第44話 色戦争-1 竜の息吹

 午前十一時過ぎ、S.N.O.W.地上。

 空中に魔法陣のようなものが展開される。ここまで待っている間、召喚士は姿を現さなかった。

 

「来ます!」


 白騎士が切迫した様子で言った。言われなくても全員がわかっていただろう。


 魔法陣が強く光り輝き姿を現したのは龍だ。その龍は想像よりも小さい。競走馬、サラブレット程度かほんの少し大きいくらいか。トカゲに類似した、よくイメージされる西洋のドラゴン。爛々らんらんと輝く獰猛な目。そして体色は静脈血のような赤色をしていた。


 騎乗する存在も異形だ。人の形をしているが頭は三つ。そのうち人間の顔は真ん中だけで、左右は牛と羊だった。そして足は鳥の脚。伝承通りならそれはガチョウのものか。見えないが恐らくその尾は蛇だろう。

 携えるは三メートルほどの旗、先は槍になっている。布は巻かれ、槍として振るうらしい。悪魔アスモデウス。伝承通りの姿形だった。


「すべて焼いて」


 姿を見せない召喚士の、静かな号令。それでもその声はその場の全員に響いた。


 そのたった一言でアスモデウスの騎龍はドランゴンブレスを放つ。標的は市の繁華街に違いない。


 五木は動いた。玄武の盾で何度防ぐことができるかはわからないが、黒騎士の天秤は緊急時に取っておきたい。


 左腕に黒色に近い深緑の盾をあらわす。正確には鎧の腕部分とそれに付帯した盾だ。前に出て、玄武の甲羅こうらの強度を誇るラウンドシールドを構える。


 上空へ逸らすような角度に五木は勘で傾ける。遥か上空の鳥居に当たってしまわないか心配になるが、受けることに集中しなければならない。


 衝撃。一瞬下がらざるを得なくなる。図に当たったようで、ブレスは上空へと逸れている。

 このブレスがどれほどの間吐き続けられるものなのか知らなかった。みるみる盾が赤熱していくのを感じ、訊いておけばよかったと後悔する。徐々に上昇していく盾の温度。その下の鎧を加熱し、皮膚を焼かれるのではないかという危惧に襲われた。

 

「うおおおおおおお――」


 気合の咆哮。このまま耐える。耐えるしか、ない。


 ブレスは止まる。長く感じたがほんの十数秒。盾は壊れはしなかったものの、熱を放っている。


 ブレスが止まると、大量の翼の生えた狼が森林から湧き出てくる。マルコシアスの分身。

 光が五木を追い越していく。白騎士の矢だ。一射の矢が軌道を変え、その光が尽きるまで数体の分身を射抜いていく。

 続いて五木に並んだのはつるぎと赤騎士、青騎士の三名。マルコシアスの分身を迎え撃つ。


 ドラゴンブレスは再装填まで時間を要するらしい。多量のマルコシアスの分身は大量破壊兵器の砲台たるアスモデウスを守るためのものだろう。

 まずは分身をはじめ、多数の悪魔を仕留めねばならない。そうしなければ召喚士は生き永らえることができない。


 マルコシアスの分身体、その数は多いものの、はっきり言ってしまうと弱い。ただその数は無尽蔵に感じられる。それでもほかに悪魔を呼び出さねばすぐにアスモデウスに到達するだろう。


 途端に翼の生えた狼とは別のものが飛び出した。

 赤い騎士――それよりも兵士というような簡素な格好だった。その装束すべてが赤い。そしてその跨る生き物は馬ではなかった。ひょうだろうか。


 情報にない悪魔だ。


「たぶんゼパルにフラウロス!」


 黒騎士が叫ぶ。姿を見ただけで推測ができるらしい。さすが悪魔退治のプロといったところだ。


 ただ、名前を聞いただけでは五木には何者かわからない。どちらがゼパルかすらわからない。


「赤騎士。まずはぶつかってください!」


 白騎士が矢を放つ。放たれた光の矢は予測不能な軌道を描いて豹を狙った。


 脳天を貫くと思われた矢は上の赤い騎士の剣によって払われた。その動作には無理があったらしく。騎士は豹からずり落ちた。


「赤騎士、ゼパルを叩いてください」

「おうよ」


 赤騎士は真っ赤な騎士装束の悪魔の方へと向かっていった。あっちがゼパルなら、フラウロスは豹のことだろう。


「剣君。余裕ができたら赤騎士の加勢へ。青騎士と五木君はフラウロスに当たってください。黒騎士と風名君は自己防衛に徹し、今私がいる位置へ。三人で分身を捌きます!」


 戦線が前へ出た。ブレスのチャージはいつ完了するのかわからない。防御手段を持つ五木はアスモデウスにも注意を向けなければならない。


 すでに豹――フラウロスの近くにいた青騎士は全身を妖化させていた。金と紅の武者鎧からは獅子のたてがみを模した毛が伸びている。


 神に近しい存在と契約する本殿橋は四ツ橋の中で最強と言っても過言ではない。消費の激しさ、扱いの難しさがデメリットだ。


 妖化を体の一部に制限することで持続時間を永らえる使い手がほとんどらしい。


 青騎士こと獅子の唐獅子。もはや神獣と呼べる存在である。その妖化の主な力は単純な身体能力強化だ。一見地味だが百獣の王たるインドライオンの流れを汲む唐獅子にはこれ以上なく、シンプルで強い能力だ。それゆえに持続時間は長い。


 フラウロスと青騎士が接触する。一撃、シンプルな殴打を青騎士はフラウロスの顔面に打ち付ける。


 フラウロスは宙へ飛ばされ、そのまま音を立てて落下した。落ちる瞬間、その顔に微かな笑みを浮かべると、炎が着地点の周囲に広がる。開戦の狼煙とでもいうつもりだろうか。


 フラウロスは自身の周囲一定の距離に炎を放っているようだった。これでは近づくことは容易ではない。


 青々とした野原は火を広げる妨げになるかに思われたが、影響されている様子なく燃えている。悪魔の放つ炎とだけあって何かが違うのだろうか。


 このままでは分断されるだけでなく山全体が火事になりかねない。フラウロスを倒せば消えるだろうか。その可能性があるのなら早々に倒してしまわねば。


 向こうでは赤騎士がゼパルへと斬りかかっていた。

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