第34話 Some months ago- 予知夢
気が付くと見覚えのない場所にいた。こんなことはよくあることなので、すぐに慣れてしまい、驚くという新鮮な反応をすることもない。それでもこの様相にジョルジュ・ランペールは驚かざるを得なかった。
楽聖、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの肖像画を少し老いさせ、柔らかい表情にする。ジョルジュはそんな雰囲気の容貌だった。その顔が凄惨な光景を目の当たりにして歪む。
テロというには破壊の規模が大きい。戦地のようだとジョルジュは思った。実際に見たことはないが、ニュースで伝えられるそれに周辺の様子は酷似している。
すすけた頬で走る人間。青い服は救急隊だろうか。誰も彼もが絶えず動き回っている。
崩れたビル。その瓦礫の下からはみ出しているのは赤い液体だけではない。墜落遺体もあったのだろう、亡骸は回収されているが地面に花火のような痕跡を残していた。半身のない死体がある。断面は焼かれているらしく、出血はないが、その目に光はない。見えないだけで瓦礫の下ではどれほどの人間が亡くなっているのだろう。
ジョルジュは冷静に辺りを見回した。戦場にしては兵士の姿がない。民間人ばかりだ。
ジョルジュ、別名を予知夢のランペールという。ここは彼の夢だ。その夢でみた出来事は現実に起こる。良いことも、悪いことも。的中率九割越えの未来視。残りの一割は、誰かが介入したことによって同じ結果を辿らなかったに過ぎない。また、介入したからこそ的中した――してしまったものもある。
夢の中では傷つくことはない。それを知っているからこそ冷静に夢を見られる。
看板がある。この文字は見たことがある。漢字だ。簡体字、繁体字ではない。文字の判別は場所特定の重要な要素だ。おおよそどこの言語圏かがわかる。現用文字すべてはもちろん、一部の歴史的文字の判別はできる。それでも漢字の意味をすべて理解しているわけではない。その形を目に焼き付けた。
おそらく、場所は日本だろう。日本には今のところ、多少の可能性はありつつも、表立った戦争の火種はなかったはずだ。
急に場面が変わった。山。赤と緑のスキーリフトがある。スキー場らしい。雪はない。滑走コースだったであろう場所は薄い草むらに覆われていた。山の下の方を見ると、建物があった。人がいるような気配はなく、おそらく閉鎖中だろう。
山の上が輝いた。魔法陣。現れたのはサラブレッドをほんの少し大きくしたような生き物に跨った人間だった。よく見ると現れたのは人間でも、馬でもない。
ドラゴンだ。トカゲに翼の生えたような姿で、静脈血のような色。
上に跨るのは異形だった。三つの頭。すべて人のものというわけではない。人と、あとは牛と羊だろうか。足も人間のそれではなく鳥のようだ。
悪魔だ。見覚えがある。七つの大罪その一つ、色欲に当てはめられているアスモデウスの特徴に合致する。ジョルジュはそう思った。
その龍の口元が輝き始める。
「すべて焼いて」
聞こえた声、スベテヤイテ。その言葉を記憶に留めた。同時に放たれたのは龍の炎、ドラゴンブレス。龍の炎と形容されるそれは光線という表現の方が正しい。アスモデウスほどの大物ならば、さっき見た街の破壊にも納得がいく。この光線で街を焼いたのだろう。
光線はジョルジュの体を突き抜ける。痛みもなにも感じない。ここは夢だ。
振り返る。眼下には街。ドラゴンブレスが当たると、轟音と共にビルが倒壊を始めた。
先ほどの光景はこの後のことなのだろう。
また場所が切り替わる。壊れていない街だった。ビルの画面の中ではキャスターがニュースを伝えている。その右上の文字11:03。これは時刻だろう。
光が辺りを包んだ。ドラゴンブレス。倒される建物。最初の光景とそっくりだった。国と時間がわかった。あとは詳細を調べねばならない。
目が覚める。自室。すぐに電話の音が響く。寝室を出て、居間の電話へ向かう。
予知夢を見ているときに流れる魔力がある。それを感知する結界が自宅に張られていた。目覚めて魔力が途切れたから連絡をよこしたのだろう。
これくらいのプライバシーの侵害は特殊魔法使い認定の待遇と報酬を考えれば甘んじて受けられる。ただの魔法使い、それで終わる才能しかなかった自分に備わった予知夢という力。それに苦しめられることがなくなったのは何度夢を見た時だったのだろうか。
考えるよりも先に電話だ。出るまで鳴り続けることはわかっているが、耳障りだ。とるに足らない予知夢、例えば、自宅の外壁の煉瓦が欠ける、などのものでも電話に出て報告しなければならないのは面倒だ。急いで受話器を取る。
「はい、ランペール」
「おはようございます。早速ですが、ご報告をお願いいたします」
電話での報告次第でどこの誰が予知夢に関して動くか、または静観するかを決める。悪魔がいたということは。今回は
「……わかりました。今回は召喚士案件ですので、
電話の相手は話を聞くとそう言って通話を切った。相変わらず名乗らない。
漢字があったことを思い出す。夢はあとで見返すこともできるが。次は違う情報を集めたい。紙に記す。逸見原中央。全く読めない。
騎士団か、確かあそこにはソフィアがいた。二年前に教職を退いたジョルジュが最後に送り出した生徒の一人。今では確か黒騎士にまでなっていると便りがあった。
彼女とセットで想い出される存在もいた。
日方を知っている者、そのほとんどが彼女を捜していた。ジョルジュもその例に漏れない。それだけの人望があった彼女だが、行方不明となった理由には誰も思い当たらなかった。
もうひと眠りしておきたかった。予知夢をもう一度見たいのもあるが、純粋に眠りたい。夢を見ると寝た気がしない。
予知夢という性質上、映像はジョルジュにしか見ることはできない。何度も自分の意思で見ることができるのは救いだが、それゆえ調査はほぼ自力だ。休む暇があるのも騎士団から連絡が来るまでだろう。
寝室へ向かう。ドアノブを握った瞬間に電話が鳴った。まさか、こんなに早く。ジョルジュは電話の発明者たちを少し恨みながら引き返し、受話器を上げる。
「どーも、先生。お休みしたいところ申し訳ないけれど、ご協力お願いします」
ジュルジュのしようとしていたことを見通したようなことを言われた。その声の主は元教え子ソフィア。今は
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