第九話② 最後くらい気分よく帰らせて
『このまま死んじゃうくらいなら、どうか助けてもらえないか? 時間稼ぎさえしてくれたらちゃんと元の世界にも帰すからお願いなのだっ! この通りなのだっ! 今はコーシだけが頼りなのだっ!』
ちょうちょに気を取られてわき見運転した俺っちが、崖下へと落下中に呼ばれたこの世界。マツリの奴は最初に俺っちにこう言ってきたっす。
欲しかったその言葉に嬉しくなった俺っちは、ロクに先のことも考えずに二股を承諾。んで、あの二柱と出会ったんすよねー。
『黙れ、裸になれ』
まず最初にお会いした邪神アガトク様。傲慢不遜でホント神様って感じがすんのに、俺っちの妄言をいたく気に入ってくれて。挙げ句にはマツリから借りた少女絵巻にドはまりして、色々と試されるっつー羽目になったっす。
でも恋愛が解らないから色々やってみたい、と目を輝かせていた様子とか。俺っちと会う度に心底嬉しそうな顔してくれるとことか……存在自体がヤベー方っしたけど、正直、結構可愛いなって思うことも多かったんす。色んな意味で、純粋な方だったんだなって。
『コーシさん、紅茶にミルクは必要ですか?』
そしてセイカさん。どー見ても普通の団地妻にしか見えねーのに、その実一人でメカ作ったり、人の記憶を解析してその辺の草を食べられる元の世界の野菜に変えたりできる、意味不明な技術力をお持ちだった彼女。元の世界の何歩先か解らねー授業を受けさせられたりで、頭がパンクしそーになったりもしたっすね。
でも彼女も、本質的にはただ旦那さんに先立たれて辛かったご様子。旅行先で独り身になっちまうなんて気の毒としか思えねーし、あん時の涙だって本心から出たもんだって解ってたんす。ただ、寂しかったんだって。
『コーシ、この雌は誰だ? 何故お前と共におるのだ? んんん?』
『コーシさん。この変に貴方に馴れ馴れしい方はどなたでしょうか? 私の知らない方なのですが』
そんな二柱と上手く二股できてっかなーと思ってたら、あの修羅場。生まれて初めて、マジで死ぬかと思ったっす。よくもまああんな妄言で切り抜けられたと、今でも不思議で仕方ねーくれーっすもん。
『だから、逃げましょう』
んで、二柱が色々と規格外過ぎて対応すんのがしんどかったあの時。ジャスティンは俺っちにそう言ってくれたんす。結果的には俺っちをだまくらかして自分の野望を叶えようとしてたみてーっすけど。嘘とはいえあの言葉、ぶっちゃけ嬉しかったっす。
『好きだァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
んで、結局はやる気になってバイダにぶっ飛ばされて、戦場の真ん中で愛を叫ぶ羽目になったあん時。まさか二柱を共に騙せるなんて思ってもみなかったし、ぶっちゃけあの後どーしたら良いのかも全然わかんなかったから、倒れて良かったかなーって。
そのお陰で二柱がジャスティンを見つけて締め上げた訳だし、奪われた
「準備できたぞ」
「おっ、そーっすか」
やがてマツリが声をかけてきたっす。密度の高すぎた思い出ばっかのこの世界とも、これでお別れかー。なんか、変な感慨があるっすね。彼女が地面の上に敷いた魔法陣の真ん中に立てというので、歩いていくっす。
「これでお別れだな、コーシ。もう一度お礼を言わせて欲しいのだ。お前がいなきゃ、今はなかった。散々騙して、不義理をしてきたわたし達の為に頑張ってくれて、本当にありがとうございました。なのだ」
魔法陣の外側にいるマツリは、そう言って頭を下げてきたっす。
「良いっすよ、もう。終わったことっしょ? 無事に帰れて血尿も出ねーってんなら、俺っちとしても文句はねーし」
「……念の為に聞くが、本当に何も要らないのか? 確かにこの世界の通貨は使えないかもしれないが、それでもお金になりそうなものはいくらでも」
「いんや、いらねーっすよ」
そうそう。結局俺っち、マツリ達からは何ももらわねーことにしたんす。金なんかもらったって元の世界じゃ使えねーし、食べ物だって食いきれずに痛んだりしたら意味ねーし。換金できそーなもんもあったんすけど、ぶっちゃけ持って帰るのも面倒くせーし。
何よりも。
(だって、一番欲しかったもんは、たんまりもらえたんすからね)
この世界は、俺っちを必要としてくれたんす。そして、気づかせてくれたんすよ。自分で踏み出すことの大切さを。頑張ることを。それが解っただけで、俺っちもう胸がいっぱいっすよ。
「気にすんな。死ぬ筈だったのを助けてもらったうえに、貴重な経験までさせてもらったんす。これ以上は、もう腹いっぱいっすよ」
「そ、そうなのか? お前が良いんなら良いんだが」
あと
「じゃあ、マツリ。最後にして欲しいことがあるっす」
「な、なんなのだ? ま、まさかわたしの身体かっ!? この変態っ!!!」
「んな訳あるか」
誰がオメーの処女なんか要るか。俺っちにだって選ぶ権利くれーはあるんすよ。そんなことを思いつつ、俺っちは手を差し出したっす。
「握手っす。それくれーなら、良いっしょ?」
「……もちろんなのだ」
そして俺っちの所まで歩いてきてくれたマツリと、俺っちは握手した。マツリの手は、思った以上に小さかった。マジっすかこいつ、身長はあんまし変わんねーのに、手のサイズちっちゃ。
「サンキューっす、マツリ。んじゃな」
「ありがとうございました、コーシ。バイバイ、なのだっ!」
ギュッと少し手に力を込めた後に、どちらからともなく手を離した俺っち達。そしてクルリと背を向けたマツリが魔法陣の外に出ると、いつもの呪文を唱え始める。
「
そして魔法陣が回り出し、光が溢れてくる。眩いままに俺っちを包み込んできたので、俺っちも目を閉じたっす。ああ、これで帰れるんだなって。
「ん?」
ただ、最後にマツリがボヤいてた一言が、意味不明なくれー不安だったんすけど……。
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