第二話① 人は、変えられるんですよ
俺っちは今、史上最大に憂鬱な顔のまま、焦土と化した北極の大地を歩いてるっす。理由? んなもん、この不毛の大地が教えてくれてるじゃねーっすか。
目指すのは邪神アガトクの元。超越者のセイカとどっちから先に行くかと聞かれ、どっちにしても地獄を見るならとくじ引きした結果、邪神の方から行くことになったんす。行きたくねー……。
『いい加減観念するのだ。もうお前には、邪神と超越者を口説き落とす以外に生きる道はないのだ』
『人生で何をどう間違えたらこんな状況に陥ることになるんすかねー?』
遠くの安全圏でぬくぬくしているであろうマツリの声が、脳内に響いてくる。何かあった時の為にと
下手な手土産で機嫌を損ねたことがあるらしく、もう着の身着のままで行った方が良いとのことだった。寵愛の星の元に生まれた俺っちなら多分行ける、と。多分は要らなかった。
「あア? なンダオ前?」
「ひいッ!」
っとその時、俺っちの目の前に突如として紅の炎が立ち昇り、それは瞬く間に人間の形になったっす。こ、これが邪神アガトクが生み出した炎の精? ま、マジで炎が喋ってる。
「なニシニ来タ? こコヲアガトク様ノ領地ト知ッテノコトダロウナ?」
「あっ、ああああの、お、おおお俺っちは……」
「んンンン?」
眼前に顔が無い炎の塊がガンつけるレベルで近寄ってきて、俺っちの膀胱がヤバい。
と思ったら、何故か急にジロジロとこちらを舐め回すように観察し始めた炎の精。いや、目はついてないんすけど、何処で見てるんっすかねー?
「お前モ、面白イナ。今、アガトク様ニカワル」
「えっ?」
するとその炎の精がそう言った瞬間、紅の炎が天に昇る勢いで燃え上がったっす。
唖然としていた俺っちの目の前に現れたのは、燃えるような真紅のツリ目と同じ色の腰くらいまである長い髪の毛。白い肌にスレンダーな身体を真っ黒なゴスロリ服に包んでいる、背の高い彼女。
「……ほほう。これもまた面白そうな人間だ」
以前
「マツリが面白い輩を寄越すと言ってきたからどんな奴かと思ったら……なるほど、また違う輝きがある。お前も寵愛の星の元に生まれておるな?」
「え、えーっと、その。俺っちは」
「名前を聞かせろ」
邪神とは言え、整った顔の女の子にマジマジと見つめられるという経験のなかった俺っちは、一気にしどろもどろになっちまうっす。な、なんか胸がドキドキしてくるっすね。
「こ、コーシっす」
「コーシだな、覚えたぞ。我が名はアガトク。外宇宙から飛来した神だ。さあ、コーシ」
「は、はいっすッ!」
「――跪け」
「ははーっすッ! アガトク様ッ!」
言葉の一つ一つに有無を言わせない凄みみたいなもんがあって、俺っちは即土下座したっす。
女の子じゃねーわ、コイツ邪神様だったわ。ヤベーよ、ドキドキしてる場合ですらねーよ、頭下げなきゃ。
「あ、アガトク様ァッ!」
とその時。俺っち達の元に一人の男性がやってきたっす。白い装束に身を包んで手には何やらジャラジャラと銭を入れた袋を持っており、それをアガトク様に捧げるような形で膝をついてる。
そういやこの世界の通貨は「
「私は貴女様を信奉する者ですッ! 貴女様こそ、偉大なる神ッ! 私の財産の全て、二千万
な、なるほど。世界を滅ぼせるくらいの力を持った邪神を信仰するっていうのも、まああるっすよね。何もしないで薙ぎ払われるくらいなら、へーこら頭下げて捧げ物して。もし気に入ってくれたら助けてもらえるかもしれない、って思うのも人情っすよ。
こういう信奉者がいるっていうのも、やっぱ神だからって感じが……。
「黙れ」
次の瞬間。アガトク様から地獄の底のような低い声が聞こえてきたっす。こ、こ、この邪神様、本気で怒ってらっしゃるゥゥゥッ!?
「我は今、このコーシとの語らいを行っていたのだ。それに貴様、土足で割り込んできたな?」
「ち、違います違いますッ! わ、私はただ」
「黙れと言ったぞ?」
そしてアガトク様が右の指でパッチンと鳴らすと、その男の全身から紅の炎が溢れ出てきたっす。
「ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああああッ!」
「断末魔までつまらんな、貴様」
俺っちの目の前で、アガトク様は人をいとも容易く焼き殺したっす。後には灰すら残ってねーんだけど……と思っていたら、その跡形から炎の精が燃え上がってきたっす。えっ、どゆこと?
「殺すにも値せん。我の一部として永遠に燃え続けろ」
「あ、ア、アガトク、サ、マ」
「なんだなんだ、先ほどよりも良い声で鳴くではないか。ハーッハッハッハッハッ! ……待たせたな、コーシ」
人間が炎の精になったかと思ったら、アガトク様が上機嫌になって。んで、炎の精が揺らぎと共に消えたと思ったら、彼女がこっち向いて。ニコッと笑いかけてくれたっす。
「無粋な横槍は我が払った。もう安心して良いのだぞ?」
目の前で生き物を作り替えたアンタがいるだけで何も安心できねーんだけどォォォオオオオオオオオオオオオッ!?
「で。貴様は何ができる?」
「へっ?」
と思ったらこんなこと言われてんだけど。えっ、何、何の話?
「マツリが面白い輩と言っていたからには、貴様は面白い人間なのだろう? まさか寵愛の星の元に生まれただけ、なんてことはあるまい? さあ遠慮するな。どうやって我を楽しませてくれるのだ、ん?」
『オメー一体何を吹き込んだんすかこのまな板ァァァッ!?』
速攻で
『まな板とは失礼なのだッ! アガトクには面白い人間を寄越すって言っただけなのだっ!』
『勝手にハードル上げてんじゃねーっすよ。こちとらオメーが寵愛の星の元に生まれたお前なら大丈夫とか言ってたから、ノープランの丸腰なんすよッ!?』
『そう言われて本当にノープランで行く馬鹿がいるのかっ!? 相手は邪神だって解ってたんだぞっ!? お前ここからどうする気なのだっ!?』
『んなもん俺っちが知るかァァァッ!!!』
「どうした、コーシよ?」
脳内でマツリと言い争いをしていたら、目の前にアガトク様の顔があったっす。あー、間近で見るとやっぱ美人っすねー。
これでこのお方が、指先一つで世界を滅ぼせる邪神様でさえなければ、ときめきの一つでもするんすけど。
「だんまりばかりではつまらんぞ? そら、我を楽しませてみせろ」
ほら、俺っち大学デビューしようとしてたじゃん? 大学で上手くデビューしようと思って、飲み会とかそーゆーのを調べてみたんすよ。
そしたら先輩から「何か面白いことやれよー」とか無茶振りが来るとか、一応は知ってたんす。だからおもしれーかどうかは解らんけど、ギャグの一つでも考えていこーかなーって。
(でもそれは宴会とか許されるような場所でのもんであって、スベったら即死の状況は流石に想定の範囲外なんすよォォォッ!?)
目の前で今か今かと目を輝かせているアガトク様。邪神の癖に、妙に純粋そうなのが可愛いかもしんないっすねー。駄目っす、現実逃避が一秒ももたねえ。
マジでどうしたら良いんすか、この状況ォォォッ!?
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