第七話④ 見覚えもセルフサービス


「本気かい? お前さん、もう帰っていーって言われたんだぞ?」


 俺っちの言葉を聞いたバイダが、信じられないものを見る目をこっちに向けてるっす。

 うるせー、本気かって聞かれたらバリバリの本気っすよ。正気かって聞かれたら、なんて答えたらいーかわかんねーけど。


「本気っすよ。俺っちが二柱の争いを食い止めて、確実に吹っ飛ばすまで時間を稼いでやるっす」

「正気かい? 頭でも打った?」


 正気かって聞かれたら困るって思ってたら、聞かれちまったっす。世の中ってどーして悪い予感ばっか当たんの?


「んな訳ねーっすよ。ただちょっと、やる気になっただけっす」

「……ふーん」


 するとバイダは、俺っちのことをジロジロと見始めたっす。まるで、俺っちを観察するかのように。


「な、なんすか?」

「お前さんが行って、何とかなると思ってんの?」


 やがてバイダは、そんな冷たい言葉を投げかけてきたっす。


「邪神アガトク。超越者セイカ。どっちもお前さんなんざ、指一本で殺せるっつー化け物だ。そんな化け物が揃いも揃ってブチ切れてる今。ちっと仲良くなった程度のお前さんが行ったところで、何とかなんの? いくら寵愛の星の元に生まれてるからって、下手に小突いたら次の瞬間、この惑星ごとなくなっちまうかもしれねーんだぜ?」


 バイダの言うことは、最もっした。アガトク様もセイカさんも、俺っちなんか足元にすら及ばねーくれーの方々っす。

 ちいとばかし話せるよーになったからっつって、所詮俺っちは怪我や病気の治りが異常にはえーだけの人間。即死技しか持ってねーよーなお二方を相手にしたら、フツーに考えて秒でお陀仏っすね。


「……知らねーっすよ、んなこと」


 だけど、そんなこと関係ねーっす。


「知らねーって。おいおいお前さん、みんなを助けるとかそーゆー心構えじゃねー訳?」

「んな訳ねーっすよ。元々俺っち、この世界の人間でもねーし。そんなに良くされた覚えもねーっす。命張る義理なんざ、さらさらっすね」

「じゃあなんでわざわざ戻ろうとすんだよ? まさか、あの二柱のどっちかにガチ惚れでもしたのか?」

「尚更ねーっすよ」


 お二方とも美人で可愛いとこがあるのは事実っす。そして俺っちに対して好意を向けてくれてるっつーことも。

 それはそれとして、俺っちだって普通の女の子と恋愛がしてーんすよ。くしゃみで氷山吹っ飛ばしたり、その辺の草を半日でじゃがいもに変えたりする女性じゃなくて。


「じゃあ何か? もしかしてマツリサマにでも惚れたのか?」

「それこそマジねーから。あのまな板に、女性としての魅力はねーっす」

「そこまで言う?」


 マツリは人間として尊敬できるとこはあるんすけど、女の子としてはねーっすね。ちんちくりんのまな板。凹凸がヘソくらいしかない舗装されたアスファルトレベルのアレじゃ、興奮できるポイントが一つもねーじゃねーっすか。


「もー、意味わかんねーんだけど。じゃあお前さんはなんで戻ろうとしてんだよ? 血迷ったとしか思えねーんだけど?」

「……俺っちがそうしてーって、思ったから」


 解らんと首を振っているバイダに向かって、俺っちは言い放った。


「俺っちなら何かできるかもしれねー。それなら、やれることをやってみてーって、そう思っただけっす。どうせ元々死ぬ身だったんすから、ここでくたばったって未練なんかねーっすよ……でも。ここでなんもしなかったら、俺っちはゼッテー後悔する。生き残ったとしても、一生後悔する。それだけは、ハッキリと言えるんす」


 ここでやりてーと思ったことにすら目を背けたら、もうそれは俺っちでもなんでもなくなっちまう気がしてるんす。ただ生きてるだけの男に。

 それだけは。それだけは、死んでもごめんなんすよ。


「マジで言ってんの、お前さん? それってただのプライドとか、そーゆーやつじゃん。また聞くけど、仮に戦場に行ったとして、具体的にどーするつもりなん?」

「二柱に話をするっす。こんなことは止めようって」

「そんだけ?」

「そんだけ」


 あとは会う約束破ってごめんなさい、くれーは言うつもりっすけど。それ以上はなんも思いつかねーっすね。


「マジ? マジのマジ? お前さん、本気でやんの?」

「マジ中のマジっす」

「このまま帰れば死なないのに?」

「それって死んでねーだけじゃねーっすか。俺っちはゼッテー嫌っす」

「……うーわ、コイツマジじゃん。ガチじゃん。うわぁ」


 俺っちのそんな様子にドン引きといった調子のバイダ。テメーになんかどー思われてもいーんすよ。それよりも早く二柱んとこに……。


「だから気に入った。オッケー解った。さっさと行くぞ、コーシ。ほらよ、お前さんの要石キーストーン

「ッ!?」


 するとバイダはニヤリと笑い、ジャスティンに回収された筈の要石キーストーンを俺っちに投げて寄越すと、さっさと歩き出しちまったっす。何とかそれをキャッチした後、俺っちは慌てて後を追うっす。


「つっても、今から飛行船スカイシップ飛ばしても間に合わねーかもしれねーしなー。そーなると取れる手段は……」

「ま、待つっすよバイダッ!」

「あん? どしたのよ?」


 いきなりやる気になられて、俺っち全くついていけてねーんすよ。しかも今まではお前さんくれーにしか人のこと呼んでなかったのに、俺っちを名前で呼び始める始末で、困惑が倍プッシュ。


「な、なんでいきなりそんな協力的になったんすかッ!? 嬉しいちゃ嬉しいんすけど、理由が全然……」

「おもしれーから」


 こっちの疑問に対するバイダの解答は、シンプルなもんした。


「お前さんは馬鹿だ。自分だけは助かるって解ってんのに、わざわざ危険を冒しに行く。しかも、ほぼノープラン。こんなもん、馬鹿以外の言葉なんざねーよ」

「お、お前……」

「だが本気だ」


 言い返そうと思ったら、言葉を被せられたっす。そのまま外に出たバイダは、砂浜に魔法陣を敷きながら言葉を続けていくっす。


「あえて選んだ茨の道に、本気で立ち向かえるお前さん。しかもその理由が惚れた腫れたじゃなくて、自分のプライドとか。それだけで本気になれるとか……最高じゃん。こんな面白いもん、他にねーぞ? 俺が手を貸すにゃ充分な理由だ。どーせ上に言われたからやってるだけの、無駄な仕事だしな」


 やがて魔法陣を敷き終えたバイダが、こっちを振り返ったっす。


「やってみせろ、コーシ。神々の思惑なんざ吹っ飛ばせる馬鹿がいるって、見せつけてやれ」


 笑いながら、バイダはそー言ってたっす。つーか、神々の思惑って何すか? アガトク様とセイカさんとか、そーゆー話じゃねーの? 一体バイダは、何の話を……?

 と思っていたら俺っちの身体が輝き始め、気がつくと大砲に装填されてたっす。わー、なんか見たことあるぞー、これ。


「……ねぇ、これって?」

「懐かしいだろ? マツリサマが即興で作ってた魔法論理マジックプログラムを俺が改良した、【新・人間大砲発射シン・アッチノヤマニトンデイケ】だ。大丈夫、座標の計算はバッチリだぜ?」


 そこじゃねーんすよ、俺っちの心配所は。


「セイカさんとこに撃ち込まれた時は頭から地面とかその他諸々に激突して、俺っちの【自己再生ジブンデナントカシロ】がなかったらタダじゃ済まなかったと思ったんすけど……念のために聞くけど、これって着地はどーなるんすか?」

「セルフサービス」

「待てや」


 それって後は自分で何とかしろってことと同義じゃねーかァァァッ!!!


「さってと。時間もねーしとっととやっぞ。諸々無視して実行アクションッ!」

「ちょ、待っ、心の準備が……」

「んなもん飛びながら済ませろッ! 【新・人間大砲発射シン・アッチノヤマニトンデイケ】ェェェッ!!!」

「ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 俺っちの抵抗も虚しく、そのまま宙を舞う羽目になっちまったってか、なんでこうなるんじゃァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?!?

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