第一話② 初めまして、邪神様


 邪神と超越者との二股を引き受けた俺っちは現在、マツリに連れられてとある場所を目指してるっす。乗っているのは帆を広げた帆船。それがなんと宙に浮いてるんすよ、すげー。


「そんなに飛行船スカイシップが珍しいのか?」

「いやー、俺っちの世界にも空を飛ぶメカはあったんすけど、形がかなり違うから」


 元の世界の飛行船は、ガスを入れたでっかい気球にエンジンがついてるみたいなイメージだったんすけど、こっちはなんと帆船を惑星源流ガイアフォースという惑星内部にあるエネルギーで宙に浮かせているとのこと。

 更には帆で風を受けて進んでいるとは、また面白いっすね。空飛ぶ帆船なんてピーターパンくらいしか知らなかったっすから、異世界の乗り物とかテンションアゲアゲっすよーッ!


「楽しそうなのは良いことなのだ。あとこれを渡しておくのだ」

「なんすかこれ?」


 デッキで喜んでいた俺っちに、マツリが豆粒くれーの大きさの球状の石がついてる首飾りを渡してきたっす。深い藍色の石がツルツルしててキレーっすね。


要石キーストーンなのだ。これがあれば、遠くにいてもお話できるのだ。あとはこれを」


 すると突然、マツリが空中に向って指を走らせたっす。すると彼女の人差し指の先から白い光が現れて、その光は彼女がなぞった軌跡を残していくっす。


魔法式コードはこれで良し、なのだ。魔法翻訳コンパイル異常なしエラーゼロ。マツリマジック、認証完了ライセンスクリア実行アクション、【個人念話パーソナルテレパシー】」

「おおおおッ!?」


 読めねえ文字を十行くらい書いた後、マツリはそう呟いたっす。すると空中に書かれた文字が光ったかと思うと、それは要石キーストーンの中に入っていったっす。


「これでコーシとわたしは、要石キーストーンを繋げれば脳内だけで会話できるようになったのだ。試してみるか?」

「やりたいっすッ!」

『もしもしなのだ』


 おおおっ、ホントに目の前にいるマツリの声が耳じゃなくて頭の中に聞こえるッ!


『パネェ、魔法ってホントパネェ!』

『魔法じゃなくて魔法論理マジックプログラムなのだ。わたしを介してガイアと契約して、M言語マジックラングレージを学べば誰でも使えるようになるぞ。しかしパネェ? 何なのだそれは?』

『すげーってことっすよ。そーいや最初に俺っちを呼んだ時みてーな魔法陣は描かねーの?』

『魔法陣はあくまで補助なのだ。【異世界人召喚アナザーワールドキャラクターサモン】とか、それこそ複数人で発動させる大規模魔法論理マジックプログラム・マクロとかの大がかりな魔法論理マジックプログラムの時に描くぞ』

『ふーん。つーか、マツリマジックって可愛いっすね。オメーが考えたんすか?』

『うううるさいのだっ! ちっちゃい頃に個人証明呪文アイディーを固定しちゃったんだから、しょーがないのだっ!』


 頭の中で言葉を思い浮かべただけなのに、きちんとマツリは返事をしてくれた。すげーよ異世界、感動っすよ。

 ちなみに魔法論理マジックプログラムについても少し聞いたところ、M言語マジックラングレージっつー特殊な言語で使いたい魔法の効果を書いた魔法式コードを用意。それを魔法翻訳コンパイルっつーので異常がないか確認した後に、マツリマジックみてーな個人証明呪文アイディーで惑星ガイアに認証ライセンスチェック。認証後に惑星から必要な惑星源流ガイアフォースが供給されるので、最後に実行アクションを唱えた後に、魔法式コードで名付けた起動呪文スタートアップを唱えて出力するっつー、うん、もう無理。Fラン大学の俺っちの理解の限界。とりあえず魔法パネェ。以上。


『で。今は何処に向かってるんすか?』

「通話料がもったいないので切るのだ」


 と思ったら、ガチャンという固定電話の受話器を下ろしたかのような音がした。マツリの声が耳から聞こえてくるので、終わっちゃったみてーっす。ああ、もう少し異世界っぽさを堪能したかったのに。

 しかし通話料とは、何処の世界でも連絡手段はタダじゃないんすねぇ。


「目指しているのは北極なのだ。そこにコーシに口説いてもらう邪神がいるのだ」

「えっ? 何、もう行くの? 俺っち、この世界のもんとか色々見たいんすけど」


 異世界との異文化交流に浸っていたら、何やらもう行くみたいっすね。この世界にも北極ってあるんだ。ってか、もうちっとゆっくりしない?


「そんな時間はないのだ。油断したら、明日にでも世界が滅ぶかもしれないんだぞ? とは言っても、今日は顔を見に行くくらいなのだ」


 トントン拍子で進んでいくんすけど、まあ計画通りってやつなんすかね。向こうからしたら、世界を滅ぼされないようにと必死みたいっすし。


「マツリ様。そろそろ空域に入りますので」

「ジャスティン、ありがとうなのだ」


 すると俺っち達の元に背が高く黒髪を七三分けにした、黒縁眼鏡のいかにもな真面目君がやってきたっす。マツリに聞いたら、神主みてーな服装の彼はジャスティンという名前で、彼女の補佐役なのだとか。


「もしかしてマツリって、めっちゃ偉い人だったりするんすか?」

「当たり前です。マツリ様はこの惑星ガイアの力を司る、第百二十五代目の星の神子メシア。即興で異常なしエラーゼロ魔法論理マジックプログラムすら作れる、私達のような凡人とは一線を画した天才なのですよ」


 俺っちの疑問に答えてくれたのは、そのジャスティンだったっす。マジすか、コイツ、天才なんすか。同じくれーちんちくりんの貧乳にしか見えねーのに。


「なんなのだその人は見た目によらないんだなーみたいな視線はっ!?」

「べっつにー。それよりも、もう着いたんじゃな……」


 そこまで言ったところで、俺っちは言葉を切ったっす。いや、正しくは切らされたっす。いきなり感じた身体中にまとわりつくような、気味の悪い熱気の所為で。


「なにここあっつ。この世界の北極って灼熱地獄なんすか?」

「んな訳ないのだっ! 元々極寒の地だったのに、アイツが来た所為で生態系も何もかもが滅茶苦茶なのだっ! 見るのだっ!」


 そう言ってマツリが指を指した方向に目をやる。するとそこには、焦土と化した大地の上で奇妙な踊りを踊っているかのように見える、紅の炎の塊がいくつも見えたっす。何あれ?


「あれが邪神アガトクの炎の精なのだっ! 眷属の癖に消えることもなく、炎自体が意識を持っているとかいう意味不明の生き物なのだっ! あれがのさばってる所為で、氷も全部溶けちゃったんだぞっ!」


 炎が意識を持ってるって、何? いきなり俺っちの理解の許容量超えそうなんすけど。


「そしてあれが、一個体で存在の全てが完結している邪神アガトクなのだっ!」


 再度マツリが指を指した場所を見ると、炎の精が取り囲んでいる中心に、一人の女性が立っていたっす。

 燃えるような真紅のツリ目と同じ色の腰くらいまである長い髪の毛。スレンダーな身体を真っ黒なゴスロリ調の衣服に身を包んでいる、彼女。


「ほほう? 何やら我の許可もなしにこちらに来ている者がおるな? まあ良かろう。今日は気分が良いのでな」

『なんでこの距離で向こうの声が聞こえてくんの……?』

『邪神の精神感応か何かなのだ。詳しくなんて知りたくもないのだ』


 油断するとこっちの声すら聞こえそうだったので、急いで要石キーストーンでの念話に切り替えたっす。そんなこっちをよそに、そのアガトクさんとやらはさっきまでの透き通るような綺麗な声のまま、何やら禍々しい邪気を纏い始めてたっす。なにあれヤバそう。

 そしてそんな彼女の周りには、泥人形のようなものが地面から生えてきていたっす。マツリの話では、あれが惑星ガイアの免疫作用なんだとか。あの泥人形にまとわりつかれたら謎の酵素か何かで全てが溶かされて、大地の糧となるのだとか。俺っちも契約してなかったら、あれの餌食になってたって話っす。こえー。


 数千はいるだろうかと思われるそれらは人の形を取ると、一斉に彼女に向って襲い掛かっていったっす。いやあれ、普通に考えたら無理じゃね? 一騎当千とか、そんなレベルで解決できる差じゃねーっすよ?


「ついでだ。客人よ、我の力の一端を拝ませてやる。我が名を讃えよ――」


 しかしそんな俺っち予想を裏切って、邪神アガトクが声を上げたっす。すると雲が陰り、周囲に雷鳴が轟き始めたっす、嘘やん。急な異常気象に対応しようと飛行船スカイシップの運転手達が奔走している中、俺っちは身体を震わせながらも、彼女から目を離すことができずにいたっす。

 瞳に紅の炎が宿り、髪の毛が風を受けて舞い上がる中、周囲の気温が一気に上昇したことで暴風すらも巻き起こりはじめていたっす。


「――【或火爍苦アガトク】」


 そうして彼女が自分の名前を唱えた次の瞬間。空が割れ、そこから異常な熱量を持った紅の炎の塊が降臨してきたっす。俺っちはそれを見て、本能的に理解してしまったんす。あれは彼女の本体、その一部。彼女はそれを、呼び寄せただけなんだと。

 降臨した紅の炎の一端が地面に向って直撃すると、数千はいた筈の泥人形達が全て消し飛び、大地が割れ、そこからマグマが勢いよく噴出し始めたっす。まるでこの惑星が傷を負って、血を流し始めたかのように。


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」


 唖然。俺っち達がそうとしかできない中で、邪神アガトクは笑ってたっす。機嫌よさそうに、心底愉快そうに、笑ってたっす。

 俺っちはそれを見て、頭が、割れそーなくれー、痛く……。


「あ、あ、あああああああああああああああああッ!?!?!?」

「ま、不味いのだっ! コーシが発狂しちゃうのだっ! 全速後退っ! 早く、早く引き上げるのだーっ!!!」

「コーシさん、しっかりしてくださいッ!」


 マツリの叫び声が聞こえる。ジャスティンが俺っちを抱きかかえている気がしてる。それだけが解った瞬間、俺っちの意識は飛んじまったっす。

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