ポップコーン・マシン

川谷パルテノン

シンクロニシティ

 椅子がある。尻の下に椅子を感じる。両腕と脚は縛られて、狭い室内だとは思うが天井からぶら下げられた小さな電球の薄明かりのせいでハッキリとした敷地の広さはわからない。私は昨晩帰りのタクシーで強烈な睡魔に襲われ眠ってしまった。気がつくとここでこうして身動きが取れなくなっていたという始末だ。普通に考えれば犯人はタクシーの運転手だが記憶が曖昧でどこで誘拐されたかは判断できない。ともあれどうしたものか。今が朝か昼かもわからない。


「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

 突然聞こえる声にビクッと全身が震えた。

「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

 甲高いファンシーな声。明らかに機械的なナレーション。ポップコーンマシンがこの部屋にはあることがわかる。

「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

 ということはここはなんらかの店舗なのか。スーパー、デパート、ゲームセンター、なんやかんやのアミューズメント施設。しかしながらそんな雰囲気はない。ただ薄暗い影の向こうからポップコーンを勧めてくる。

「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

「じゃあ  もらおうかな」

「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

「もらえますか!」

「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

 や、まあわかってはいたけれど相手はきかい。ただ孤独からくる不安を掻き消したかっただけじゃないの。そう無視してくれるなよ。まあわかってはいたけれどさ。

「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

 なんとかして脱出を試みたいがいかんせん自由がきかない。身体を左右に振ってみたりするが縛っている辺りが擦れて痛かった。

「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

「もらおうかなもらおうかな」

「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

「アツアツの キャラメルかかってないやつをさッ!」

「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

「黙れッ!」

「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

 喉が渇いてきた。無闇に叫んだせいだ。あと食べてないのに塩味がする。想像力はポップコーンに集約されていたわけで渇きが加速した。

「誰かー! いないのか!?」

「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

「もしもーし」

「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

「金か? 目的は そうなんだろ くれてやる! だから助けて!」

「出来立てのポップコーンはいかがですか?」


 一体なんだってんだ。出来立てのポップコーンはいかがですか? 確かに私は今まで人の気持ちなど二の次で 出来立てのポップコーンはいかがですか? 家族を顧みないような人間だった。 出来立てのポップコーンはいかがですか? だから恨みはどこで買ったかなんて覚えがありすぎる。 出来立てのポップコーンはいかがですか? 願わくばいかがですか謝罪したい気持ちも出来立てのなどと言ってもいまさらポップコーン遅いか。ここでこのままップコーン一生いかが助からないですか?なんてことも考えなくちゃ出来立てのウルセーーーーッップコーンはいかがですか?出来立てのポップコーンはいかがですか?出来立てのポップコーンはいかがですか?出来立てのポップコーンはいかがですか?


「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

「いいね 今の言い方にはいつもよりロマンがあった」

「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

「それも捨て難いね セクシーだ」

「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

「クーーーッ 美! 美でしかない!」



「所長! 被検体とポップコーンマシンのシンクロ率400パーセントに達しました!」

「え すごーい 彼もうセックスじゃん ポップコーンマシンと抱かれあっているね」

「はい……そうですね」

 所長は変態だ。人道がない。僕もいったい何に付き合わされてんだろうか。明日辞表出そ。

「出来立てのポップコーンはいかがですか?」

「アッッ カハッ ウッ」

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ポップコーン・マシン 川谷パルテノン @pefnk

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