第39話 8月22日-1 刃物使いとの稽古
「はっ」
両手で握った竹刀を五木は振り下ろした。狙うのは
危ない、そう思ったときにはもう遅い。五木の頭は軽く竹刀ではたかれていた。
「ってえー」
「ちょっとはよくなったね」
「実感ないけどな」
白群高校剣道場。五木たっての希望で剣は稽古をつけることになった。防具を付けず、ただ竹刀を振り回しているこの様子は剣道の先生が見たら卒倒するだろう。剣道の試合のような剣先で探るような読み合いはしない。
某星戦争のような剣の応酬。あそこまでのアクロバティックな動きはないが、剣道の
「それでも全然だめだけどね」
「ははは、手厳しいな」
五木の剣技といえば
五獣の武装、その強さに頼りすぎていることに自覚はあった。その強力さゆえに、武道の心得のない五木でも悪魔を倒すことができていた。鎧の強度と速度に任せ、真っ二つにした先日のカイムの例が顕著だろう。
五木はここにきてやっと、刀刃剣という刃物使いの末裔に教えを乞うことを思いついたのだった。相手が強くなればなるほど、技術は重要だと思ったからだ。昨日の掃除の後に提案をしたところ、剣は渋々ながらもそれを受けてくれた。すぐに引き返して、稽古となったことにはさすがに驚愕したが。
昼を既に過ぎていた。稽古は二日目だ。昨日の続きの掃除はというと切りのいいところで午前で切り上げた。風名も何かしら動いているのだろう。
テスト前然り、何かの前には掃除が捗る。確かに思考が整理されていくような気もする。実際には一種の逃避行道ともいわれているが。
続きはまた明日、なんていい言葉だと五木は思う。明日を楽しみにできている、その証拠じゃないだろうか。
召喚士が街を焼こうとするまでの、たった数日程度では大きく上達は見込めないだろう。それはわかっていた。それでも悪魔が来る二十六日まで待っているというのも落ち着かない。地上での白兵戦にも慣れておきたかった。
「もう一本、いける?」
「頼むよ」
合図者はいない。三間、距離を取る。
互いに中段の構え。どちらかが動けば試合開始。
動く。歩法や型を五木は知らない。ただ踏み込む。
剣は動かない。あくまでも受けに、五木の稽古相手に徹していてくれてることはわかる。
本気で打ち合えば、いや剣が本気ならば互いの竹刀は触れる事がないまま、打ち合いにならず終わってしまうだろう。
正面から振り下ろす。簡単に弾かれる。重心が傾く。すぐ放たれた横薙ぎの一閃を何とか受ける。今度は左へ傾く。それに任せ剣の右胴を狙う。剣はそれを受けず、一歩下がってかわす。
距離が空いたのを幸いに、左手で床を叩くとその勢いで側転し、両足で着地する。
「今みたいな体の使い方はうまいよね」
「そりゃどうも」
今度は剣の方から距離を詰めてくる。八相の構えそのまま振り下ろすつもりだろうか。接近。予測通り振り下ろされる竹刀。振りかぶってはいないからそう威力はないはずだ。そのまま受けることを選択しかけて、変える。受けずに済むものは受けない。これは避けられる。
右にかわす。剣の振り下ろした竹刀は急に方向を変える。右に避けた五木を追うように逆胴を狙う。剣先を床に向け、これは受ける。衝撃に負けないように外側に竹刀を向けるように力を入れる。一瞬、互いの竹刀が静止する。
剣が竹刀を引こうとするのに合わせ、手首を動かし横に構え今度は右胴を狙い薙ぐ。引いた竹刀で上に弾かれる。五木の胴ががら空きになる。その隙を剣は逃さなかった。わかっていても体は動かない。
竹刀を放す。足の力を抜き崩れ落ちる。剣の一撃が頭の少し上を掠めた。遅れて落下する竹刀を掴まえる。その態勢のまま剣の足元を薙いだ。惜しくも
「って!」
竹刀の景気のいい音が鳴った。つまりは面が入った。
「いいね、昨日より」
確かに昨日と比べると幾分かましになったという手応えはあった。五木の機能の戦績はほぼ一方的に竹刀で撃たれるがままだった。
「なあ、剣。一度本気で頼めるか」
「珍しく思いあがってるね。時間的にも今日はこれで終わりだし。……いいよ。五木が動いたら試合開始」
互いに距離を取る。先ほどと同じ三間。
一歩踏み込んだ。その動きをしただけで目の前には剣がいた。そこで五木の意識は途切れた。
「やあ、お目覚めかい?」
剣がそう尋ねる。確か剣から剣を教えてもらっていたはずだ。それで、本気で立ち会ってもらったら一瞬で意識を刈り取られたんだった。
剣道場の天井が見えていた。剣は五木の頭の近くに腰を下ろしていた。
「……っと、どれくらい」
「ほんの五分くらいさ」
剣の本気、刃物使い刀刃家の末裔の実力。速い、だけでは表現できない。よく聞く縮地というやつのなかもしれない。
「風名の機嫌が直ったようでよかったよ」
そう言われて思う。剣は八月九日、風名と会えなかった日の前後で何やら気を揉んでくれていたらしい。結局風名の機嫌がなぜ悪くなって良くなったのかは分からずじまいだったけど。気にしていてくれたのだろう。
「ああ、なんで直ったかはわからないけどな」
「えっ」
剣は表情こそ変わらないものの、驚いているようだった。何か知っていたような顔だ。知っていたのなら教えてくれればいいのに、と五木は思った。
「……なんだよ、なんか知っていたのか?」
「ごめんね。血斬りに口止めされているんだ」
血斬りの名前を出されては黙る他ない。五木の青龍たちと違い、あまり出てきたがらない奥ゆかしく、一度も会話を交わしたことがない存在だが。この剣が素直に言うことを聞くからにはある程度の存在なのだろうことは察せられた。
(普通にわらわたちの方が、上位存在じゃがの、うぬには敬ってもらったことはない)
「それじゃ仕方ないよな」
「わかってくれて助かるよ」
青龍の声は無視した。隣の芝生は青いと同じく、隣の精霊は偉いということなのだろうか。五獣は精霊ではなく、神獣だが。
「明日もやるのかい?」
「ああ、とりあえず二十四日までは頼む。流石に前日にボロボロになるまでやりたくはないからな」
「すでにボロボロだと思うよ……」
呆れたように剣は言った。
「まあ四日でそこまで変わるとは思っていないけど、何かしてないと落ち着かない」
「それは僕も同じ」
「そっか、ならもっと早く頼んでけばよかったな」
「まあ、これからもあるでしょ」
剣の口調はクールなものだったが、少し嬉々としているように五木には聞こえた。
出会った頃は自らを化け物と称し、五木と接していた剣もいつしか変わっていた。五木が思っている以上の信頼を向けられていることに自身は気が付いていなかった。
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