第36話 8月20日-2 戦争への方針

 白騎士が退出した不可解部部室は静寂に覆われていた。五木、風名、剣の三名は言葉を発しない。それぞれに思うところがあるのだろう。五木はそう思い、自身も思考にふける。


 ついに告げられた予知夢の日。それを聞いて五木は狼狽うろたえることはなかった。いよいよ来たかという思いと、予知夢が現実味を帯びたことに、気分は沈むどころか逆に高揚しつつあった。


 まだ日にちがあってよかった。きょうだいたちをここから遠ざける事ができる。


「日にちを聞いて何かないかい?」


 唐突に口を開いたのは剣だ。そういえば白騎士がいた間は一言も発していなかった。壁にもたれて眠っているのかと思うくらいには静かだった。


「八月の二十六日……。何かあったか?」


 思い当たることは全くなかったのでそのまま疑問を口にした。


「いや、とくにもなにもないけど」

「剣……」


 いつもの調子だった。それでも室内の空気は少し軽いものになった気はする。


「僕が聞きたかったのは、白騎士の作戦のまま動くことに疑問はないかってことさ」

「疑問?」

「そうだよ。人生いつも疑問を持って生きなくちゃ」

「いつも、は生きにくくならないか?」


 剣の顔を見るに冗談ではなさそうだ。何が言いたいかはわからないが。

 

「剣はこう言いたいんでしょ。もっと自由に動きたいって」


 風名の言葉に剣は首肯した。剣は日にちに関して何かを聞いたわけではなかったらしい。我ながら間抜けだったなと五木は小さく反省した。


 確かに剣は侍のように刀を操るが、忍者のように気配を消して行動することにも長けている。目立つ誰かと組んで遊撃兵のように、不意打ちを食らわせるのは得意だろう。それはゴールデンウィークの時でもそうだった。


「確かに白騎士の作戦だと、鳥居さんは別として、全員が一堂に会しているな」

「そう。召喚士に戦力を知られているかはわからないけれど、伏兵がいないんだよね」

「? 白騎士は数では劣るとは言っていたけど、それには問題があるか?」


 五木は兵法を知らない。孫子、呉子といった名前くらいだ。


「召喚士は召喚士だからね」


 風名が付け加える。五木は余計に訳が分からなくなった。

 

「ねえ、五木。召喚士の強みってわかる?」


 風名の問い。五木は少し考える。


 悪魔の召喚。そして使役。……それはいつでも、新戦力を投入できるということだ。


「あ、そういうことか。相手はこっちの戦力に応じて、常に上回るように悪魔を呼び出して戦場に投入すればいいってこと、だろ?」


 召喚という徹底的に隠された、まさに伏兵。白騎士が言ったように、手順を踏まねば召喚できないと言っていたから、事前の準備をしない限りは好きなところから出現させることはできないだろう。


「その通りだよ。だから戦闘補助と時間稼ぎを兼ねて、雑兵ぞうひょうであるマルコシアスの分身体を用意していると僕は思うよ」


 白騎士は言っていた「一気にエネルギーを送ることはできない」と。足止めのために分身体を用意している。


「最低限のエネルギーを供給されているだけとはいえ、悪魔は悪魔。奇術的な力を持っているし、どんな奴でもマルコシアスの分身体よりは荷が重いのは確かだからね」


 風名に言われながらも、カイムのことを思い出す。ほんの何日か前、五木が空中で真っ二つにした悪魔のことを。


「それでも、あまり脅威に感じないな」

「カイムのことでしょ? あれはそんなに強くない。今回の『ゴエティア』の召喚士が使うことのできる悪魔にはもっと強力なのもいる。バールやベリアルくらいは聞いたことあるでしょ?」


 どんな存在かはわからないが確かに名前はどこかで聞いたことがある。確かにドラゴンブレスで街を焼くアスモデウスが使役する悪魔の中で最強と言うわけではないのだろう。


「あの機知に富み、如才のない白騎士のことだから何かしらの意図はあると思うけどね」


 剣の言う通りだ。確かに白騎士ならば、相手を優位に立たせることはしないだろう。五木に攻撃を加えた時もエネルギー源である街灯の下に陣取っていた。いやなのか。


「悪魔を召喚させやすいようにしている?」


 都合のいい考えだと、五木は口にしながら思った。召喚士延命のために、悪魔を多数倒さねばならない状況において、悪魔を召喚してもらわなければ意味がない。


 そこで白騎士は戦力を開示し、相手に勝てると思わせ、悪魔を召喚させる。ある程度ならば勝算があるのだろう。そして機を見、アスモデウスと召喚士を叩くことを考えているのかもしれない。色の騎士団コロル・エクエス、その部隊、四騎士の全力を知らない。


「五木の希望に沿うように動いてくれてるってこと? 言われてみるとそうかもしれないけど」

「白騎士はそこまでお人よしじゃない気がするけどね。おそらく何か試したいことでもあるんじゃないかな」


 風名と剣は半ば納得しているようだった。それでも白騎士を怪しんでいるが。


「それで、僕たちはどう動く?」


 他人の思惑を考えても明確な答えは明らかだ。できるのは何があっても問題のないようにしておくこと。五木は二人に問うた。


「私は白騎士の作戦に乗る。あの胡散臭うさんくささを考えなきゃ布陣は非の打ち所がないくらいだと思うし」


 ホワイトボードを示して風名は言った。


「僕が前衛なのは納得しているけど、白騎士の言ったように好きにさせてもらうよ」


 剣も問題ないようだった。通常時でも、いや、剣が感情に流されるところを五木は見たことはないが、剣が何をするのかわからない。


「残りの五日間はどうする? 特に準備とかはない?」

「僕はきょうだいたちを避難させることにするよ。あいつらも今じゃ普通の人間だからな」


 風名の問いにすぐに答えた。最も心配なことはこの逸美原にいるきょうだいのことだ。旅行でも持ち掛け、少しでも離れたところに行ってもらおうと、五木は常々考えていた。


「僕は特になにもしないことをするよ。家の者には一言言っておけばなんとかするだろうさ」

「戦いに向けて……母と父にちょっと魔法を教わろうとは思っているけどね」


 二人の家庭事情を五木は詳しく知らない。刃物使いの家、風使いの家、それぞれの事情があるだろうことは察せられる。どこまで踏み込めばいいのかはわからないので、二人が口にした以上の情報は知らない。


 この二人の家族なら何らかの対処はできるだろう。この戦闘に関わることを止める、自身が加わるという選択肢を二人の家族が持っていない。そんな口ぶりで二人が話していることに五木は気が付かないふりをした。

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