第六話② ギリギリ、じゃないと神子駄目なんだよ
戻ってみれば部下からの報告で、両軍が行軍速度を上げたが為に、もうぶつかってしまいそうな勢いだと知る。
マツリは頭を抱えていた。二柱による戦争が始まってしまえば、余波だけでどれだけの損害が出るか解ったものではない。二柱を追放するなら、両軍がぶつかる前に済ませる必要があった。
「わたしもすぐに現地に向かうっ!
北極と南極から互いを目指していた為に、二柱はおそらく赤道付近にあるアメフラズ砂漠にてぶつかる予定だ。奇しくも、前に修羅場が起きた、あの砂漠である。
「これが終末の景色なのか……?」
そして、アメフラズ砂漠にやってきたマツリは戦慄していた。既に両軍は展開を終えており、睨み合いになるところまで来ていたのだ。
片や紅の炎で構成された人間型、獣型の炎の精が無数に蠢いているアガトク陣営。地上、そして空中にひしめいているその数を数え切ることができない。充分に離れている筈なのに熱気が伝わってきており、ただでさえ熱い灼熱の砂漠を一層加熱している。更にはその空の一部が割れ、巨大な紅の炎が顔を覗かせていた。
「よくもまあ我の前にノコノコと顔を出せたものだな、セイカ」
そして、その中心にいるのが邪神アガトクだ。超巨大な戦艦のような形をした紅の炎の上で仁王立ちし、透き通るような声をいつもの尊大な調子で放っている。その顔には怒りが満ちており、鋭い目つきで正面に展開している敵軍を睨みつけていた。
「あらあら。面の皮が厚いのはどちらかしらね? いけしゃあしゃあと私の前に姿を現すなんてね、アガトク」
片や空と大地を覆いつくしているドローン兵器を引き連れているセイカ陣営。空中に展開する円盤型空宙両用ドローン、
セイカ自身は
「ほほう。何やら数だけは用意してきたようだな。しかしそんな玩具を幾ら並べたところで、我には遠く及ばぬ」
「たかだか一個体の存在が大きく出たものですね。持って生まれた力を振り回すだけのお子ちゃまに、積み上げてきた技術と戦術というものを教えてあげましょう」
「ストップなのだぁぁぁああああああああああああああああああああああっ!!!」
互いに聞こえるような声で挑発し合っているアガトクとセイカの間にマツリは割り込み、血管が切れそうな勢いで叫んでいた。
「アガトク様っ! セイカさんっ! 話を聞いて欲しいのだっ! コーシは今、お互いの所にはいないのだっ!」
自分達を軽く捻り潰せる戦力に挟まれながらも、マツリは必死になって声を上げる。現在のチャージ状況では、【
コーシがアテにできない今、最早自分自身が身体を張るしかない。二頭の巨人に囲まれた虫けらのような心地があったが、それでも彼女はめげなかった。
「お互いの勘違いなのだっ! ここで戦ったって、なんの意味もないのだっ! だから、だから矛を収めて……」
「やかましいぞマツリ」
「うるさいですよマツリちゃん」
しかし、そんなマツリの必死の思いは、二柱によって一蹴される。
「コーシのこともあるが。元々、我はコイツが気に入らなかった。挙げ句こちらのことをボッチ呼ばわりするとはな……少女絵巻で知っておらんかったら、馬鹿にされたことすら気が付かなかったぞ。その点は感謝しておる」
「コーシさんのことももちろんですが。私もこの邪悪なる存在は早急に排除すべきだと思っておりました。百害あって一利なし、なんて言葉がここまで似合う存在はないですからね。それに私のことを残り物だなんて……ああ、いけませんね。また、イライラしてきてしまいました」
「あああ?」
「なんですか?」
(誰だ二柱をここまでイラつかせた極上の馬鹿はぁぁぁっ!?)
一触即発。全くこちらの言葉を聞く気がない二柱の様子から、マツリはまた頭を抱えた。てっきりコーシのことだけかと思ったら、どうもこの二柱は互いが互いを馬鹿にしたという認識すら持っているらしい。何だかんだで付き合いが長くなってしまったが故に、マツリはこの二柱が積極的に喧嘩を売っていくような性格ではないことを重々承知している。
つまり、彼女達をそそのかせた人物がいる筈なのだ。コーシを誑かして身を隠させ、二柱を面白半分というには過ぎるくらいまで小突いて怒らせた、命知らずな輩が。
(事情を聞き出そうと思ってたバイダはいつの間にか姿を消してるし……まさか、アイツがやったのかっ!? いや、バイダが犯人ならわたしをコーシの所まで連れて行くのもおかしな話なのだ。そうなると、未だにはっきりしない革新派の筆頭の仕業……? だとしたらどうしてこんなことをするのだ? その理由が全然……)
「やはり気に入らぬな。お前を燃やし尽くしたらどのような悲鳴を上げるのか、今から楽しみで仕方ないぞ? 脂肪だらけの身体は、よく燃えるだろうて」
「それはこちらのセリフですね。貴女の全てを解析し尽くし、全てを丸裸にした後。私の手のひらで踊るだけの存在となった貴女は、どんな無様な踊りを見せてくれるのかしら」
(考えてる暇すらないのだぁぁぁっ! やる、もうやるしかないのだっ!!!)
最早、合間にいるマツリの存在すら目に入っていない様子のアガトクとセイカ。観念したマツリはその場から緊急脱出してみんなの元へと戻ると、すぐに準備を始めることにした。心を、決めたのだ。
「限界なのだっ! 【
「ッ! わ、解りましたッ!」
マツリの一言に返事をしたジャスティンを含め、その場にいた全員が準備に動き出す。チャージした
メインとなるのは
「クククク……ッ!」
そんな中で一人だけ声を抑えている者がいた。ジャスティンである。彼もまた術式の制御を担当している為に準備に追われてはいるのだが、その顔には笑みがあった。
まるで企みが成就する直前だと言わんばかりの、暗い笑い方。
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