第33話 8月19日-  予知夢の日

「やあ、ソフィア久しぶりだね」

「こんにちは先生。あと私、今は黒騎士で通っているのだけど」


 画面越しの老人に黒騎士はそう正した。騎士団の一員となってから名前は隠している。あまり本当の名前を漏らしたくはない。名前だけでも人を呪える人物が、今いる日本にはいたという話も聞いたことがある。


 恩師ならば仕方がないか、という気持ちもあり、あまり強くは咎められない。


 画面の向こうの人物、真ん中で分けた緩くウェーブした髪は、肩に届くくらいの長さで白色。少し髪が長いこと、老いて皺が刻まれていること、表情が柔らかいことを除けば、かの楽聖、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの肖像画にそっくりだった。


 ビデオ通話の相手、その名はジョルジュ・ランベール。予知夢のランベール、その人である。


 黒騎士とジョルジュはビデオ通話をしている。魔法使いもリモート会議をする時代だ。化学に否定的な古いタイプの魔法使いもいるが、今は少ない。積極的に科学技術を利用しようとする姿勢は、好奇心旺盛な者が多いことの証左だろう。


「早速本題に入ろうか。悪魔召喚地点を予知夢から特定した。あとは日付も」

「で、いつでどこですか?」


 答えを急かす。早く知りたかった。


「日本時間八月二十六日午前十一時過ぎ。場所は、S.N.O.W.スノウというところらしい」


 思ったよりも具体的だった。予知夢にヒントでもあったのだろうか。


「よくわかりましたね」


 素直に感心して黒騎士は言った。


 予知夢。それはジョルジュ本人にしか見ることができない。その性質上、ジョルジュは繰り返し見ることによって自分自身でヒントを集め、日時や場所を調査することに秀でていた。時には絵を描き、似た場所を探すのにインターネットも使う。使える手段はすべて駆使している。「録画して他の人にも見せられれば楽なのに」と、いつも言っている。



「時間は街の画面、出現場所は赤と緑のリフトからそのスキー場に絞れたよ。今回は比較的簡単だった」

「さすがですね」

「なあに、あの色の騎士団コロル・エクェスに入った教え子には劣るかな」


 頑固ではない。むしろ好々爺然としている。偉ぶらない態度で教師時代は人気があったことを黒騎士は思い出した。


「ありがとうございます」

「いや、いいんだ。仕事だしね。僕は戦えないから、君たちに頼むしかないのが心苦しい」


 ジョルジュは遠くを見るように目を細めた。


「……先生、そういえばヒカタの妹に会いました」

「ヒカタか……アラシヨビの例に漏れず、いや稀有なくらいの風使いだった」


 時間はまだある。雑談くらいは許されるだろう。黒騎士は親友の話を始めた。思い出すように。


「ええ、カゼナっていうのよ」

「あのヒカタが自分より才能があると、言っていたな」


 確かにヒカタは褒められるたびに、「妹の方がもっとすごい」なんて謙遜していた。


「まあ、言う通りだったわ」

「君が素直にそう言うとはね」

「普通の学校を選んだのが残念だけど」


 そう言って黒騎士は思った。あの学校は普通なのだろうか。不可解部。五行の長兄に刀使いの末裔がいるあの学校が。それにあの学校には、まだ他に何かいる。


「それも彼女の選択だ。おそらくヒカタの一件も関係しているだろうけどね」


 ジョルジュの言う通り、姉と同じてつを踏まないように風名はしたのだろうか。それだけではないような気がなんとなくする。


「どれくらいだった?」


 やはり気になるのだろう。風名の実力についてジョルジュは尋ねたらしい。


「無詠唱で風の衣を纏える。威力を落としたとはいえ、私の火の玉をすべて掻き消した。あと不可視の刃。それも無詠唱。工夫をしていなかったらそれでやられてた」


 対峙したときのことをそのまま言った。ただ、自分の魔法については極力情報を漏らさないようにする。魔法使いにとって手の内はお互い隠しておくに限る。それがかつての恩師だったとしても。


「なるほど、でも彼女と君、お互いに切り札は出していないだろう?」


 教師らしい指摘だ。お互いに全力は見せていないと言いたいらしい。そういえば、風名の切り札は何だろう。


「まあ、そうだけど」


 自分には黒騎士としての力もある。もはや普通の魔法使いの域は脱していると言っても過言ではない。


「先生」

「なんだい?」

「ヒカタのこと何かわかった?」


 この問いを投げかけるのは何度目だっただろうか。話をするたびに聞いている。ジョルジュに限らず、日方を知る者には。多分、答えはいつもと同じ。


「……わからない。自分が思った通りのものに関しての予知夢が見られればいいのにね。残念ながら何もわからない」


 ジョルジュは右手で拳を作り、額の右側を押すような動作をした。彼が何かに関して悔しいと思ったときによくやる癖だ。


「知ってる。じゃあね先生。また協力よろしく」

「幸運を」


 笑顔で手を振るジョルジュを最後に通信は途絶えた。


 召喚士の襲来は八月二十六日午前十一時過ぎ。現時刻は二十日の十九時を過ぎている。約五日半。それだけあるというべきか、それしかないというべきか。


 白騎士が戻ったら伝えねばならない。


 今回の仕事が終わり、次の仕事までどれだけ期間が空くだろう。ここに少しでも滞在できればいいが。日方を捜したい。その気持ちはその妹風名に会ったことにより強くなった。自分の為だけではなく、風名の為にも探さなくてはならない。そう黒騎士は感じた。


 思ったより風名が元気そうでよかったと思う。天秤で試してわかったが、同輩の五行五木のことを少なからず想っているようだ。


 五行五木について、黒騎士は考えた。不可解部部室での会談、その時の印象しかない。確か彼は「綺麗」と黒騎士に言った。


 すぐ可愛いだの綺麗だの言うような人物で風名は大丈夫だろうか。もしかしてあれが噂に聞くチャラ男、という生物なのか。黒騎士はそんな的外れな心配をし、少し五木を警戒し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る