第5話
その朝、僕は夢を見た。懐かしくて儚い夢だ。でも、思い出せないでいる。
何だろうこの気持ち……。
例えて言うなら前世の記憶とかそんな感じだ。僕は頭をかきながら、朝ご飯を食べに行く。何時もはご飯とみそ汁だけの質素な朝ご飯なのにやけに豪華だ。そうか、これもクリスのおかげか。しかも、昼のお弁当まで作ってある。
普段はコンビニでおにぎりを買って済ましているのに。玉子焼きに鶏肉のから揚げ、ほうれん草のお浸しにそれから……。
とにかく豪華な弁当であった。
朝の支度を終え、家を出ようと思った、その時クリスも一緒だった。そうか、僕の隣の席だったよな。これから毎日一緒なのかと。複雑な気分であり少し照れくさく感じた。そして茜さんとは普通のクラスメイトであるが、たいして話した事も無かった。このクリスという少女は僕の知らない茜さんの事を知っているイヤ、正確には忘れてしまったのかもしれない。登校途中でクリスに茜さんの事を聞こうと思った。
クリスは目を伏せ言葉を濁した。
こんなクリスを見るのは初めてであった、この暴力天使がか弱く感じられた。
「運命の歯車は回り始めたわ、そのうちに、嫌でも知る事になるわ。さ、急ぎましょう、お姉様が待っているわ」
と、言って。クリスは何時もの調子に戻り僕を急かした。
昼休みにクリスが作ったと思われる豪華なお弁当を食べようとすると。
「何、許嫁の手作りなの?」
クラスメイトの『東坂 理恵』が声をかけてくる。理恵とは家も近く俗に言う幼馴染と言うやつだ。何時もはおにぎりなので油断したが理恵に絡まれるなら校舎裏の空き地で食べれば良かった。
「そうだよ、理恵には関係ないだろ」
そう、関係ない僕の友達はクロだけだ。
「私だってお弁当くらい……」
理恵は窓の外を見て小声で呟く。少し悲しそうであった。無神経な僕でも分かるくらいであった。
「理恵……今度は理恵にお弁当を頼もうかな」
僕が気を利かせてそう言うと。
「あははは、引っかかった」
理恵はお腹を抱えて笑い出す。しまった、罠だ。こいつ俺の事をからかいに来たのか。
「どうせ、許嫁と言っても形だけでしょ」
うぅ、確かにクリスは茜さん目当てで家に居候しているのだが。言い返せないのが悔しい。やな奴だ、少し幼馴染だからって言いたい事を言って……。僕はお弁当をガツガツと食べる事にした。
「あら、お弁当が可哀そう、私が作ったお弁当でもそうする?」
意味深な言葉を残して理恵は去って行った。お弁当を食べると校舎裏の空き地に来ていた。
「ニャー」
クロがやってきて僕に挨拶をするように一鳴きする。
「クロ……少し弱音を言っても良いか?最近の環境変化に付いてけれなくてね」
「ニャー」
クロは僕の問に相変わらずマイペースに答える。猫に愚痴っても仕方ないか、僕はクロの頭を撫でてやる。
「あら、可愛い」
茜さんがクロと遊んでいる僕の方に歩いて来る。そうだよな、せっかく茜さんと仲良くなれそうなんだから前向きに考えよう。そして、茜さんは僕の隣に座りクロを抱きかかえる。クロは大人しく茜さんの腕の中に納まり茜さんに甘える。でも、クロが懐くなんて驚きだ。
クロは野良猫だから僕以外にここまで心を開くなんてやはり茜さんは特別だ。そう言えば茜さんの特別な力について今なら聞けそうだ。
「茜さん、クリスがクロの治療は高等法術だと言っていましたがあれは何ですか?」
「そうね、皆には内緒だけど私……」
「茜さん?」
茜さんはとても悲しそうに黙り込んでしまう。
「ニャー」
クロの呟きに茜さんは重い口を開く。
「この猫さんはきっかけでしかすぎない。いずれは運命の歯車が私達を近づけるの」
儚く悲しげな茜さんに僕の心は動かされ、この時間が永遠に続く事を願っていた。
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