第45話 色戦争-2 赤い兵・長槍の怒髪
剣が助太刀に加わった時、すでに赤騎士は負傷し、血を滴らせていた。炎が回る前に間に合ってよかったと剣は思った。戦場で孤立しては生存率が下がる。
赤騎士に対して心配はしなかった、一度対峙したゆえにその力はもう知っている。
自身の血液のコントロール、それが赤騎士の能力だ。血を流せば流すほど、その手数は増える。
相対するゼパルは世界史の教科書に載っているような歩兵そのものだった。その甲冑、装束は真っ赤だ。携えるロングソードさえも。
「二対一か……騎士道精神のかけらもないな」
剣の到着と同時にゼパルは言った。
「そっちこそたくさんペットを連れているね」
剣の無表情な煽りにゼパルは動じた様子はない。
「これは僕がやる」
「は?」
「君はその血の剣で周りの分身を抑えていてくれないか?」
「うるせえ、大物は俺にやらせろ」
口論、とはいえ、赤騎士が一方的に怒鳴っている。
「喧嘩している暇があるか」
振り下ろされた真っ赤なソード。赤騎士よりも一瞬早く反応した剣はその剣先を刀で落とした。
「ほら、君の剣だとこうはいかない」
「……」
「ほら頼むよお願いだ」
「わかった」
一瞬の逡巡の後、赤騎士は剣に従った。
血で生成されたロングソードはすでに二本。剣士なしで振るわれるそれは、ある意味不死の兵隊だ。
そこに赤騎士。三人の兵は周囲の分身に挑みかかる。
瞬く間にゼパルの剣は再生した。魔力の産物だろうか、剣はじっと見据える。
「早く済ませなきゃ。ちょっと本気出すよ」
「……来い」
睨みあう両者。周囲では一人の剣士と複数の獣、狂った演舞が演じられていた。
「号開示。
刀の号の開示。これは相手に聞こえなくてもいい。この刀が血をも斬るほどの切味を持つ事実を強化する一つのステップ。
その刀を剣は真正面から振り下ろす。
ゼパルはそれを受けようとする。
その一瞬、何かを気取ったのか、ゼパルは防御を止め、右へ回避行動を行う。
「今のを受ければ真っ二つになっておったな」
「勘のよろしいことで」
手首を返し、右上への逆袈裟。これは避けきれなかったらしく受けたゼパルの剣は血斬りの勢いを止めることなく切断され、刃はその腰部に迫る。
その間に現れたのはマルコシアスの分身。鉄の剣より柔らかいそれは豆腐を斬るように両断されたのちは空を斬った。
振り抜いた刀の下にゼパルはいた。斬られた剣は既に再生成されている。首元を狙った突きが放たれる。剣は後ろに飛びのき、それをかわした。
分身体を任せた赤騎士の方をちらりと見やる。分身体の相手は既にしていなかった。対峙している相手は悪魔の一柱なのだろう。炎のように逆立った髪、身長の倍はあるであろう槍を携え、所々が錆びた鎧で体を覆っている。
それでも赤騎士は一本の血の剣に分身体の相手をさせていたが、処理しきれていなかった。長槍の悪魔との戦闘は拮抗しているように見える。
早々にゼパルを倒さねばならない。赤騎士は既に血の剣二本を作ることができるだけの出血をしている。あまり猶予はない。
ゼパルへ向き直る。放つ刀は、どれも必殺を狙っているが、すべて届かない。時折入るマルコシアスの分身という邪魔が、戦闘を膠着状態に持って行ってしまっていた。
「複製、脇差し」
手数を増やそう。鉄の鎧と分身体、どちらも豆腐のように切れるのなら、片手に一本で十分だ。脱力する。左に脇差しを持つ、正二刀、下段の構え。深呼吸。中段に十字に構え直す。
接近、右手の太刀を右から薙ぐように振るう。ただの刀ならばよほどうまく当てなければ鉄棒の殴打にしかならない一撃だ。刀刃剣の剣技と血斬り、両方が合わさることで胴を両断する必殺となる。
ゼパルは既に受けるという選択肢を捨てていた。刀の軌道に注意を向け回避に徹する。しばらく持ちこたえることができれば、赤騎士と対峙している悪魔――アミーが加勢に加わり、逆転を狙える。それがゼパルの目論見だった。
「待つのは本意じゃないんでしょ?」
「貴様の刀が悪いわ」
悪魔ゼパル。序列十六番の大公爵。兵士の姿をしている悪魔。その伝えられる特異な力は戦闘向きではない。女性の愛情を燃え上がらせ、男女を結びつける。刀刃剣が相手である以上、その能力を駆使することは難しかった。
ここでゼパルが、剣の刀――血斬りの中にいる存在を知っていれば戦局はまるっきり違うものになっていたかもしれない。
右手に持った血斬り本体を鞘へ収める。
「複製、大太刀」
刀身およそ八尺(約二百四十センチ)、抜身の刀を両手に握る。大仰な得物を手にしていても剣の動きに変わりはない。刀はさすがに重いのか、振る動作は少し遅い。それでもその長さは下がった速度をカバーするどころか、むしろ広い攻撃範囲でゼパルの胴へ食い込んでいく。
「ひ、卑怯な――」
「ごめんね、急いでるんだ。それに外法を使う君たちに卑怯も何もないよね」
ゼパルは切り捨てられ、光となって散っていった。急ぎ、赤騎士に加勢しなくてはならない。剣は赤騎士の方へ足を向けた。
「よく抑えていてくれたね」
「っせえ、わりいけど交代だ」
「こいつはどんなの?」
「アミー……だっけ?」
出血のせいで頭が回っていないと信じることにした。すでに血の剣は三本になっていた。それなりの出血をしているはずだ。自ら戦いをやめてくれて助かったと剣は思った。
赤騎士の意識がある間は血の剣は自律する。三本の剣は分身体を抑えている。
悪魔の名前だけを聞いても剣にはどうしようもない。そのあたりの知識は皆無に等しい。。
「さあ、覚悟してね」
「……」
「なんにも言わないと誰にも憶えてもらえず終わっちゃうよ」
剣の手、すでに大太刀はない。鞘から抜いた血斬りを上段に構える。アミーの持つ長い槍。それだけが特徴というわけではなかった。人間の頭蓋骨をネックレスのようにしてつけている。瞳のない眼窩の闇がこちらを見ているように剣は感じた。
攻撃的に逆立った髪型からは考えられないほどこの悪魔は物静かだった。
「いくよ」
袈裟斬り。その一撃は安々とアミーの胴体を斜めに分割した。それこそ豆腐に包丁を入れたように。
途端にアミーの首飾り――頭蓋骨が一つ消える。
「へえ、そういうこと」
「……」
首飾りの頭蓋骨、一つに一つずつ
「じゃあ、全部なくなるまででいいんだね」
刀を再び振りかざす。今度はその首を切り落とす。再生。やはり、頭蓋骨の数は減っていた。
アミーの槍は長いが血斬りの前ではかまぼこも同然だった。アミーの手に武器はない。剣に斬られるがままだった。
胴を真横に振り抜く。再生。胸を突き刺す。再生。正中線に沿って真っ二つにする。再生。再生と同時に首を
「これで終わり」
最後は最初と同じ袈裟斬り。戦闘は終わったが炎で遮られ、誰の元へ向かうことはできない。
炎が揺らめいた。長槍の悪魔アミーは炎の中から再び姿を現した。
悪魔アミー。序列五十八番の大総裁。彼は最初、燃え上がる炎の形で現れるという。
「えっと、何回斬ればいいのかな」
放っておくのも手だが、赤騎士が危ない。炎が消えるまで、剣はアミーを斬り続けた。
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