第二章/練習
「昼。どうする?」
「今日は用事ある」
「ふーん」
そんなこんなのやりとりが、石田や真白との日常に於ける、恒例行事になっていた。
屋上での一件の後、有里さんと僕が打ち解けるのに、時間は掛からなかった。
二人で居る時間は、必ずどこかに存在していて、そんな時いつも屋上で話している。
それは海岸に居た
それで今日も屋上に向かおうとした時だった。
階段を一段ずつ上がって行く内に、『本当は僕が、有里さんとどう成りたいのか?』なんて僕は考えた。
いくつも似たような構想が浮かび上がるけれど、その全ての構想には、一つだけ。同じものが下に置かれていて。
その下に置いてある理由が『助けたい』そういう、一つの願望だった。
僕は人助けの奥にあるものの正体を、追求もしないで、
ただ人助けは普通だからという名目で浅く納得した。
「人助けは誰でもフツーに出来る」
普通。誰でも当たり前に出来ること。
慣れた日常の中で、人助けの機会があれば、当たり前に行う。その奥にある本質は当たり前とは反対なのに。それを隠して、人助けする。
「本当は僕じゃなくても、いいんだろうな」
屋上の入り口に来てしまった。
屋上の出入り口を開けたら、有里さんはフェンスに持たれ掛かっていた、学校指定のスニーカーを滑り止めにするよう、石畳を踏んでいる。
「やっぱり、悠人だ」
フェンスに持たれたまま、ゆっくりと三角座りした。
「有里さん」僕は彼女に駆け寄る。
「元気無い?」
有里さんの隣にさりげなく座る。
「いつもこの調子」
有里さんは華奢な手に淡麗な横顔を乗せる。
「学校はどう?」
「変なこと聞かないで」
「...?」
やっぱり、有里さんのことが、少し心配になっていた。
「分からない」少し間を置いて、有里さんがそう言った。その後、悲しげに微笑んだ。
「人間関係って。よく分かんないから」
有里さんの、その横顔はニヒルに微笑んでいた。
それが本当の有里玲を現しているようで、本当に悲しげに見えて、まるで何か彼女の過去を垣間見ているようで、僕は少し狼狽した。
「...困ってるコトとかある?」
「困ってる事」有里さんは軽そげに呟いた。
「私って普通なのかな?」
「転校生だからなあ」
「転校生の部分を除いたら普通かな?」
「うーん」有里さんは美人だから。普通とは少し違うかもしれない。
「私ももっと、愛嬌があれば良かったのかな?」
「愛嬌?」有里さんは、愛嬌のない自分に困ってるのか。
「そうだよ。笑顔が素敵な人とか」
笑顔か。それって。
「憧れてるっていうか」
「有里さんに笑顔って必要かな?」
「...要らないかな?」
要らないか、聞いた有里さんの顔は、更に曇って行くように見えて、その展開に嫌悪感を感じた。
「笑顔。練習しに行こう」
僕が不意に立ち上がった。そして僕の不意を突くようににチャイムが鳴った。
「今日の放課後!」
(行き当たりバッタリだけど、大丈夫だろうか)
なんていう考えが頭に過ぎっていたとしても、言い出しっぺの僕は、自分の
好きな人を笑わせたいと思った。その想いを曲がらせたくない。幸い計画も時間もあるのだ。
笑えないくらいで、有里さんが不幸な顔をするのは納得できない。不幸な顔をする必要ない。だったら、多少強行にでも連れ出して笑わせて見せる。それが僕達の関係、友達のようなものだ。
僕は手にグッと力を込めた。
「ショッピングモール」
「う、うん...」
初手、ショッピングモール。有里さんのその一言を『ありふれ過ぎ』という意味合いの言葉選びだと捉えれば、恐ろしい。無理矢理連れて行くって言っても、嫌と断れたのなら。無理に有里さんを連れて行くのは決して出来ないからだ。
「私達。制服だけど大丈夫かな?」
「大丈夫!」むしろ綺麗だ。とは言わないけれど。
僕は独断で不意に立ち止まる。
「お茶」
「え?」
「...喉渇かない?」多少の出費なら遠慮しない。直感がそう諭すように、告げている。
「...言われてみれば、喉渇いたかも」
「スペシャルフロートとコーヒーを一つずつですね」
僕は財布を取り出した。
「ありがと」有里さんは小さく言った。
洒落たラウンジ、石田、真白と冗談半分で行ったのが最後で、それ以来一度も見ていない光景。というか真白でもなく、石田でもなく、有里さんと、来てるの自分にとって不思議過ぎる。
「スペシャルフロートって美味しいんだね」
有里さんはソーダフロート?みたいな(似て非なるもの)ドリンクを選んでいた。確かここの
「練習。来てみたけど、どうしよう」
「...さっきの店員さんとか、参考にならない?」
有里さんが美人過ぎて、僕は参考にならなかったけれど。
「...私のしたい笑顔とは違う」
うん。確かに、あれは商売上手な人の笑顔だ。
直接的に気の利く女性の笑い掛け方。
...。......。
あれ?じゃあ僕の探してる笑顔って、有里さんの練習してる笑顔ってなんだっけ?
それから一時間くらいショッピングモールを散策していた。沢山の人を見たけれど、有里さんに似合う答えは出なかった。
だというのに、
「...映画館行ってみよう!」
僕はそんな事、言い出していた。
このデートの盤面、僕が進行を続けているが、もう意味が分からない。それでいて、
どうやら、この計画は
そこから湧き出る感情を押し殺して、小さなモニターを見上げる。不遇なことに、上映時間を見たところ、もう殆どの映画が上映中だった。
ホラー映画しかやっていないことに冷や汗かきながら、映画の前売り券を見る。
「...ホラー映画」
「...この映画、聞いたことある」
「めっちゃ怖いって」
「え?ホント?」
...この映画のネタバレwiki。見てみようか。なんて思った。
放課後を超えた先。
帰宅する途中で、有里さんの門限は間近となった。
結局最後まで、有里さんは笑い方の練習もできなくて、現在進行形で、どうして笑う練習をしているかも、僕は分からなくなってしまった。
人の気持ちなんて元々分からなかっただけなのかもしれないけれど。普通のこともできない自分に心底、がっかりしていた。
なのに、「私、全然笑ってなかったよね」最後まで。
有里さんは嬉しそうに、最後にこちらへと切り出した。
「え?」
その仕草や声音がドキッと思った。
有里さんの緩慢なその表情に、僕の鼓動は急激に跳ねて行く。
間違いなく有里さんのその顔は"笑って"いた。
それは一体いつからなんだろう。
不思議と、海岸沿いの夢みたいに、柔らかい表情になっている。
「ホラー映画とか、笑顔と絶対カンケーないよ」
有里さんがクスクスと笑っている。
(僕、有里さんのこと見てなかったのか)
ずっとこんな素敵な顔をしていた。
ずっと僕の隣をそうやって歩いていた。
...ずっと知っていたけれど。いつの間にか分からなくなってた。
「私って、悠人の言った通り、笑顔でいる必要ないかも」
「悠人と一緒に居る方が絶対。笑うより、楽しい」
そう言われると、必死になってた自分が更に恥ずかしく思って、それと同時に嬉しい感情がひしひしと込み上げてゆく、体温が熱を帯びるのを感じていた。
「有里さん!今...」
「ていうか笑顔って。理由探してまで笑う必要ない」
「...うわあ」情けない声音が出た。だってその言葉には、僕は溜め息を漏らす他なかった。
軽く言われただけに、ちょっと落ち込む。
今日は、空回り気味の一日だったと再認識した。
結局、有里さんが望んでなくて、折角見た有里さんの笑顔が意味なかったら、どうしようみたいに考えている。
「...ごめん」
「ううん。今日は楽しかったよ」
「私はね。笑えない訳じゃないの」
「悠人が教えてくれたよ」
その言葉で空回り気味の一日に、やっと何か打点当たったような感触が、確かに合った気がした。ゲームのルーレットがピタリと。目的の数字に止まるみたいな。
きっと、僕は有里さんの言う、その言葉を聞きたくて、彼女を連れ出して来たのだと。納得ができた。
夢の続き 服部零 @hattoricu_rei
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