第七話② 世間は頑張った奴じゃなくて出来る奴を選ぶ


「お前は次代の星の神子メシアとなれ」


 ジャスティンは幼い頃からそう言われて育ってきた。彼の生まれた家は先祖代々続く貴族。何人もの星の神子メシアを輩出してきた名家であった。当然彼もその期待を一身に受けて勉学と修行に励み、そして成績を残していった。彼はかなり優秀であった。


「私は次代の星の神子メシアとなる男です」


 学び舎でも常にトップの成績を修め、次の星の神子メシアとなる自負すら芽生え始めた頃。彼は一人の女の子と出会うことになる。


「わたしはマツリと言うぞ。ジャスティン、こんにちはなのだっ!」


 それがマツリである。ある日、大集落シティの入口に捨てられていた幼い彼女は、みんなから可愛がられながら生きている子であった。そんな彼女の後見人が決まり、学び舎に編入してくることになったのだ。

 当初こそ、ジャスティンは彼女のことなど気にかけてはいなかった。食うに困って捨てられた彼女が可愛そうとこそ思ったものの、深く関わることもなかったからだ。自分は優秀なままで居続けて、やがて星の神子メシアとなる。その目標以外、眼中になかった。


「すっげーッ! マツリの奴、また成績トップじゃんッ!」

「凄いよマツリちゃんっ! しかも授業でやったことだけじゃなくて、即興で異常なしエラーゼロ魔法論理マジックプログラムまで作れるなんてっ!」

「えへへへへ、なのだっ!」

「…………」


 しかし、マツリは天才だった。しかもその辺の秀才など歯牙にもかけないくらいの、本物の天才。一度学んだことは決して忘れなかったし、幼いながらにも魔法論理マジックプログラムの腕は超一流。更にはその人懐っこさで人望すら厚いという、まるで絵巻に描かれた物語の主人公のような有様。

 優秀であったジャスティンだったが、何一つ彼女に勝つことができなかった。勉学も、魔法論理マジックプログラムも、人付き合いすらも。彼はそこで、初めての敗北を味わうことになる。


「ジャスティン君、また失敗? マツリちゃんならそんなことないのになー」

「クッ!?」


 初めての敗北に焦ったジャスティンは、追い立てられるかのように勉学等に取り組んだ。しかし焦りからきた努力はなかなかに実らず、逆に凡ミスが増えてしまう。

 そしてその度に言われる「マツリだったら」という言葉が、徐々に彼の心を蝕んでいった。


「どうしてあんな捨て子に勝てなかったんだお前はッ!? この出来損ないッ!!!」


 そしてその差は遂に明確な形となって表れてしまった。成長し、星の神子メシアを選ぶ儀式に二人して参加した結果、惑星ガイアが選んだのはマツリだったのだ。

 当然ジャスティンの両親は激怒した。今まであれだけ手をかけてきたというのに、お前は全てを無駄にしやがったと彼を痛めつけ、とうとう勘当してしまったのだ。


「私はマツリ様の補佐役となり、貴方を支えさせていただきます」

「よろしくなのだジャスティンっ! お前みたいな優秀な奴が傍にいてくれて、わたしも嬉しいのだっ!」

「…………」


 家から放り出されたジャスティンは、マツリの補佐役として働くことにした。それはもちろん食うに困ってということもあったのだが、何よりも彼にはある心があった。


(マツリさえ居なければ、私はただただ優秀であれた。星の神子メシアにだってなれたし、家を追われることだって、なかった筈。ポっと出の天才なんかに、全てを奪われたんだ……だから、今度は私が奪ってやる。そして誰も彼もに認めさせる、私の実力をッ! こんな所で終わる私ではないッ!!!)


 それはマツリへの復讐心。彼女さえ居なければ全てが上手くいった筈なんだという思い込み。実家から勘当されたことに対する逆恨み。どす黒いそれらの感情をひたすらに押し隠して、彼はじっと伺っていた。機会が来るはずだ、と。


「じゃ、邪神の来訪が予想よりも早いっ!? し、しかも数千年にわたって眠りについていた超越者まで予定より早起きしたぁっ!? ま、まだチャージが終わってないのだぁぁぁっ!」

(来た……ッ!)


 やがて邪神の来訪と超越者の目覚めが予定よりも早まったことを受け、マツリを初めとした評議会の面々に動揺が走った。

 誰もが悲壮な顔をする中で、ジャスティンだけが口角を上げる。この混乱こそが、待ちに待った機会であると。用意していた計画の最終調整をしつつ、彼は動き出すことにした。


「マツリ様。我々の接待だけでは限界があります。二柱に好かれるような者がいれば……」

「そ、それは解ってるのだっ! で、でもそんな人が都合よく……ん? 二柱に好かれる人……そ、そうかっ! 寵愛の星の元に生まれた人間がいる筈なのだっ! で、でも無関係な人にこんなことさせるのは……」

「しっかりしてくださいッ! 私達が死ぬよりは何倍もマシでしょうッ!?」


 飛来した邪神と目覚めた超越者を相手にする輩が必要だとそれとなく話すと、頭の良いマツリはすぐに察してくれた。

 良心が痛むと少し渋っていた彼女だったが、押しに押すことでようやく覚悟を決めてくれて、異世界から人を呼ぶことになる。


(私も扱えるギリギリまでは力が欲しいんですよ。それまで時間が稼げるなら、幾人でも捧げましょう。どうせ縁もゆかりもない異世界人だ。何人死のうが関係ない)


 大目的は先祖代々蓄えてきている惑星源流ガイアフォースを溜める時間を稼ぐというものであったが、ジャスティンにはそれとは別の企みがあった。

 それはチャージされている力を、自分らで用意した大規模魔法論理マジックプログラム・マクロで横取りするというものだ。長年溜め込まれてきたその力は計り知れず、それを掠め取ることで人の身に余る程の力を得ることができる。そうして自分はマツリを超え、圧倒的な力で持って彼女に復讐するのだと。


 大規模魔法論理マジックプログラム・マクロの行使には人手が必要である為に、革新派という組織も作った。星の神子メシアを引きずり下ろし、奪い取った力で自分達が支配者になると嘘八百を撒くと、続々と人材が集まってきた。欲に目が眩んだ人間を利用しつつ、革新派の筆頭が自分であることがマツリにバレないように細心の注意を払いながら、彼は計画を進めていた。

 しかし彼は優秀であるだけ。確実に二柱を吹き飛ばす程の惑星源流ガイアフォースの全てを扱える天才マツリとは違い、彼に扱える力には限度がある。


 だからこそ、自分が扱えるギリギリまではチャージする必要があった。奪い取るなら、扱える限界まで大きくなってからが良い。彼からしても、時間稼ぎは必要だったのだ。

 とはいえ実際は、異世界から呼んだ人間程度がそこまで粘ることもできないだろうから、ある程度粘ったところでマツリを焚きつけるつもりではあったのだが。


(予想外だ……ッ!)


 しかしそんな彼の目論見は、一人の異世界人によって陰りを見せることになる。それがコーシであった。

 いつものようにさっさと使い捨てられると思っていた彼は、なんと邪神と超越者の両方から気に入られてしまい、見事に時間稼ぎを成功させている。


(このまま確実に吹っ飛ばせるまでチャージされてしまったら、私が掠め取っても力を十全に扱うことができないッ!)


 確実に二柱を【惑星追放砲トットトデテイケキャノン】で吹き飛ばす程の力は、最早ジャスティンに扱えない域である。そうなってしまえば大規模魔法論理マジックプログラム・マクロで掠め取ったとしても、制御不能になった惑星源流ガイアフォースが大爆発を起こすか、あるいは世界各地に散るだけであり、彼の計画は破綻だ。

 コーシを暗殺することも考えたが、二柱から好かれている彼に手を出してしまえば、何をされるか解ったものではない。下手に手だしすらできなかった。


「逃げましょう」


 だからこそ、ジャスティンはコーシをそそのかした。彼が生きていて自分の意志で隠れてくれるのであれば、こちらのとしても都合が良い。いざという時のために自分用に用意しておいた、探知に引っかからない絶海の孤島に閉じ込めておけば、見つかる筈もなかった。


「限界なのだっ! 【惑星追放砲トットトデテイケキャノン】を発動するっ! みんな準備を始めるのだぁぁぁっ!!!」

(この時を待っていた……ッ!!!)


 あとは煽るような文書を送りつけて、二柱を焚きつける。こうなってしまえば、もう限界までチャージをしている等という余裕もなくなるだろう。

 事実、ギリギリまで粘っていたマツリも遂に折れ、大規模魔法論理マジックプログラム・マクロを発動させることになった。しかも今の惑星源流ガイアフォースの状態は、ジャスティンが扱える限界ギリギリの量である。


(もうすぐ、もうすぐだッ! 私は邪神を、超越者を……マツリを超えるッ! 私の復讐が成就するッ! ハハ、ハハハ、ハーッハッハッハッハッハッハッハッ!!!)


 【惑星追放砲トットトデテイケキャノン】の発動直前に惑星源流ガイアフォースの封印は解かれる。そこに割り込んで大規模魔法論理マジックプログラム・マクロを発動させれば、その全てを奪い取ることができるだろう。

 長年に渡って蓄積された惑星源流ガイアフォースさえ取り込んでしまえば、邪神や超越者なんか屁でもない。何せその二柱を完膚なきまでに吹き飛ばす力を手に入れるのだから。


「この時を待っていたァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 そして千載一遇の機は訪れた。革新派の面々で時間をかけて作成した【強制徴収命令スティールオーダー】は成功し、惑星源流ガイアフォースの全てを手に入れることができた。

 計画通りだ。思い描いていた最高の形を得たことで、ジャスティンは笑った。嫉妬心から始まった彼の復讐は今、世界を覆い尽くそうとしている。

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