第九話④ 終われ、ジャーマンスープレックスホールド
俺っちの視界がまた戻ってきた時。そこは俺っちが通うことになってた大学の目の前っした。道路を挟んで向こう側に正門が見えてて、何人かの生徒っぽい人達が入ったり出たりしてるっす。
ふと気になってポケットを漁ってみると、向こうの世界にはなかったスマホが戻ってきてるっす。日付は入学前説明会の当日。今日、同じ学科の人達と初の顔合わせをする日っす。
「戻って、来たんっすね……」
目の前で信号が変わり、次々と視界を横切っていく自動車。友達っぽい連れと談笑しながら歩いている学生達。俺っちの後ろを通り過ぎていく自転車。
全部が全部、元いた地球の光景じゃねーっすか。
「は、ハハハ……よっしゃ、よっしゃあッ! やったるっすよォォォッ!」
往来にも関わらず、俺っちは叫んじまったっす。ヤベー女性二人を相手に二股をやり通した実績。帰ってこれたという高揚する気分。そしてあの世界で学んだ、自分で歩み出すことの大切さ。諸々のお陰で一皮剥けた、新生コーシが今の俺っちっすッ!
ただ周りからなんだコイツはという目で見られちまったのは、まあ、必要経費っすよね。
「とりあえず、大学行くっすか。説明会の場所は……学科棟っしたよね。よし」
スマホに写真を撮っておいた案内図を見て、目的地も把握。ここから始まるんす、俺っちの華々しい大学生活が。
あの二柱を相手にしたことで女性経験値もかなり入ったし、ちょっとのことじゃ怯えないっすよ? さあ、華の女子大生達ッ! 今俺っちが会いに行くっすよーッ!
そうして一歩踏み出した俺っち元に聞こえてきたのは……甲高いブレーキ音だったっす。
「へ?」
音のする方を見てみれば、大型トラックが俺っちの方目がけて突っ込んできてるじゃねーっすか。あっ、そっか。そーいや信号、まだ赤だったよーな……。
「ぁ、ぁぁぁあああああああああああああああああああああッ!!!」
終わった。死んだ。せっかく落とした筈の命を拾ってきたっつーのに、帰って一分もしねー内にまた死ぬの、俺っち? 馬鹿過ぎない?
でも、もう無理っす。
あーあ。やっぱ馬鹿って、死ななきゃ治らねーんすなぁ。そーやって諦めた俺っちの視界は一気に白くなっていき。俺っちは三度、気を失ったっす。
・
・
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「コーシッ! やっと会えたなッ!」
「コーシさんっ! 会いたかったですっ!」
「へ?」
目が覚めてみれば。魔法陣の真ん中で座ってる俺っちの目の前には、アガトク様とセイカさんの姿が。んん? えっ? どして? 俺っち、死んだ筈っしょ? なんで二柱が地獄にいるんすか? 人ならざる者は死者の国にすら来れんの?
「さあッ! あの時の言葉をもう一度我にくれッ! あの昂ぶる思いを、また我にさせてくれッ!」
「ちょっとアガトク、何を言っているんですか? あの情熱的な告白は私に向けたものでしょう? 勝手に勘違いしないでください。さあコーシさん、私達の家にいきましょう」
「何を言っておるのだセイカ? あんな告白をコーシがお前にしただと? ちゃんちゃら可笑しいわ。我に向けたものを自分にだと思い込んでおるとは、なんと低俗な」
「アガトクこそ全てを自分優先で考える癖をなくした方が良いですよ? 現実は、貴女の思い通りになんかなりませんからね」
「ああ?」
「なんですか?」
「おいコーシ、早く止めろっ! わたし達の世界が滅んでしまうのだっ!」
やがて互いにメンチを切り合い始めたアガトク様とセイカさんを見て、焦ったような声を上げている女性がいたっす。ものすごく聞き覚えのある、その喋り方と共に。
「ま、マツリ? えっ? 俺っち死んだ筈じゃ……?」
「……帰って早々にまた死にかけてるとは、夢にも思わなかったぞ」
低身長ツルペったんで巫女服姿の
「お前が残してったう●こを辿って、二柱はこの惑星ガイアに戻ってきてしまったのだ。だからそのう●こを触媒に、【
こいつもいて、そして受け取った言葉をよーく考えてみると……俺っちまたこの惑星ガイアに呼ばれちまったってことォォォッ!? しかもアガトク様とセイカさん込みでェェェッ!?!?!?
「だからコーシ。またお前には
「 」
待って、ねえ待って、待ってって、待てや、お待ちください、時には待つことも大事だからさ、待て待て待て待て、待てっつってんだろッ!!!
話を整理しよう。俺っちは元の世界に帰ったけど、信号無視して死ぬ一歩手前になってて。その状況でもっかいマツリが喚んでくれたお陰で、今まだ生きられてる。
喚んだ理由はこの前と一緒。俺っちが残したう●こを辿って戻ってきちまったアガトク様とセイカさんを吹っ飛ばすまで、
でも今回については、アガトク様とセイカさんから釘を刺されているので、俺っちに拒否権はない。今すぐに元の世界に戻って死んで逃げることすら、許されない。しかもしかも。今度は
「……我々で言い合っておっても埒が明かぬな。ここは当事者に聞くのが手っ取り早い。なあ、コーシ?」
「……そうですね。その方が白黒ハッキリするでしょうし。ねえ、コーシさん?」
「あの告白は我に向けたものなのだろう?」
「あの告白は私に向けたものなのでしょう?」
「 」
しかもしかもしかも。今回については、アガトク様とセイカさんの好感度が最初からクライマックスな訳で。おまけにこの前その場しのぎで言った言葉について言及されてるっつー……ねッ!
「まあ、なんつーか。頑張れ……ブハァッ! クックックックッ!」
そして何も言えずに固まってる俺っちを見て、腹を抱えているのがロキ。ここに居る筈なのに、俺っち以外は誰もコイツが目に入ってねーっつーことは、あのチート能力で隠れてんすね、コイツ。
「コーシッ! さっさと答えろッ! そして我と最高に気持ちの良いスケベをするぞッ!」
「コーシさんっ! 私を呼んでくださいっ! そして貴方との初夜を、いっぱいシましょうっ!」
「さあコーシっ! とっとと契約してこの修羅場を何とかするのだっ! 立てっ! 口説けっ! お前が始めた二股だろうっ!?」
「あっ、あっ」
俺っちは立ち上がると、ズイっと迫ってくるアガトク様とセイカさんの横を通り抜け、マツリの元までやってきたっす。
何事かとみんなが俺っちを見てる中、彼女の背後に回り込むと、そのちっせぇ腰に手を回して……。
「……あんまりだろこれェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!」
「にぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
そのままジャーマンスープレックスホールドを決めたっす。知ってるんすよ、こんなことしたって何にもならねーって。
でもね、こんな現実を素直に受け入れられるくれーの度量はねーの。何かに八つ当たりでもしなきゃ、とてもじゃねーけど精神の均衡を保てねーの。死にたくねーけど、この現実で生きたくもねーの。これもうわっかんねぇやッ!!!
俺っちの二股は続く。続くったら続く。続くったら続くったら続く。
終われ。
――「異世界に飛ばされた俺っちは邪神と超越者と二股しないと死ぬ ~あんまりだろこれ~」 完
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