第八話④ 世界全ての生き物から出されたぶぶ漬け


「戻ったぞセイカ。我に何をさせようと言うのだ?」

「戻りましたかアガトク。こっちです、コーシさんを」


 やがてアメフラズ砂漠に戻ってきたロリのアガトクは、セイカが抱き上げているコーシへと近づいていった。彼女の腕の中のコーシは既に息が絶える寸前であり、致命傷を受けたということで固有能力パーソナルスキルも働いていない。今にも、彼の命の炎は消えようとしていた。


「コーシさんの命の灯火が消えそうなのです。なので貴女の紅の炎をつぎ足し、彼の生命力を復活させます」

「なるほど。火がないから我の炎で代用しようということか。良かろう。こんなところで死なせる訳にはいかんからな」

「ええ、その通りです。こちらで細かい用意は全て終えていますので、あとは炎さえいただければ……しかし、その姿で大丈夫なのですか? だいぶ力が落ちているように見えますが」

「問題ない。この姿でも、この惑星を焼き払うくらいは造作もないからな……ところでマツリは何をしておるのだ?」


 彼女達が話している向こう側で、マツリは評議会メンバーに必死になって指示を出しながらてんやわんやと動いていた。何かの準備をしているようにも見えるが、少し遠目なので分かりにくい。


「さあ? あのジャス、ジャス……なんて言ったかしら? あの方が亡くなってから、随分と忙しそうにされているんだけど」

「そうか、まあ良い。さっさと始めるぞ」


 そんなマツリの様子を全く意に介さないままに、アガトクは自身の紅の炎を滾らせた。そしてその炎を口元に宿すと、倒れているコーシの口へと近づけていこうとして、


「ま、待ちなさいっ!」

「なんだ、邪魔をするな」


 それを見たセイカが、焦ってそれを遮った。


「貴女今何をしようとしましたかっ!?」

「コーシにチューで我が炎を宿そうとしたに決まっておろう? お前が頼んだことだろうが」

「だからってキスする必要があるんですかっ!? しかも私の目の前でっ!」

「別に良かろう? お前だって先ほどの騒動の際に、人工呼吸と称してコーシにチューしておっただろうが。我が見ていないとでも思ったか?」


 アガトクの言葉に、セイカがドキリとした顔をする。彼女は先ほど、片手間でジャスティンを追い詰めている最中に、コーシの治療を行っていた。身体で燃える紅の炎を解析して鎮火。その後に彼の身体の傷を塞ぐ為に、体内に治療用ナノマシンを入れる段階になった際に、彼女は彼に口づけていたのだ。

 別に注射やその他の方法はいくらでもあったのだが、セイカは口づけを選んでいた。愛しい彼とキスしたいという乙女心が顔を覗かせていたのだが、惑星ガイアの全てを覆っていたアガトクも、当然それを見ていた。


「な、なんのことで……?」

「とぼけても無駄だ。貴様だけが良い思いするなど絶対に認めん。我もコーシとチューするぞ」


 引きつった顔になったセイカを後目に、アガトクはさっさとコーシにキスをした。そして自身に宿る紅の炎を、彼の内側へと流し込んでいく。


「ん……んんん……ぺろ……じゅるる……」

「舌を絡めてるんじゃありませんっ!!!」


 終わった後には、少女絵巻で見たディープキスとやらを試していたアガトクだったが、さっさとそれを見抜いたセイカによって引きはがされてしまった。

 ペロリと舌を出していたアガトクは、不満げにセイカの方を見やる。


「何をする。お前だってベロベロと舐めておっただろうが」


 ちなみに、その時のセイカの様子はこんな感じであった。


『んんんっ! じゅるるっ! はむ、あむっ! んっ、んんっ、ぺろ、べろ……っ!』


 必死になってコーシに唇をぶつけ、必要ないにも関わらず舌を入れて舐めまわしていたのをアガトクは宇宙空間から見ていたのだ。


「だからって目の前でこんなことされて黙っていると思っているんですかっ!? 慎みを持ってくださいっ!」

「なんだ、超越者の癖に変なことを気にするのだな。邪魔してこんのなら、見せつけてやれば良かろうに」

「これだから一個体で完成した社会性のない生き物は……っ!」


 言い合いをしているアガトクとセイカの傍らで、紅の炎を体内に流し込まれたコーシの身体がビクンビクンと脈動しているが、二柱は全く気にしていなかった。


「できたのだぁぁぁっ!!!」


 やがて、マツリが叫んだ。急に大声を上げた彼女に対して、何事かとアガトク、セイカの両者が顔を向けている。


魔法翻訳コンパイル異常なしエラーゼロ。マツリマジック、認証完了ライセンスクリアっ! 実行アクション、【惑星源流再採集ガイアフォースモドッテコイヤ】ぁぁぁっ!!!」


 マツリが咆哮するかのような言葉を上げた次の瞬間。ジャスティンに掠め取られ、アガトクによって散らされた力が。地表、海面に降り注いだ惑星源流ガイアフォースの全てが、彼女の元へと集まっていっていく。


「再収集完了ですッ! この量であれば成功率は……百パーセントォッ!? ま、マツリ様、何故か奪われた以上の惑星源流ガイアフォースがッ!?」

「あそこですッ! 先ほど邪神アガトクがめくり上げた大地から、惑星源流ガイアフォースが溢れて来ていますッ! もしやこれが、ガイアの意志……?」

「僥倖なのだっ! このチャンスは逃さないっ! 全員、持ち場につきなおせっ! いなくなった奴の穴は、わたしが直接埋めるのだぁぁぁっ!」

「了解しましたッ! 各種魔法式コードを再度、魔法翻訳コンパイル開始ッ! 進捗率十、二十……」

「何をしとるんだマツリは?」

「さあ? 何か忙しそうですけど」

「なん、でも、ないのだぁぁぁっ!!!」


 アガトクとセイカが首を捻っている中、マツリは必死の形相で何でもないと連呼していた。やがて準備が終わった彼らが、一層騒がしくなる。


「……九十、百ッ! 魔法翻訳コンパイル異常なしエラーゼロッ! マツリ様ッ! 準備、全て完了しましたッ!!!」

「マツリマジック、認証完了ライセンスクリアっ! 実行アクションっ! 【惑星追放砲トットトデテイケキャノン】んんんっ!!!」


 その瞬間。マツリを起点とした地面から一気に魔法陣が展開されていった。複雑な幾何学模様や文字が編み込まれたそれが、机に零れた水のように広がっていき、緑色に光る魔法陣は惑星ガイアの地表、海面の全てを覆っていく。


「なァッ!? こ、これは……」

「嘘、でしょ。まさかこの魔法式コード……っ!」


 二柱が驚愕の声を上げている。初代星の神子メシアが考案した、【惑星追放砲トットトデテイケキャノン】。起動し始めた魔法論理マジックプログラムは、もう止められない。長年に渡って溜め込まれてきた惑星源流ガイアフォースの全てが、魔法式コードに記載されたM言語マジックラングレージの通りに動き出す。やがて惑星全体を覆った魔法陣が、眩いばかりに輝き始めた。


「賭けに勝ったっ! 生き残れる道は、確かにあったんだっ! これがわたし達の気持ちなのだ、邪神アガトクに超越者セイカっ! 惑星ガイアの総意を、存分に受け取るのだぁぁぁっ!!!」


 魔法陣の中心で声を上げているマツリ。周囲の評議会の面々。大集落シティやその他世界の各地で発狂したり、苦しみながらも顔を上げている人々。更には大海を泳いでいる魚類等の海の生き物や、山や森に生息する陸の生き物。そして陸海に限らず世界各地に生息している植物の類まで。

 惑星ガイアに息づいている生きとし生けるもの達が、マツリの声に呼応するかのように咆哮を上げた。今、全ての生き物の意志が、一つになる。


「「「とっとと出ていけぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!」」」


 その瞬間、魔法陣がひと際大きな輝きを放った。惑星ガイアの全面が光り、全てを白い光で包み込んでいく。惑星であった筈のガイアはその時、恒星のように輝いた。

 それは大質量の恒星がその寿命を終える際に巻き起こる、超新星爆発にも匹敵する輝き。光はアンドロメダ銀河を超えて宇宙空間を駆け抜け、他の銀河や天体からすらも観測できるレベルであった。


 目も開けていられないくらいの光の中、邪神アガトクと超越者セイカは、身体が独りでに浮き上がるのを感じていた。それは彼女達だけではなく、生み出した炎の精や作成された各種ドローンに至るまで。彼女達に関わるものの全てが浮き上がったと思った、次の瞬間。


「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?!?!?」

「きゃぁぁぁああああああああああああああああああああああっ!!!」


 激しい勢いと共に、外へと押し出されていく力が働いた。それは邪神や超越者である彼女らでさえ抗うことができないもの。力も、技術も、全てを意に介さない強制力。これこそが初代星の神子メシアが編み出した【惑星追放砲トットトデテイケキャノン】の威力であった。

 彼女達の叫び声がドップラー効果によって遠ざかる程に低く響き渡り、やがてはそれすらも聞こえなくなった頃。光は落ち着きを見せ始める。


「目が、目がぁぁぁ……」


 強烈な光に目をやられていたマツリ達が、声を漏らしている。ようやく光が消え、その場にいた一同の視界が徐々に戻っていく中。ゆっくりと目を開けたマツリは、目の前にあの二柱がいないことを確認した。


「い、いない。邪神アガトクも、超越者セイカも……魔法翻訳コンパイル異常なしエラーゼロ。マツリマジック、認証完了ライセンスクリア実行アクション、【異常者検出ヤベーヤツハイルノカ?】っ!」


 ハッと気が付いた彼女が即興で魔法論理マジックプログラムを作成し、惑星全体に探知をかける。異常な力を持った存在が、まだ残っていないのかと。しかし、少しの検索の後に示された結果は。


「該当者、なし……や、やった。やった、のだ。成功、したのだ」


 結果を受けたマツリは、声を震わせていた。それは恐怖や絶望からではなく、内側から湧き上がってくる歓喜からである。


「邪神と超越者をこの星から追い出すことに成功したのだぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

「「「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」」」


 彼女の声に続いて、歓声が巻き起こった。周囲の評議会のメンバーは抱き合って喜び、大集落シティにいる者達もガッツポーズをしている人々しかいない。

 海は波の平穏を取り戻し、海洋生物達は海面から飛び上がって喜んでいる。山や森に生息する生き物達もはしゃいでいるかのようにジャンプしたり、その辺りを走り回ったりしている。木々は優しい風に揺れて葉を擦り合わせ、祝福を歌っているかのようであった。


「っ! そうだ、忘れてたのだっ! コーシっ!!!」


 皆が喜びを抑えきれない中、マツリは不意に思い出したことがあった。ジャスティンに撃ち抜かれ、その後の邪神と超越者によって身体を弄られていた彼。死に間際にこちらの都合で呼び立て、二股を強制させた背の低いチャラ男見習い。


「ッハッ! うあッ!? んぐ、ぁぁぁああああッ!!!」


 そんな彼は今、強制的に命を燃え上がらせている紅の炎と、細胞を無理矢理書き換えている治療用ナノマシンの活性化により、身体の至る所から言葉にできないくらいの激痛が走っている。


「コーシ、コーシっ! しっかり、しっかりするのだっ! もう終わった、終わったんだっ! お前ももう帰るだけなのだっ! まだわたし、お前にお礼も何もできていないんだぞっ!? このまま死ぬなんて駄目だっ! 頼む、頼む、からぁぁぁ……」

「ぁ、ぁぁぁあああああああああああああああああああああああッ!!!」

「コーシぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!」


 駆け寄ったマツリが彼を抱き上げたその時、コーシは絶叫を上げた後に、ガクンっと動かなくなった。それを見た彼女の叫びが、辺り一帯に木霊した。

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