具でさえ損傷させる。修復できるとは言え、何度も受けてはいられない。それに忘れたころに放たれるあの炎も厄介だ。

 

「その移動はずるいぞ」

「あんたのその羽も炎もな」


 狼と蛇、その二つの頭は鳥居を睨み、威嚇するように牙をむく。全身を妖化させてもなお、ほぼ互角とは思ったより強い。

 今や全身の妖化部分に少しずつ電気を貯めている。会話を引き延ばせばそれだけ貯蔵量を増やせるが、そう甘くはない。


 獰猛な牙が見える。正面から突っ込んできた。チャージは十分ではない。先ほどと同じようにかわせば、素早いターンで再び攻撃を受けるだろう。


 腕に噛みついていた時もかなり殴ったが、顔面の骨が折れるなどの手ごたえはなかった。固めのサンドバッグを殴っているに等しい。


 判断はやはり避けることだった。先ほどと違うのは、その尾――蛇の頭を狙った点だ。

 横を通過した後、すぐに左手でその尾を掴む。首を絞めるように思い切り握る。この状態だと炎は出せないらしい。相手も黙ってはいない。狼の頭をこちらへ向け、噛みついてくる。

 左腕で受ける。今度は微弱な電流を流してある。先ほどよりは持つだろう。


 こちらの手は塞がっている。右手を捻り、手首に蛇の胴を一回転巻き付ける。左腕を噛んでいる咬合力が弱まるのを感じた。


 肉が千切れる音がした。蛇の尾はその胴から離れた。それ眼下へ投げ捨てると、空いた右手でマルコシアスを殴りつける。尻尾の切断のダメージがあるのか苦痛に歪んでいるように見える。それでも離さない。


 その口からだいだいの明かりが漏れ始める。まさかこっちからも炎を吐けるのか。このままでは焼かれてしまう。雷を使った瞬間移動を再び行う。


「貴様よくも」


 顔の向きをすぐにこちらへ変え炎を吐き出す。蛇の頭から吐き出されたそれ比べると大きい炎だった。その直径は五メートルはあるのではないだろうか。


 脚の妖化を解いた。途端に落下が始まる。走るよりは速いだろう。計算は得意ではないが、三秒で少なくとも四十メートルは落下で移動できるはずだ。


 炎は上を通り過ぎて行った。マルコシアスはその翼を駆使し追いかけてくる。最初の遭遇。多量の分身体に襲われた時のことを思い出す。今回は逃げるわけにはいかない。


 殴ってもどうにもならない。大技を使うには充電が必要だ。その隙を簡単には与えてくれない。


 一つのアイディア、それを行うのに間に合う時間はあるだろうか。


 妖力を左腕に流す。妖化の鎧は修復される。まだだ、砕かれるまでに時間を要するように強度を上げねば。


 マルコシアスは突進してくる。再び噛みついてくるのだろう。それを鳥居は待っていた。


 左腕に噛みつかせる。それが狙いだと悟られぬように、先ほどと同じようにその顔を鳥居は殴り続けた。


 鎧の強度を上げたのもあるが、相手も流石に消耗しているらしい。先ほどよりも咬合力は弱い。これなら……。同時に妖力を電気へ変換するのも忘れない。ただ使わずに蓄える。目論見が上手くいかなかったときのために。


 眼下、S.N.O.W.地上を見る。炎を大地を舐めている。この距離からでも五行五木独特の気配を感じることはできる。あとはドラゴンブレスを待つだけだ。


「……次の光線で死んでもらう」

「そんなことしたらお前も」

「俺は絶好のタイミングでワープする」


 口を話し逃れようとするマルコシアスの背後へ回りしがみ付く。蛇の尾のない今背を取ってしまえば怖いものはなかった。地上、山頂付近から光の束が放たれる。


 五木の位置、それならブレスが通るのは。

 

「雷獣!!」


 姿を現す鳥居のあやかし雷獣。


 妖怪の実態顕現。四ツ橋のもう一つの秘技。普段は霊体のような存在の妖怪へ実態を持たせる。全身の妖化と妖怪の実態顕現、どちらが強いということは明確ではなく、どちらも強力だということだ。ただ妖怪に実態を持たせるので妖力の消費はこちらの方が激しい。


「押せ!」


 光線が通るであろう方向に自信とマルコシアスを押すように鳥居は言った。


 雷獣は一声吠えると、マルコシアスにぶつかる。


 迫りくるドラゴンブレス。左腕から雷を放出する。瞬間移動。


 目論見通り、ドラゴンブレスはマルコシアスを焼いた。


 ドラゴンブレスに耐えたらしい。マルコシアスはその姿を空中に浮かべていた。獰猛な目で鳥居を睨むも、高度を保つのでやっとらしく動く気配はない。


雷板らいばん展開」


 突き出した右腕の鎧が開き六つの花びらのようになる。


「妖力装填」


 六つに広がった先は電極となり、流れるいかずちはそれぞれに連なり六角形を描く。


「回転。加速。加速。加速。加速!」


 六本の電極は回転し、徐々にその速度を速める。明滅するかみなりに鳥居は時折目を細めた。


「発射」


 蓄えられたいかずちが放たれる。派手さはない。細い一筋のかみなりがマルコシアスの体表に触れると内部で弾けた。


 マルコシアスは何も言わず堕ちた。途中その骸は光へと変わった。


 脚以外の妖化を解く。それなりに消耗した。勝ったというのに落ちて死んでしまっては元も子もない。


 どれだけのボーナスが貰えるだろうか。あの社長のことだ、いいだけピンハネするだろうことはわかっているが、期待はしてしまう。

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