第六話① 恵まれたチャラ男見習いと泣いた星の神子
「くかー……」
うーん、惰眠むさぼるの最高に気持ち良いっすわー。ジャスティンが用意してくれてた隠れ家最高ッ! 飯もあるし布団もあるし、何よりマツリもアガトク様もセイカさんもいない。
俺っち自由ッ! チョー絶自由ッ! 今、世界中の誰よりも自由がフリーダムッ! きっと今は、自由に、空も飛べるはず……。
「ここなのかぁぁぁっ!!!」
「うぉぉぉあああああああああああああああああああああッ!?!?!?」
なんすかなんすかッ!? 俺っちの自由を脅かす存在はッ!?
「ようやく見つけたのだコーシ」
「ま、マツリ」
ブチ破られた扉の所には、怒りという感情に表情筋が支配されたとしか思えない顔をしているマツリと、地面につきそうなくれー長い白髪の男が。えーっと、アイツは確か。
「よー、コーシ。ゆっくり寝れたか、んんん?」
「ど、どうもっす。えっと確か、バイダさん、っすか?」
「おっ、なんだなんだ覚えててくれたんかい。嬉しいねぇ。別に呼び捨てでいーぞ」
「んなことはどうでも良いのだ」
よっ、っと手を上げているバイダを無視して、ズカズカとこちらに歩み寄ってくるマツリ。うん、ヤベーわ。コイツ、マジで怒っていらっしゃる。
「なんでこんな所にいるのだ? お前がいなくなった所為でどうなったのか解っているのか? んんん?」
「え、えーっとっすね」
眼前、っつーかメンチ切るレベルで顔近い。近いっすよマツリ。
「バイダが渋るからまだ下手人も何もかも聞けてないけど、もうとにかくなんでも良いのだ。さっさと戻るぞコーシ。お前には、邪神と超越者をなだめてこの騒動を終わらせる義務が……」
「嫌っす」
凄んでくるマツリだったっすけど、俺っちも怯んではなかったっす。
うん、もう嫌っす。やりたくねーっす。
「は?」
「嫌っす。もうアガトク様んとこもセイカさんとこも行かねーっす。あんな頭ねじ切れそうな思いして二股するなんて、コリゴリっす」
俺っちははっきりとマツリの目を見て、そう言ったっす。
「何を言ってるのだ? お前は二股をしなきゃ死ぬんだぞ?」
「【
「終わってなんかないぞ。今のままじゃ一割の確率で失敗する。もう少しなのだ」
「充分じゃねーっすか。さっさとやっちまえばいーんすよ」
「お前は自分で何を言っているのか解ってるのか? 人の死がかかってるんだぞ? 遊びじゃないのだ、確実に……」
「その人の死の中に、俺っちは入ってない」
能書きを垂れ始めたマツリに向って、俺っちは割り込んだ。
「オメー、俺っちにしか頼めねーなんて口先でいーこと言っておきながら、俺っちがダメだったらとっとと別の奴呼ぶつもりだったらしいじゃねーっすか。は? なんすかそれ? 俺っちのことなんだと思ってるんすか?」
「……そのこと、誰に聞いたのだ?」
「誰だっていーじゃねーっすか、んなこと」
俺っちの言葉に、マツリは今までの強気が嘘であったかのように弱々しく口を開いてるっす。ハッ、図星っすか。
「死ぬ間際だった俺っちに、生きるチャンスをくれたんは感謝してるっす。でもその実態が、どうせ死ぬなら役に立つまで利用して駄目ならそれでいっかー、程度の認識だったっつーんなら、俺っちだって怒るっすよ。それに、俺っちの前に二人も死んでるらしいじゃねーっすか。その辺の話、何も聞いてなかったんすよ? 俺っちはお前らの体の良い使い捨てなんかじゃねー。縁もゆかりもねー人間なら、使い潰しても心が痛まねーってか? 舐めんじゃねーっすよ」
一気に思ってることを捲し立ててやるっす。ああ、本当に、ふざけんじゃねーっすよ。何度も死ぬ思いして、邪神や超越者だろーと好意を持ってくれたお二方にも応えてやれねーよーな、そんな状況。
挙げ句、前に死んだ奴がいるっつー話もしねーままやらせておいて、最悪死んでも気にもしないつもりだったとか、マジふざけんじゃねーよ。そんな輩に俺っちが協力してやる義理なんかねーわ。そっちがそのつもりなら、俺っちだってこうする。勝手にやってろ。もう知らねーっすよ、オメーらなんざ。
「……っ」
言いたいことを言って、少し胸の内が軽くなった頃。少し俯き加減のまま相変わらず黙りこくっていたマツリだったっすけど、不意に顔を上げたっす。
そして、俺っちのことを、真っすぐと見据えてきた。
「な、なんすか、急に」
俺っちが少し動揺したその時、マツリはその場に膝をついて額を床に擦り付けた。つまりは、土下座したんす。
「……ごめんなさいなのだ」
まさか土下座されると思ってなかった俺っちがうろたえていると、マツリが小さく口を開いた。
「前任者の死を黙ってたこと。そして駄目だったらコーシを使い捨てるつもりだったのは、本当なのだ。その点に関しては、一切弁解の余地なんてないのだ。わたし達は自分達が助かりたいが為に、お前に対して不義理を働いていたのだ。本当に、ごめんなさいなのだ」
「あっ。その。えっと」
しかもこの謝罪。涙ぐんだ声でそう言っているマツリに対して、俺っちは何も言えねーでいる。
ここは逆切れするなり、なんも言えなくなってそのままバイバイかと思ってたのに。素直に、謝られるなんて。
「でもっ!」
やがてマツリは顔を上げ、頬に雫を流しながら声を上げたっす。
「でも、わたし達だって死にたくないのだっ! 優しくって、ズルくって、時に腹が立つことだっていっぱいあるけど……みんな、みんな一生懸命生きてるだけなのだっ! それがどうして、あんな輩にビクビクしながら生きていかなきゃいけないんだっ!? ちょっと間違えばあっさり死んじゃうんだぞっ!? わたし達はその辺の虫けらなんかじゃないっ! 必死になって生きてる人間なのだっ! ただ、ただ平穏に生きていきたいだけなのに……あんまりなのだぁぁぁっ!!!」
ただ普通に生きていたいだけ。それすら叶わない苦しみが乗った、マツリのその言葉。
「お前はどうなんだ?」
不意に、マツリは聞いてきた。
「お前も元の世界では死にかけてたけど、普段の生活はどうだったのだ? 油断したら死んじゃうような、そんな厳しい世界で生きてきたのか?」
「い、いや、その。俺っちの世界は、別に」
そんなことを聞かれても、俺っちの世界には特に危険なことなんてなかった。事故や病気、頭のおかしい輩に殺されるかもしれねーっつー恐れは確かにあるっすけど、そんなこと滅多にないし。
世界の何処かでは戦争してたかもしんねーけど、それも遠い話。自分自身の命の危機があることなんて、ほとんどなかったのが現実っすから。
「……そうか」
俺っちの言葉を受けたマツリは、静かに呟いたっす。そうして、立ち上がった彼女の言葉は、酷く冷たいもので。
「お前は、幸せな世界に生きていたんだな。目に見えた脅威なんかなく、普通にしてたら平穏に生きられるなんて、本当に恵まれていたんだな。羨ましいくらいに……妬ましいくらいにっ!」
恵まれていた。俺っちが普通に生きられていたのは、恵まれていたこと。今ここで言われるまで、考えもしなかったことだったっす。
そして次にマツリが放った言葉に、俺っちは打ちのめされた。
「そんなお前なんかに、明日をも生きられないかもしれないわたし達の気持ちなんて、解ってたまるかっ!!!」
「ッ!」
その慟哭に、俺っちは何も言えなかったっす。だって、本当に、解らなかったから。
「助けて、欲しいのだ……」
その後、マツリはそう言ったっす。目から涙を流しながら。
「騙したこと、無理強いさせたことは本当にごめんなさいなのだ。でも、わたし達だって、死にたくなかったのだ。そしたらお前は、予想以上に頑張ってくれて……本当に、助かるんじゃないかって、思えて……これが済んだら何でもするのだ。わたしにできることはするし、あげられるものは何だってあげるのだ。だから、だから……っ!」
そうして、マツリは俺っちに正面からもたれかかってくる。震える手で俺っちのシャツを掴んで、まるで、縋ってくるかのように。
「助けて、コーシ。あの二柱を何とかできるのは、もう、お前しかいないのだ……お前が、必要なんだ。お願い、なのだぁぁぁっ!!!」
「ッ!?」
そして再び、俺っちは打ちのめされたっす。今度は違う意味で。
だって、だってマツリのその言葉は俺っちが、一番……欲しかったもんで。
「……盛り上がってるとこワリーんだけどよ」
沈黙が続いていた中で、不意にバイダが口を開いた。あっ、そっか。コイツ、いたんだ。
「さっき
「…………」
その言葉を受けたマツリは、一度鼻水をすすると、スッと俺っちから離れたっす。未だに何も言えねー、俺っちから。
「……解ったのだ。今から、戻るのだ」
マツリはクルリと後ろを向いた。そして何も言わないままに、スタスタと歩き始めてしまう。
「いーのかよ、マツリサマ。アイツ、連れ戻さなくても?」
「良いのだ。事情を知られてしまったんなら、もうこっちからは何も言えないのだ」
「あんだけ騙しておいて、今さら優しさかい? そんなんで償えるとでも思ってんの?」
「……わたしはただ、不義理した分を返そうとするだけなのだ。償いになるかなんて、知らないのだ」
「そーかいそーかい。んで、どーすんの? もう【
「状況次第なのだ。それもこれも、現場に出てから決めるのだ……コーシ」
バイダの言葉にも素っ気なく返したマツリは、扉の所で不意に立ち止まると、俺っちの方を振り返った。
「騙してごめんなさい。隠しててごめんなさい。でも、見ず知らずだったわたし達にここまで尽くしてくれたのは、素直に嬉しかったのだ。お前がいなかったら、わたし達はとうの昔に死んでたかもしれないしな。あとは、こっちで何とかする。契約はわたしが破棄しておくし、下手になる前にお前を元の世界に帰すように手配もする。だから、安心するのだ」
そして彼女は、ペコリと頭を下げた。
「今まで本当に、ありがとうございました……なのだ」
その別れの挨拶とも言える言葉を吐いた後、マツリはバイダと共に行っちまったっす。結局最後まで、俺っちは何も言えねーままっした。
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