第九話③ コンテニュー?


「あれッ!? ここ何処っすかッ!?」


 目を開けた俺っちは周囲を見て仰天したっす。見渡す限り、白、白、白、白……真っ白い空間しかなくて、どう見ても元の世界には見えねーんだけどォッ!?


「おお、ワリーワリー。俺も一言挨拶したかったからよ、ちょいと割り込ませてもらったぜ?」


 すると突然、背後から声をかけられたっす。俺っちが振り返ると、そこには地面につきそうなくれーの白い長髪を揺らしたあの男。


「バイダッ!」

「よー、コーシ。元気そうじゃん」


 バイダだったっす。ただなんか、様子がちいとばかし違ってるっす。いつもの神主みてーな服じゃなくて、スーツを着てネクタイをビシッと締めてるんすよ。


「えっ? オメー、その恰好は……?」

「ああこれ? 俺の仕事着よ。お前さんの元の世界にもなかったっけ、スーツってよ」


 いや、あったけど。マツリ達がいたあの世界にはなかったじゃん。みんな神主服とか巫女服とか、古代日本みてーな服装だったっつーのに。何、どゆこと?


「お前さんは帰っちまうから、もう明かしても良いかなーって思ってな。俺の正体について」

「ば、バイダの正体?」

「うん。俺、実は神様なんだわ」

「待って」


 は? えっ? めっちゃ軽い調子でびっくりする事実を突きつけられて、俺っちの困惑不可避。


「あっ、神様っつってもあのアガトクとは別口よ? 俺らみてーな超常的な存在って、全部神で一括りにされてっから紛らわしいんだよなー」

「待てって」

「んでよー。俺の仕事って世界の間引きなんだわ。世界が増えすぎると質量の関係で重力が強くなって宇宙の膨張が終わり、収縮に転じた結果ビッククランチが起きて終わっちまうからよー。適度に間引いて調整しねーといけねーのよ」

「お待ちになって」

「まー、滅びは避けられねー運命なんだけどよ。それでもなるべく足掻きたいっつーのも情じゃん? ぶっちゃけ俺は無駄なことしてんなーって思ってんだけど、お偉いさん達は死にたくねーっぽいし。俺にも生活があるからよー」

「待てや」

「んで、こっちで適当に滅びそうな世界リストアップして、滅びを速めるのが俺の仕事よ。直接手を出すと他の神らに目をつけられるから、バレねーよーに遠回しにしかできねーのよこれ。んで、邪神アガトクをさっさと呼び寄せて、超越者セイカを早起きさせて。マツリサマが呼ぼうとしてたチャラ男も、モノホンが来て成功するとアレだから、それっぽい奴が来るように適当に細工して。二股っつーキツい条件さえつけときゃ、とっとと終わると思ってたんだけど……お前さんがあまりにも面白くてよー。一回くれー仕事サボっても良いかなーって思って手助けを……」

「待てっつってんだろうがァァァッ!!!」


 次々と驚愕の事実が、あまりにも軽い調子で明かされるので頭が追い付かねーっす。お願いだから待って。俺っち、馬鹿なの。


「あっ、俺の名前? ナイアラルザ=ロキよ。角刈り頭のバイダはちゃんと他にいるし、俺の【世界嘲笑者ワールドジェスター】で一時的に俺のことをバイダに見えるように誤魔化してただけだからなー。解除したからもうバイダも元通りよ?」

「前の話理解する前に新しい事実ぶっこんでくんのを止めろォォォッ!!!」


 整理。話を整理しよう、そうしようっす。まずコイツの本名はナイアラルザ=ロキ――今後はロキって呼ぶことにして――っつー名前の神様みたいな存在。

 んで、コイツの仕事は世界の滅亡を速めること。その為にアガトク様を予定より早く呼んで、眠りについてたセイカさんも起こして、さっさと滅ぼそうとしてた。けど、俺っちが面白かったから滅ぼすのをやめて手伝ってくれた、と。ビッククランチだのなんだのの細けー話を抜きにすれば、要はそーゆーことだったみてーっす。


 んで、コイツの持つ力は【世界嘲笑者ワールドジェスター】っつー幻術使い。コイツが見せる幻は世界すら欺けるっつー、凄すぎてよく解んねー力を持ってるみてーっす。その力で持ってバイダは自分だって、世界ごと騙してたんだとか。

 言われてみれば最初に大集落シティでマツリに絡んできたバイダって、角刈り頭のオッサンだったっすね。


「解ってくれた?」

「……三割くれーわ」

「充分充分。そんだけありゃ首位打者にもなれるよ」


 つまりコイツがバイダとして振舞ってた際に言ってた、神々の思惑っつーのが、この世界を間引くことだった訳で……ん? 待った。それよりも何よりも、真実に気づいた俺っち。

 コイツの話を総合すると、アガトク様が早く来ちゃったのも。セイカさんが早起きしたのも。チャラ男見習いの俺っちが呼ばれたのも。契約の力で二股を強制させられたのも……。


「つーか全部テメーの所為じゃねーかゴルァァァッ!!!」

「あっ、気づいた? そーそー、その辺は全部俺の所為なのよ。メンゴ」

「裏奥義ローリングソバットォォォッ!!!」

「ゲホァァッ!?」


 俺っちは全く悪びれていないコイツに向かって横回転しながら飛び上がり、足底で思っきし鳩尾を蹴り込んでやったっす。オメーか俺っちの血尿の元凶はァァァッ!!!


「い、良い蹴り持ってんじゃねーの……」

「お望みならばおかわりもあるっすよ?」

「え、遠慮しとく……」


 クリティカルヒットした足応えがあったんすけど、程なくしてコイツは復活したっす。チッ、もう一発蹴っときゃ良かった。


「で。結局は神様であるロキさんが、わざわざ俺っちにネタバラシ込みでお別れを言いに来てくれた、と」

「そゆこと。お前さん、面白かったからなー。あと今【異世界人送還アナザーワールドキャラクターセンド】を邪魔してっから、マツリサマも困ってんじゃねーの? なんでか魔法が発動してんのに止まってる、みてーなよく解らん状態にしてあるから」

「人に迷惑かけておいてヘラヘラしてんじゃねーっすよオメーはよォォォッ!!!」

「まーまー、そー言うなって。ちゃんと騙しておくからよー」


 ちゃんと騙しておくとか、普通に考えて酷すぎる言葉なんすけど。


「ま。あんま騙してても疲れるしな。お別れとネタ晴らしも、この辺にしとくか」


 カラカラと笑ってるコイツの姿が、段々薄くなっている。それと同時に、俺っちの意識も段々、遠くなっていった。


「お前さんの頑張りで、世界が一つ救われたんだ。誇っても良いぞ、コーシ。元の世界でも、そこそこに頑張れよ……」


 最後にロキの奴が、そんなことを言ってた気がするんすけど。俺っちはそこで、意識を失ったっす。



「……気のせい、か?」


 無事に魔法論理マジックプログラムが起動し終わり、真ん中にいたコーシはいなくなった。しかしその魔法陣の外で、マツリは訝し気に首を捻っている。


「誰かに邪魔された感覚があったのだ。しかも、わたし達が使ってる魔法論理マジックプログラムじゃない、他の力で……でもちゃんと起動したっぽいし、コーシもいなくなってるし。大丈夫、だったのか? アイツ、ちゃんと元の世界に帰れたのか?」


 外的要因があったことは確かなのだが、その詳細が解らない。得体の知れない何かが来ているのではないかと、マツリは嫌な汗を浮かべる。それこそ、あの二柱に匹敵するような、誰かが。


「……【世界嘲笑者ワールドジェスター】」

「ま、気のせいだなっ! よし、じゃ家に帰るのだっ!」


 しかし次の瞬間。マツリは抱いていた疑問を全く気にしないままに、帰路につき始めた。木の陰でそれを見たロキは、ニヤリと笑っている。


「さて、と。俺も適当に報告書まとめるかなー。この世界は滅びを加速させたが住人らの力によって回避されたので、今後は滅びリストから外して……」


 マツリを見送ったロキがそこまで口にした時、不意に、言葉を切った。そして北の空を。続けて南の空を見やる。直後。地震かとも思うくらいの振動が、世界中に響き渡った。それも、二回。


「ウッソだろお前」


 開いた口が塞がらないロキがそう零した時と同時刻。家に帰る途中だったマツリもその振動を感じていた。彼女の額にも、嫌な汗が湧き出している。

 恐る恐る彼女が見上げた北の空には、紅の炎が立ち上っていた。そして南の空には、山かと見間違う程の超巨大な人型のドローンの姿が。


「あっ、あっ、あっ、あっ」

『……マツリ。聞こえておるな? 我だ』

『……あー、あー。マツリちゃん聞こえていますか? お久しぶりです』


 同時に、マツリの脳内と耳に、違う女性の声が響いてくる。それは二度と会いたくないと思っていた方々の声。溜め込んだ惑星源流ガイアフォースで、この銀河の外側まで吹っ飛ばした筈の二柱。


『コーシに渡していた我が炎の残滓が残っておったからな。何とか戻ってくることができたわ』

『コーシさんに入れていたナノマシンの僅かな反応を追ってきました。これがなかったら戻ってこられなかったわ』


 彼女達の言葉を受けて、マツリは一瞬で理解する。


(アイツの残してったう●こを頼りにここに帰ってきちゃったのだぁぁぁっ!?!?!?)


 コーシが【自己再生ジブンデナントカシロ】によって身体を治した際、体外に排出した汚物については完全にノーマークであった。まさかそんな僅かな痕跡から、この惑星を見つけ出してくるとは。

 改めてマツリは、この二柱が自分達とはステージが違う生き物なのだと思い知ることになった。同時に、アイツがう●こをする前に送り返すべきだったという後悔も。


『まあ、我もこの惑星に長居し過ぎていたからな。確か少女絵巻でも、お店にずっといたカップルが閉店時間だと追い出されるシーンはあった。あれと似たようなものか』

『滞在ビザが切れてたなんて。流石に数千年以上経ったら仕方ないですよね。大丈夫よマツリちゃん、ちゃんと更新してきたから』


 幸いなことにこの二柱は、【惑星追放砲トットトデテイケキャノン】で吹っ飛ばしたことに関しては、特に怒っていないらしい。それぞれで何かしらの理由をつけて、勝手に納得してくれている。追い出したことに対しての報復はなさそうであった。

 それはそれとして。やがては彼女の視界に映るものがある。北の空から飛来する、燃えるような真紅のツリ目と同じ色の腰くらいまである長い髪の毛。スレンダーな身体を真っ黒なゴスロリ調の衣服に身を包んでいる、一人の女性。


 そして南の空から飛来する、全長約千五百メートルの超巨大人型戦闘用ドローン、HZヒューマノイド・ゼウス。そこから降りてくる、亜麻色の髪のおさげに糸目。左側には泣きぼくろを備えた、クリーム色の縦セーターに青いジーンズ姿の一人の女性。


「おったおった。それでマツリ、お前に聞きたいことがある。全然反応がなくてな」

「マツリちゃん、こんな所にいたのね。それで私、聞きたいことがあるんです。この惑星の全てをスキャンしたのに、見つからなくて」


 降り立たった方、そしてコックピットから出てきた方の合計二柱が、やっと見つけたとマツリに近寄ってくる。しかし彼女は、ただただ引きつった表情のままに冷や汗をかくばかりであった。


「コーシは何処だ?」

「コーシさんは何処ですか?」

「    」


 邪神アガトクと超越者セイカ。二柱を目にして、そして問い詰められたマツリは、本気で言葉を失っていた。

 コーシが何処にいるのか。それは自分すら知らないことである。元々条件付けだけしてランダムに引っ張ってきたのだ。どの銀河のどの惑星でどの時代に生きていた人間かなんて、彼女は知る由もない。


 こうなってしまうと、彼女に残された手段は……。

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