不可解部の活動記録01 File02色戦争 ～悪魔やら謎の組織が出てきて夏休みは犠牲になりそうですが、仲間と共にこの街を救います～

第9話 8月5日- 青の襲撃

　また一つ、潰された。

　悪魔マルコシアス、その分身体は焦っていた。ほど近いところで分身が消滅した。こちらにも、迫っている。

　自身の翼の生えた狼という姿形（すがたかたち）は異形（いぎょう）、異常だと自分でも思うが、自身を追い詰めている存在もまた異常だった。

　象（ぞう）。いやそこまでの大きさはないだろう。それでも巨大な獅子（しし）――ライオンだった。

　本体に思念を飛ばす。視界を共有するようにと。情報を共有しなければならない。

　破壊されたのちに光の粒になるという悪魔の性質。特に分身においてはその骸（むくろ）は残ることがない。その性質を知ってか知らでか、このライオン積極的に捕食してくる。これが大変に厄介だ。破壊されるだけならば問題ないというのに。

　光の粒が本体へたどり着くことさえできれば、人間の血肉――集めたエネルギーを届けることはできる。だが、ライオンの体内に取り込まれるとそれも無理だ。きまぐれに口を開けるのを待つほどの時間はない。

　分身体は意識を失う。もともと、ただ人間の血を集めてくるようにプログラムされた意識だ。それはすぐに乗っ取ることができる。

　体の新たな主（あるじ）、マルコシアスはライオンを観察した。

「むう、まだいるのか。いい加減飽きたぞ」

　人語を話すライオン。その傍らに佇（たたず）むのは一人の男。

「仕事なのな、特に今日は俺一人だからお前も頑張るのな」

　語尾が少しおかしい男は白い装束を纏（まと）っている。真っ白、ではない。青白いというべきか。

　フードは被っていない。顔の作りはこの国の人間に見える。色の騎士団（コロル・エクェス）のメンバーにこの男はいなかったはずだ。

　昨日潰された分身の中にも「らいおん」と言っていたものがいたような気もする。

　分身の報告は役に立たない。オリジナルと比べて、知能を著しく低下させている。知能だけではなく戦闘性能も低いが。

　正確な情報を得るため、こうして視界を共有する必要がある。

　ここ数日は騎士団の介入もあり、積極的に情報を集めなければならない。

　マルコシアスの視界が途切れた。気が逸れた隙に分身はライオンに喰われてしまったらしい。

　別の分身に切り替える。こちらは潜ませておく。匂い対策で風下に配置することも忘れない。

「のう獅子（しし）よ」

　大きいライオンはそう言った。獅子はお前ではないのか。黙って振り返る男。その様子から察するにこの男の名前が獅子というらしかった。

「それとも青騎士殿とお呼びすればよいかな？」

　悪童のような笑みをライオンは浮かべた。青騎士。確かにそう言った。騎士団であることに間違いはないらしい。

「別に何でもいいのな」

　怒る様子もなく男は言う。このライオンの物言いに慣れているようだ。

「それにしてもこやつら、喰（く）っている感じがせぬ！」

「そりゃそうなのな、分身なのな。喰（く）えたら食糧問題は解決するのな」

　そんな飼い主とそのペットのような和やかな話をしていた。こちらとしては和やかではない上に、ペットは喋らないが。

　青騎士は獣を連れている。『ヨハネの黙示録』の記述そのままだ。

　ただその気配が他の騎士団のメンバーとはどこか違う。もっともこれは考えすぎのような気もする。

「もう十二匹だ。帰ろう」

「もう少し見回るのな」

　青騎士とライオンは動いた。どうやら別行動をとるらしい。獣を使う青騎士。この手合いは使い手がめっぽう弱いというのがセオリーだ。一人になったところを狙えば仕留められる。マルコシアスはその発想に思い至った。

　今は待つ。二つの気配が離れるまでそう時間はかからない。離れたのを確認し、青騎士の尾行を始める。

　青騎士は呑気（のんき）に歌を歌っている。知らない歌だった。

　確実に油断している。その確信を得るには十分だった。マルコシアスは分身を飛び掛からせた。

　視界は牙を突き立てる前に途切れた。

　急いで別の分身の視界へ切り替える。

　青騎士の右腕は金と赤の鎧（よろい）に覆われていた。青騎士、その色を感じさせる鎧ではないことは確かだ。

　彼が振り抜いたであろう拳の先から光の粒が霧散している。分身を殴り、消滅させた、ということだろうか。

　相棒の獣だけが戦闘の担当ではなかったらしい。一撃で分身を屠（ほふ）った。

　日に日に人間の血や肉を集める量が減っていた。人間を殺してしまえばいいのにとさえ思う。そうすれば当分の間飢えることはないのだ。

　今の主は今までのとは違う。人間を殺すのを忌避している。それは人としては当たり前のことなのだろうが、マルコシアスのような悪魔にとっては気にすることのないことだった。

　生きるために人間を犠牲にしているのだから仕方ない、とすら思わない。

　そのお優しい召喚士は力だけは強い。かの王を彷彿とさせる。それほどの召喚士はかの王以来、現れたことがない。それがゆえに死に体となっているのは皮肉としか言いようがない。

　その召喚士も限界が近い。そのことはマルコシアスにも分かった。だから文句も押し殺して、毎夜々々、分身に人間の血肉を集めさせているのだった。

　そもそもかの王はどのようにして多数の悪魔を従え、維持していたのだろう。およそ三千年前のことをマルコシアスは思い出せなかった。

　計画は動いている。ただ、なにかしらの方法で察知した騎士団が現れたことで、計画の始動は難しいだろう。それでもやるしかない、と召喚士は言っていた。

　今日初めてはっきりと観測した青騎士。その力は未知数。それでもそれ以上探るという判断をマルコシアスはしなかった。分身を失いすぎては意味がないのだから。