第35話 8月20日-1 告知
「暑いですね」
「ああ」
「本当に日本の夏は暑いです」
「ああ」
「暑いですね」
「白騎士さんそれ脱いだらどうですか?」
暑さを何度も告げてくる白騎士のフード付きローブを指さしながら五木は言った。確かにその装束は暑そうだ。それでも汗をかいている様子はない。
「これを脱ぐと私のアイデンティティがなくなりそうでしてね」
「あなたは十分、あなた自身でアイデンティティを主張できていますよ」
おしゃべり紳士の白騎士は適当に相槌を打つと永遠にしゃべりかけてきそうな人物だ。会話をうまく切る方法を五木は知らなかった。
時刻は午前九時。不可解部部室。五木が一人でいたところに白騎士がやってきたのだった。
「それはそれとして、本日、私は大切なお話をしに来ました」
「どうせ全員揃わないと言えないんでしょう?」
白騎士は笑った。言い当てられたことが愉快だったらしい。
「ではその期待を裏切りましょう。二十六日です」
「え?」
「召喚士と対峙する日です」
そんなところだろうとは思っていた五木だったがこうもすんなり言うとは思ってもいなかった。
「いいですね、その顔。日本では何というんでしたっけ、キジも鳴かずば鉛玉、でしたか?」
白騎士のおかしなことわざに構うのも忘れた。
「そのための、その、ミーティングに来たのか?」
「その通り。当日の配置を説明しに来ました。それは、揃ってから」
待つこと数十分で風名が、さらに一時間後に剣が来た。
白騎士は来るたびに同じ説明をした。暑さの下りはなかったが。
「当日の配置、陣容ですね。それを私たちで考えましたので、お話しします」
白騎士はホワイトボードの前でそう言った。手にはマジックを握っている。
「こちらの戦力は、我々四騎士、に不可解部の三名。それに
榊橋鳥居。五木は知っている名前が出てきて驚いた。
「アヤタイのですか?」
「そうです。ご存じでしたか。彼と面識があるのは私と青騎士だけと思っていましたが。いえ、面識のあるなしはあまり関係がありませんね」
白騎士はホワイトボードに丸を描き、中にはbardと書いた。鳥居の鳥、なのだろう。そしてその丸からは左斜め上方向へ矢印を描く。
「彼は単独行動です。空にいる悪魔マルコシアスを屠ってもらいます」
白騎士は左上から右下にかけて斜めの線を引いた。
「戦場はウィンターレジャー施設
S.N.O.W.。逸見原市営のスキー場の一つだ。天気のいい日なら、逸見原の市街を見ながら滑走ができる。五木の中学でのスキー授業は
その線は山の斜面を表しているのだろう。山頂付近に〇を書きその中にはSu。サモナー、召喚士のことだろう。察するに召喚士は山頂近くから、アスモデウスの騎龍のブレスで、街を焼くつもりか。
射線の下の方に白騎士は四列にわたって丸を書いた。その数は左から、一、三、一、二の計七つ。不可解部と騎士団の人数に合致する。
「まずは初撃を五行五木君が防ぎます」
一番左の丸にFiveと書かれる。
「ドラゴンブレスは空へ逸らしてください。真正面からぶつかってはさすがにどうなるかわかりません」
左から二列目、三つの丸にはそれぞれ、Samurai、Red、Paleと記される。独特のセンスだ。それでも誰かわかるのは悔しい。
「防いだら前衛四名で、上を目指します」
三つの丸の右、一つの丸にはWhite、一番右の丸にはWindとBlackが書かれた。
「後衛には魔法使い二人、いざというときにドラゴンブレスを防いでもらいます。そして前衛と後衛の真ん中の位置を維持し、私が弓矢でマルコシアスの分身体を射抜きます」
陣容の説明を白騎士は終えた。おそらくこれがベストだと五木には思えた。空に行くのが鳥居一人だというのが心配だ。戦闘では一人になるのはあまり良くない。それは五木にもわかっている。空へと裂ける人員がいないのもわかる。
「空は一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫でしょう。彼は一度、空でマルコシアスとその分身と交戦し、負傷なく逃げ帰っています。分身がいる状態では勝てないと言っていましたから余裕、ではなさそうですけど」
五木は鳥居の実力を知らない。四ツ橋を破門され、妖怪退治の会社に勤めて日銭を稼ぐくらいだから、ある程度は腕が立つのだろうことは予測できた。
「ポジションは非常時以外守ってください。基本的には皆さんの自由にやって構いません」
S.N.O.W.地上で想定されているのは、マルコシアスの分身体とアスモデウスとの戦闘だ。他の悪魔の情報は一切ない。先日五木が逸見原神社上空で真っ二つにしたカイムのように他の悪魔がいる事は考えられるだろう。
白騎士はセンターから状況に応じて指示を出す。悪魔の特徴については不可解部よりも、専門家たる
「数では明らかに向こうに分があります。質ではこちらが勝っているとは思います。アスモデウスとマルコシアスの本体を除けば、ですが」
死に体の召喚士は、ほとんどのエネルギーをその二体へ供給している。他の悪魔はただ呼び出すに等しい。少しでもその特性を使えるようにされれば厄介なことに違いはない。
「そのほかの悪魔が召喚されれば素早く倒す、それでいいですよね」
先日の話にあったように、悪魔は最低限生存するために供給されるエネルギーと、召喚中に供給するエネルギーを持っている。素早く倒せば倒すほど、召喚士の元へは多くのエネルギーが還る。
「還ったエネルギーを他へ供給すると考えられますが、一気に多量のエネルギーを供給することは不可能です。ゆえに準備期間を取り、ドラゴンブレスを数発撃てるようにしていると思われます」
つまりはすぐに還ったエネルギーを使い切るということはないということだろう。
「それは楽観的すぎませんか?」
聞いたのは風名だ。いまだに召喚士が大量殺戮を行おうとする目的がわからない。場合によっては召喚士がなりふり構わずエネルギーを使ってくる可能性は捨てられない。
「楽観的。確かにそうです。ですが悪い方のことが起きると、そもそも召喚士を救うことは難しくなるでしょう。あなたは構わないかもしれませんが、五木君はどうでしょう」
白騎士と風名、揃って五木の方を見る。風名の言いたいこともわかる。様々な可能性について話し合いたいのだろう。
「……召喚士を救う。それは僕が言い出したことです。だから、そうなるための手順を最初に提示してくれている……んだと思います」
風名は黙って頷いた。「わかっているならいい」とでも言いたげだった。わざと白騎士に問いを投げかけたのだろう。
「召喚士を救うには、正確に言うならばしばらくの延命、ですけど。それを為すには私が今言ったようにそれぞれが動かなければなりません。召喚士がすぐにエネルギーを他の悪魔へ存分に供給した時点で、そのままとらえるか、殺害するしかないということです」
どう転ぶにしても召喚士次第だ。エネルギーの供給を部外者が止める術はない。
「今更な質問ですが、召喚士は捕らえた後に悪魔を召喚するなんてことは――」
「ありません。悪魔召喚に際して、いくつかのプロセスを経る必要があります。捕縛すればそのうちのいくつかは行えなくなりますので、心配ありません」
そのプロセスに関しての説明をする気は白騎士にないらしい。
「召喚士を抑えれば新たな悪魔の召喚を止めることができます。召喚済みの悪魔へのエネルギー供給は止めることはできません」
やることは変わらない。召喚士が還ってきたエネルギーを野放図に使わないことを前提に、できるだけ多くの悪魔を倒す。そして召喚士を捕獲する。
何かできるこたはあるだろうか。戦いのその前に。
五木は一人考え始めた。
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