第一話① わき見運転、ダメ絶対


「あっ、ちょうちょ」


 Fランクとは言え大学に合格し、一人暮らしの引っ越しを終えた俺っちは、早速アパートの近くにあった美容院で髪の毛の金髪にしてもらい、ワックスで逆立ててもらったっす。鏡で見た時にはそれが自分だとは思えなくて、思わずガッツポーズしちゃって。美容師さん笑ってたっすねー。

 んで、そんな自分に惚れ惚れしながらの帰り道。明日は入学前説明会だなー、なんて思いつつ山道を原チャで飛ばしてた俺っちは、綺麗なモンシロチョウを見つけてわき見運転。気づいたらガードレールが壊れていた部分から飛び出して、崖下に転落してたっす。


 うん、全くを持って自分の所為だわこれ。そして落下中に意識を失った俺っちが次に目を覚ますと、そこは天国でも地獄でもない場所。神社の広場みてーな場所に敷かれた魔法陣っぽいものが地面で光っている中、尻もちついてる俺っちを見つめる一人の女の子がいたっす。


「……成功なのだ。また寵愛の星の元に生まれた男性を、引っ張ってくることに成功したぞっ!」


 黒髪ストレートのおかっぱ頭に紅い瞳、白と赤の巫女服を着用している胸が絶壁のちんちくりんな女の子がそう告げたっす。身体を起してみると、周囲では似たような巫女服の女性や神主さんっぽい恰好をした男性らが、安堵したかのように胸をなでおろしている。

 見届け終わったと言わんばかりに散り散りに動き始めた彼らを後目に、目の前の彼女がしゃがんで、俺っちと目線を合わせてきたっす。


「大丈夫か? 身体の調子が悪かったりしないか?」

「えっ? ま、まあ大丈夫っすけど」


 言われてみれば、何故か大丈夫な俺っち。どっかに落としたのか、ポッケに入れてたスマホも財布もなくて着の身着のままなんすけど、身体の何処も怪我をしている様子はない。

 つーか俺っち、崖下に原チャごと落ちていったんじゃなかったっけ? なんで無事なんすか?


「ああ、説明がまだだったな。わたしはマツリと言うのだ。この惑星ガイアの星の神子メシアをしているぞ」

「え、えーっと。俺っちはコーシっす。よ、よろしく」

「よろしくなのだ。まずコーシ、お前はわたしによって、違う世界から呼んできたのだ。異世界召喚ってやつだぞ。解るか?」

「な、何となくは」


 最近の漫画とかでそーゆーの見た覚えがあるっす。つまり俺っちはマツリちゃんによって、この世界にやってきた、と。


「なら話は早いのだっ! 実はお前にしか頼めないことがあるんだぞ。聞いてもらえないか?」


 矢継ぎ早に話が飛んできてるけど、今のところは理解が間に合ってるっす。わざわざ呼んだのは、俺っちにしか頼めないことがあったからとか。そ、そんなことがあるんすか?


「ま、まあ。話くらいなら」

「ありがとうなのだっ! お前には邪神と超越者を口説いて、なおかつ互いにそれがバレないように二股して、時間稼ぎをして欲しいのだ」

「待って」


 マツリちゃん、今なんつった?


「実はこの星には、指先一つでわたし達を滅ぼせそうな邪神と超越者が居座っているのだ。片方だけでも手に余るというのに、二柱もいるんだぞ? 信じられないのだ。何故か知らないが、この星は昔から変な神々がよく来てて……で、彼女らをこのアンドロメダ銀河の外まで吹っ飛ばすには、この惑星内に渦巻く惑星源流ガイアフォースを溜めないといけないのだが、そのチャージが終わるまでの時間をなんとしても稼がないといけないのだ」

「あの」

「わたし達はあらゆる手を使って彼女達を接待したが、どうもそれも限界なのだ。退屈を持て余した彼女達が戯れにこの星を吹き飛ばさないように、もう少しだけヨイショしないといけないぞ。そこで考えたのが、寵愛の星の元に生まれた人を呼ぶことだったのだっ!」

「ねえ」

「寵愛の星の元に生まれた人は、神々や超越者に好かれやすいという性質を持っているのだ。わたし達はそれに加えて彼女達とこう、上手いこと遊んでくれそうな男性が必要だったのだ……なので召喚条件に付けくわえたぞ、チャラ男限定とっ!」

「聞いて」

「そうして召喚したのがお前なのだ。お前は見るからにチャラ男で、しかも寵愛の星の元にある。二柱とも女性だし、効果は抜群の筈なのだっ! だからチョチョイっと彼女達を手玉にとって、上手いこと時間を稼いでくれっ! はい、じゃあ今から契約を……」

「話を聞けっつってんだろうがァァァッ!!!」


 一気にまくし立ててくるマツリちゃん――もう呼び捨てで良いや――マツリをインターセプト。説明はありがたいけどお願い待って、俺っちの理解のキャパシティ超えてるから。


「どうしたのだ? 何か質問でもあるのか?」

「質問どころか問い詰めたいことだらけなんすけど。えっ、何? 俺っち今から、指先一つで惑星を壊せるような女性らと二股しろって、そう言われた気がするんすけど?」

「そう言ったのだ」

「ざっけんなゴルァァァッ!!!」


 んな無茶苦茶な話があるかァァァッ!!!


「んなことできる訳ねーっしょッ!? 勝手に呼んでおいて二股しろって、しかもお相手は邪神と超越者? できるかァァァッ!!!」

「いーえできるのだっ! だってお前、チャラ男だろ?」

「チャラ男を何だと思ってんすかオメーッ! つーか俺っちはチャラ男じゃなくてチャラ男見習いだーァッ!」

「……チャラ男見習い?」


 仕方ないので俺っちが今からチャラ男になろうとしていたことを、包み隠さず話したっす。めっちゃ恥ずかしかったけども、流石に命には代えられん。


「……魔法式コード異常エラーはなかったのに、なんで見習いなんかが来ちゃったのだぁぁぁっ!?」

「俺っちが知るかァァァッ!!!」


 こんな筈じゃなかったという様子のマツリだが、俺っちからしたら知ったこっちゃない。勝手に呼ばれて二股してこいとか冗談じゃねーっす。


「とにかくさっさと帰してくれっす。そもそもロクに女性経験もない俺っちに二股とかできねーから、マジで」

「……帰しても良いけど。このまま帰したら、お前死ぬぞ?」


 えっ、どゆこと?


「呼んだ時の状況を見たけど、お前は元の世界で落下中だったのだ。それを無理矢理引っ張ってきたから、このまま帰したらお前はまた落下中の状況に戻るぞ」


 マツリの話を要約すると、俺っちは現在、元の世界で死ぬ手前の状況を無理矢理引き延ばしてここにいるみたいっす。サッカーで言うところのロスタイムみたいな感じ。そのまま何もせずに時間が経過すれば、タイムアップで試合終了。つまりは、俺っちの人生も終了って訳っす。

 なので俺っちはここで何かしらのアクションを起こして、点を取らなければいけない。その点を取るという行為がこの世界で二股して時間稼ぎをすることだと、俺っちをこの世界に留まらせる為の契約、「異世界人一時滞在契約アナザーワールドキャラクタービザ」で彼女が設定してるみたいなんす。


「なんでそんなこと勝手に決めたんすかテメーェェェッ!?」

「うるさいのだっ! ピンポイントでお前を狙った訳じゃないし、こっちにはこっちの都合があるのだっ! そもそもわたしが呼ばなきゃ、お前はとうの昔に死んでたんだぞっ!? 生き残れる手段を用意したんだから、少しは感謝して欲しいのだっ!」


 そう言われるとそうかもしれないんすけど、だからってヤベー神々と二股して時間稼ぎをしろって言うのも、遠回しに苦しんで死んでこいって言われてる感じしない? 気のせい?

 あと本人所縁のものでもない限り、呼んでくるのは条件に合った人間をランダムに、ということみたいっすね。俺っちが呼ばれたのは、運が良かったのか悪かったのか。


「だいたいなんで二股なんかしなきゃいけねーんすかッ!? 寵愛の星だか何だか知らねーっすけど、二人いるんなら二人呼べば良いっしょ!? なんで俺っち一人で二人とも抱え込まなきゃいけねーんすかッ!?」

「それも仕方ないのだっ! 【異世界人召喚アナザーワールドキャラクターサモン】は一人しか呼べないのだっ!」


 話を聞くと、どうも俺っちのような異世界人はこの世界の異物である為に、惑星の免疫作用ってのが動き出して排除されてしまうらしいっす。それを回避するのも「異世界人一時滞在契約アナザーワールドキャラクタービザ」の役目らしーんすが、その契約上限も一人までとのこと。

 なお居座っている邪神やら超越者やらは、その惑星の免疫作用すら効かないので、ひたすらに困ってるってさ。


「とにかくっ! わたし達は本気で困っているのだっ! 自分達だけじゃどうしようもないから、見ず知らずの他人にさえお願いしなきゃいけないくらい追い詰められているのだっ! このまま死んじゃうくらいなら、どうか助けてもらえないか? 時間稼ぎさえしてくれたらちゃんと元の世界にも帰すし、欲しいものはなんだってあげるのだっ! お願いなのだ、この通りなのだっ! 今はコーシだけが頼りなのだっ!」


 遂には深々と頭を下げてきたマツリ。無茶苦茶言ってくれてるけど、彼女は彼女なりに必死だということくらいは解ったっす。

 とにかくまとめると、俺っちはこのまま帰っても死ぬだけ。マツリ達は何かしないと、明日にでも世界が滅ぶので必死である。そして他に人も呼べないから、何とかできるのは俺っちしかいない、ということっすね。


「……へ、へへへ」


 頼りになるのは、俺っちだけ。その言葉に俺っちは、思わず笑っちまったっす。誰にも頼られてこなかった俺っちは、そんな言葉が欲しかったんすよ。


「しょーがねーっすねー。やれるだけやってやるっすよ」

「っ! ほ、本当なのだっ!?」


 俺っちの返事に、マツリは心底嬉しそうな顔をしていたっす。何だよコイツ、こんな顔できるんすねー。ちょっと可愛いって、思っちゃったっす。


「どうせ戻っても死ぬだけっしょ? ならまあ、頑張ってみるっすよ。二股どころか女子とのお付き合いの経験もないっすけど」

「そこはわたしもフォローするのだっ! 女の子の気持ちなら、同じ女の子のわたしに任せておくのだっ!」


 一応マツリもフォローもしてくれる、と。後はよろしく、とか投げ出されねーってことっすか。ならま、いっちょやってみるっすかね、二股ッ!

 そして俺っちは、安易に契約したことを後悔することになるっす……。

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