第三話④ 君との未来を考えたいから、今じゃない


「セイカ、さん?」

「ごめんなさい……」


 そう言いつつ、セイカさんはまた俺っちに抱き着いてきたっす。何度も、何度も、謝りながら。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「せ、セイカさん? そ、そんな謝らなくても、俺っちは別に」

「ごめんなさい……あなた」


 彼女のその言葉で、やっと俺っちは誰に向かって謝っていたのかを知ったっす。

 それは亡き旦那さんに向けて。溶岩に沈みながらアイルビーバックして散っていった、彼に向けてだったっす。うん、台無しだこれ。


「私、変なんです。夫を忘れたくないのに……最近は、貴方のことばかり考えるようになってしまって」

(んんんんん?)


 事情が変わった。続けて?


「おかしいですよね。夫の為にって研究してて、メカを壊した貴方に弁償してもらおうと講義してたのに……最近は、貴方と講義するのが、楽しくて仕方ないの」

「へ、へー。お、俺っちからしたら嬉しい限りっすねー」


 うん。一緒に居るのが楽しいって言ってくれるのは、素直に嬉しいっす。嫌われるより好かれる方が、人間的に何倍も好ましいっすしねー。

 ただ、なんかこう、俺っちの第六感がもっと重たいものの片鱗を感じてるのだけが気がかりなんすけど。


「気が付くと貴方のことばかり考えてて。気が付くと貴方との講義の映像ばかり見てて。気が付くと貴方の身体にフルスキャンをかけて、身体の構造情報を抜き取ったりしてて……」


 ねえ今聞き捨てならないこと言ってなかった? 俺っちの身体にフルスキャンかけて情報を抜き取ったとか聞こえた気がするんだけど、ここ突っ込んじゃダメ?

 もしかして俺っちが童貞であることとか、シークレットブーツの秘密まで知られてんの? ダメっすよ、そこ結構敏感なとこなんすから。


「ねえ、コーシさん。私、おかしいと、思いますか?」

「え、えーっとっすね」


 おかしい点は山ほどあるんすけど、多分セイカさんが聞いてんのはそこじゃねー。俺っちは改めて、彼女に目をやったっす。

 細い糸目から感じられる、恋慕の情。少し頬を赤らめていて、何か期待しているのに、それでも罪悪感もあって自分からは踏み出せずにいる。


 でももし、ここで無理矢理引っ張ってくれる男がいたら、その方に身を委ねてしまいたいみてーな……NTR系AV動画で見たことあるような、そんな感じ。つまり。


(この人、亡くなった旦那さんには悪いと思いつつも、寂しいからちょうど良い俺っちと浮気でもしてみよーかなー、みてーなこと思ったりしてないィィィッ!?)


 絶賛、俺っちを誘惑している誘い受け状態っす。


『おおおっ! なんか知らん間に良い感じになってるのだっ! さあコーシ、押し倒してしまうのだっ!』

『うるせェェェッ! 黙ってろおぼこォォォッ!!!』


 脳内で昼ドラでも見ているかのようなコメントを送ってくるまな板に一喝を送りつけてから、俺っちは必死こいてまた頭を回し始めたっす。

 ぶっちゃけ巨乳未亡人とイケナイ関係になるとか、童貞的にはウッハウハな状況っす。参考資料がAVしかねーけど、ここでなんか優しい言葉でもかけてそれっぽく誘導したら、俺っちは多分この人とズブズブな関係になるんじゃねーかなーって。


(でも俺っちにはアガトク様もいるのォォォッ!!!)


 ただ一つ気がかりなのは、アガトク様の存在だ。最近では「お前は我だけのものだ」と、俺っちの基本的人権を無視した所有権の主張まで始めており、これでセイカさんとの関係がバレたら俺っちどーなっちゃうの?

 スケベは恋愛してからとか偉そうにご高説垂れておいて、他の人とスケベしてましたーとか言ったら焼き払われる、絶対に。多分、影すら残らないレベルで。


 これがもし先にセイカさんの方に来ていたのなら、俺っちも喜んで彼女に飛び込んでいたかもしれねーけど、くじ運が悪かった。

 もー今の俺っちに、この人とスケベするっつー選択肢はありえねー。したら邪神様に殺される。


「え、えーっとっすね。その、聞いてくれますか、セイカさん」

「はい、コーシさん」


 俺っちが口を開いたことで、セイカさんが声を上げる。心なしか、声色が弾んでる感じがするっす。

 絶対期待してるよ、このお方。何とか、何とか言いくるめなきゃッ!


「お、お、俺っちはもっと、セイカさんに自分を大事にして欲しいっす」

「えっ……?」


 言葉は、適切な言葉は何処だァァァッ!?


「今、多分セイカさんは……寂しい、んすよね? 家族と離れ離れになっちまって、一人ぼっちで」

「……そう、ですね。私、寂しいんだと、思います」

「そ、そうっすよねッ! だからその、俺っちで良ければ、一緒にいるんすけど……」

「こ、コーシさんッ!」

「で、でもッ!」


 嬉しそうに声を弾ませたセイカさんに、俺っちは待ったをかけるっす。


「最初にも言ったっすけど、セイカさんにはもっと自分を大切にして欲しいんす。俺っちみてーなチャラ男にホイホイついてっちゃ、駄目っすよ?」

「……私は、貴方になら、その……何、されても」

(嬉しいこと言ってくれるじゃないの)


 一瞬で煩悩が沸騰したっすけど思い出せ、あの邪神様を。ここで手を出したら俺っちは死ぬ。殺される。命と童貞卒業、どっちが大事なんすか?


「……駄目っす。だって俺っちとセイカさん、まだ知り合いってだけじゃねーっすか」

「ッ!?」


 俺っちのその言葉に、セイカさんは心底悲しそうな顔をしてるっす。

 回せ脳みそォォォッ! ここで言葉を選び間違える訳にはいかねーんすよォォォッ!


「つまり、貴方が良いって思ってたのは、私の、一人よがりで……」

「でもッ!」


 ネガティブになり始めた彼女を、俺っちから抱きしめたっす。


「でも、俺っちはセイカさんにそう思われて、すんげー嬉しいんす。だからセイカさんとは、ちゃんと順番に、関係性を築いていきたいんす」


 アガトク様の時と同じじゃァァァッ! 一足飛びでズッコンバッコンしたら後が怖すぎるんじゃァァァッ!


「セイカさんだって、まだ旦那さんのこと吹っ切れた訳じゃねーんでしょ? なら、俺っち待つっす。セイカさんがちゃんと旦那さんのことに折り合いをつけて。ちゃんと、俺っちを見てくれるまで……こー見えて俺っち、待つのは嫌いじゃないんすよッ! だから」


 そこで俺っちは、一度セイカさんから身体を離したっす。そして真っすぐに、彼女を見つめるっす。


「だから、もっと自分を大切にしてくださいっす。今はまだ、そういう時じゃねーと思うんす。それにセイカさんが一時のヤケクソで傷つくかもしれないなんて……俺っち、嫌っすよ」

「ッ!!!」

『と、とても童貞の言葉とは思えないのだ』

『うるせェェェッ! 命の危機となりゃ、無理矢理にでも捻り出してやるわァァァッ!』


 脳内のマツリがうるせーが、俺っちにはこれが限界。脳みそが焼き切れそうな勢いで回したらなんか変な電波受信した気がするっすけど、うん、もう無理。これで駄目だったら潔く死のう。人間、諦めが肝心っす。


「…………」


 セイカさんの沈黙が怖ェェェッ! オッケーでも駄目でもいーから、早く結果教えてェェェッ!


「……ふふふっ」


 少しして。やっとセイカさんは笑ってくれたっす。それはオッケーなの、アウトなの、どっちの笑みなの?


「イケナイ人」


 女性のイケナイ人って言葉、なんでこんなに官能的なんすかね。それだけで昇天しそう。

 ところでアウト? セーフ? よよいのよい。


「そうよね。寂しいからなんて理由だけで、コーシさんにすがっちゃ駄目よね。夫のことも、まだ割り切れてないのに。なら」


 反応が思った以上に好感触。これは、もしかして……?


「こんな私だけど、もう少し待ってくださいますか、コーシさん? 私も貴方と、ちゃんと進んでいきたいわ」

『よっしゃァァァッ!!! セェェェフッ!!!』

『こ、こいつ本当にチャラ男見習いなのかっ? モノホンじゃないのかっ!?』


 結果はセーフ。また、生き残れた。うん、もしかして俺っち、危機的状況に瀕すると口が回るようになるとか、そういう特殊能力もない? ここまで上手く転がるとは思ってもいなかったんすけど。

 まあ多分実際は、寵愛の星とかが仕事してくれたのかもしれねーっすけどね。


「でもコーシさん。私ってこう見えて、結構寂しがりやなの……だから、ね」

「は、はい?」


 あれ? ものすごーく嫌な予感。


「待ってくれるのなら、その……私以外の女の子と、あんまり仲良くしないでね。嫉妬、しちゃうから」

「はーい、もちろんすよー」


 白目不可避のお言葉がキタァァァッ! そーっすよね、邪神様とも似たような約束してまーすとか、口が裂けても言えねーっすよねェェェッ!!!


「はい、じゃあ約束のハグ。また、これ以上のことも、しましょうね。私、期待しちゃうから」

(血尿ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!)


 超越者なんて言いつつ、その実めっちゃ心の優しいセイカさん。そんな彼女の寂しさに付け込んで二股をすることになったというその事実に、俺っちのストレスがまたマッハ。

 うねりを上げ始めた膀胱の感覚を覚えつつ、俺っちは内心で叫び声を上げてたっす。ああ、トイレ、行きたくねー……。

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