第九話① 戦いの後、黄昏のコブラツイスト


 二柱をアンドロメダ銀河の外まで吹き飛ばしたあの大騒動から、少し経った。四つの花びらが外に広がっている純白の花を手に持ったマツリは今、大集落シティの外側にある墓地にて、一つの墓石の前に立っている。その墓石に刻まれた名前は『コーシ』。この惑星を救ってくれた英雄の名前だ。


「平穏が戻ったぞ、コーシ。お前のお陰だ」


 周囲にマツリ以外の人影は、今のところない。彼女はそう呟くと、手に持っていた花を添えた。添えた花の名前は天照華てんしょうか。この大集落シティにて代々星の神子メシアが就任と共に育て始め、特別な神事でしか使われないという由緒正しい花だ。

 そんな花が今、彼の墓石に添えられる。星の神子メシアが亡き人を偲ぶ際の、最上級の弔い行為であった。


「まあ、目に見えた脅威がなくなったことで、色々と身内の方でゴタゴタし始めたりはしてるぞ。平和になったからとて、暇にはならんかったな」


 二柱による脅威がなくなった後。マツリを待っていたのは内政に追われる日々であった。星の神子メシアの座を狙う革新派との確執。税制度やその他公共からの提供物に対する民からの不満。復興に際した予算の配分等、外的脅威があるからと後回しにしていた事柄が、一気にのしかかってきていた。


「楽しいか、と聞かれたら全然そんなことはないのだ。ここに来る時間を作る為にも、結構頑張ったからな。むしろお前と一緒になって、二柱とのやり取りで一喜一憂してた時の方が楽しかったかもしれんぞ? あの時は必死だったけどな」


 ゆっくりとしゃがみ込んだマツリは、墓石の名前と目線を合わせる。その目には疲労感があった。日々の疲れは、早々になくなるものでもない。吐き出したため息は、かなり重たいものであった。


「だけど、充実している」


 しかし、マツリは笑っていた。若い彼女はそれでもと走り回り、大集落シティを良くしていこうと尽力している。そんな日々は楽しいとは思えなかったが、やりがいを感じるものであった。


「お前が守ってくれた世界を、良くしていこうと奮闘する日々。それが充実していなくてなんだと言うのだ。お前がいなきゃ、この日々すらなかったかもしれないんだ。本当に感謝しかないぞ、コーシ」


 彼の名前を呼んだその時。笑っていたマツリの表情に影が差す。


「……だからこそ。お前がいないのが、寂しいぞ」


 沈んだ声で、マツリはそう零していた。胸に灯るのは、やりきれない思い。


「…………」


 目を閉じて黙りこくったマツリの元に、風が吹き込んできた。天照華てんしょうかの花弁が揺れる。遠くから誰かが走ってくる足音もある。再度目を開いた彼女は、ゆっくりと口を開いた。


「……そろそろ行くな。また来るぞ」


 マツリは立ち上がった。足音が近づいてくる。その目に若干の後悔はあるものの、迷いはない。小さな肩でそれすらも背負っていくと、決意した目線であった。


「ありがとな、コーシ。お前のことを、わたしはずっと、忘れないぞっ!!!」

「勝手に殺してんじゃねーぞこのまな板ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 そしてマツリが一番良い笑顔で墓石に向ってそう口にしたその時、叫びながら墓石を蹴り倒した男がいた。コーシだった。



「あっ、コーシ。元気そうで何よりなのだ」

「元気そうで何よりなのだ、じゃねーよッ! 何勝手に人をその身を挺して世界を救った英雄みてーに扱ってんだテメーゴルァァァッ! こちとらこの通りピンピンしてるっつーのに縁起でもねーことしてんじゃねーっすよォォォッ!!!」


 勝手に人の墓を立てて、勝手に手遅れになった相手への別れの挨拶を済ませていたこのまな板を、俺っちは怒鳴りつけたっす。許さんぞ貴様。


「全く。この後、帰り道でお前を惜しんで涙するところまでがテンプレートだと言うのに、予定調和の解らん奴だな」

「その前に俺っちに言うべきことがあんだろーがァァァッ!!!」


 ブスっとした顔をしたまな板を見て、俺っちの怒りゲージがうなぎ上り。反省した様子はなし。


「まあまあそう怒るな。せっかく用意したのに使う場所がなかったから、仕方なく再利用しただけなのだ」


 しかもこの墓石、なんと俺っちがこの世界に呼ばれた時から既に作り始めていたんだとか。前任者二名が即死してたから手間を省く為だったって、どんだけ期待されてなかったんだ俺っちはァァァッ!?


「しかし、やっとお前の【自己再生ジブンデナントカシロ】が終わったんだな。随分かかったみたいだが」

「ほぼ一日近くトイレにこもりっきりで、尿道とケツが割れるかと思ったっす……」

「お尻って最初から割れてなかったか?」


 死にかけてた俺っちは二柱が命を繋ぎとめてくれた結果、細胞にナノマシンが融合した半分メカの身体が燃え尽きない紅の炎を動力にして動いているとかいう、ワケの解らん生命体になってたらしいっす。

 助けてくれたのには感謝しかねーんすけど、新生物に進化(退化?)するのはちょっと遠慮してーんで。その後は身体が元に戻ろうと固有能力パーソナルスキルの【自己再生ジブンデナントカシロ】をフル活用して修復を開始し、昏睡状態に陥って意識を失うこと一か月。


 ようやく目を覚まし、アガトク様に流し込まれた紅の炎とセイカさんに流し込まれたナノマシンの全てを血尿と、遂には血便まで使って体外へ吐き出し。人間の身体を取り戻したのがついさっきっす。


「つーかお前、めっちゃ忙しいとか言ってなかったっすか? こんなとこで一芝居してる暇なんてあんの?」

「忙しいのは忙しいが、休みが取れない程ではないのだ」

「さっきの呟きの全部も嘘か貴様ァァァッ!」


 このまな板が俺っちで遊ぶためだけに嘘八百を並べてやがったことはよーく解った。覚悟しやがれ。


「喰らえ俺っちの秘伝コブラツイストォォォッ!!!」

「痛い痛い痛い痛いなんだこれあばら骨の辺りが意味不明なくらい痛いのだぁぁぁっ!!!」


 背後からまな板の左足に自分の左足をからめるようにフックさせ、相手の右腕の下を経由して俺っちの左腕を首の後ろに巻きつけ、背筋を伸ばすように伸び上げてやる。両手をクラッチして威力倍増っす。

 小さい頃に従兄弟の兄ちゃんにやられて覚えたこの技、ありったけの不満を込めてお前を締め上げるッ! 俺っちのこのやり切れない思いを、物理的に味わいやがれェェェッ!!!


「ふう、良い汗かいたっす」

「ぉぉぉおおおおおおおおおお……っ」


 ひとしきり締め上げて満足した俺っちは、額の汗を腕で拭いつつ安堵の息をついたっす。やっぱ運動って良いっすよね、身体がスッキリするんで。一方でまな板の奴は、まっ平な胸の辺りを抑えてもだえ苦しんでるっす。ザマア見ろ。


「……で。俺っち、元の世界に帰れるんすよね?」

「お、おお。ちゃんと、帰すぞ。契約、したからな」


 未だに痛みが取れていないのか、途切れ途切れになりつつもマツリは帰してくれると言ったっす。そっか。俺っち、もうこの世界ともお別れなんすね。

 二人して墓地を出た後で、その辺の草原でいそいそと準備を始めたマツリの隣で、俺っちは一人、今までを思い返したっす。

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