陰キャ探偵豆蔵

冨平新

陰キャ探偵豆蔵

 11月の音楽室の掃除当番は6年2組、掃除を終えて反省会をしていた。ぬき先生は黒縁眼鏡くろぶちめがねを光らせ、音楽室の中で掃除の反省会が終わるのを待っていた。

 「反省会を終わります」

 「ピアノを掃除してるのは誰?」ぬき先生が聞いた。

 「え?あ、はい、私です」

 「今日は今のところ、ちゃんと綺麗きれいにカバーがかかってるわね。実は最近、朝、先生が音楽室に来ると、ピアノのカバーがグチャグチャになっているのよ。あなたがピアノ掃除を担当している限り、大丈夫ね」

 そう言うと、ぬき先生は音楽室を出て行った。


 翌朝、ぬき先生は朝の職員会議の前に音楽室に寄った。すると、やはりピアノのカバーがグチャグチャになっていた。

 「昨日の掃除の後は、綺麗きれいになっていたのに、いったい誰が・・・」

 ぬき先生は警備員にも尋ねたが、夜間の校内侵入者はいないという。


◇◇◇


 その日の1時間目は5年1組の音楽の授業、ぬき先生はイライラしていた。

 「日直!」

 ぬき先生はきつい口調で指示して、イライラを児童にぶつけた。

 「きりーつ!れい!」

 「よろしくお願いします」

 「ちゃくせーき!」

 児童が席に着いた。

 「今日はまず、音楽室の掃除についてです!ピアノの掃除をする人は、最後に綺麗きれいにピアノのカバーをかけること!わかりましたか!」

 児童はざわざわし始めた。

 「ヒステリーババア、今日も朝からヒス起こしてるよ」

 「ピアノのカバー、いつもちゃんと綺麗きれいにかけてるよなぁ」

 「渡辺先生とうまくいってないんじゃないの?」

 渡辺先生とは、図工専科の教師、渡辺誠わたなべまこと先生のことである。渡辺誠わたなべまこと先生と貫香ぬきかおり先生がデキていることは皆知っていた。渡辺先生の黒のクーペの助手席に、眼鏡をかけていない笑顔のぬき先生が乗っているのを木下美香きのしたみかは目撃していた。


◇◇◇


 5年1組の放課後。

 「ぬき先生ってさぁ、いつもごっつい黒縁眼鏡くろぶちめがねかけてるけど、割と美人系?」

 「だから渡辺先生がれちゃってるんだよ」

 「渡辺先生の車の助手席に乗ってるときには眼鏡はずしてるよ。眼鏡外すと、女優かモデルみたいに美人でビックリした」

 「渡辺先生は美人が好きなんだね」

 クラスで一番のイケメン、瓜生佑うりゅうたすくが女子のうわさ話に割り込んだ。木下美香は瓜生うりゅうが好きなので、少し顔が赤くなった。

 「それにしても音楽室のピアノのカバー、誰がやってるのかな」

 「音楽室にいる幽霊だったりして!」瓜生うりゅうが言った。

 「キャー!」

 「こわいよ~、やめてよ~」


 「このままじゃ、音楽の時間はぬき先生のヒスから始まってストレスだからさ、ピアノのカバーの謎を、僕たちで解いてみようよ。だけど僕らだけじゃ、解決できそうもないよな。・・・僕は、豆蔵の明晰めいせきな頭脳を借りたいんだけど」 

 豆蔵、とは鹿島明三かじまめいぞうのことである。豆蔵というあだ名は、名前を途中から読むとそう聞こえるのと、豆の様な丸顔なので付けられた。豆蔵はいわゆる陰キャだが、とても頭が良く、テスト返しの時にいつも高得点を読み上げられているので、クラスメートから一目置かれていた。放課後の豆蔵は、教室に残って読書をしたり勉強したりしていた。

 「豆蔵!ちょっといい?」瓜生うりゅうが読書している豆蔵に声を掛けた。


 「まーだ残ってるの?」図工の渡辺先生が、5年1組の教室に入ってきた。

 「渡辺先生」

 渡辺先生は人気のある教師で、5年1組のこのメンバーからも好かれていた。

 「先生、音楽室の怪、知ってる?」

 「ああ、ピアノのカバーの事?」

 「ぬき先生から聞いたんでしょ?」

 「ああ、僕はハッキリと言っておく。ぬき先生と僕はもうすぐ結婚する。ぬき先生から聞いたよ。カバーがグチャグチャになってるんだって?」

 「らしいよ。今日も音楽の時間にそのことでヒス起こしてた」

 「掃除当番はカバーを綺麗きれいにかけてると思うんだけど・・・」

 「そう、実は僕も何とかしたいと思っているんだよ。ぬき先生がとても懸念けねんしているからね。ピアノのカバーの謎を解いてくれるような探偵さんが居ればいいんだけどな。・・・このクラスの名探偵は、誰かな?」

 そう言うと、渡辺先生は笑顔で豆蔵こと鹿島明三かじまめいぞうを見た。

 豆蔵は、読書を止めて渡辺を見た。

 「僕も豆蔵に頼もうと思っていました!豆蔵が探偵なら僕は助手になるよ!」

 瓜生うりゅうが決意した表情で言った。


 「ピアノのカバーを毎晩グチャグチャにする、というこの犯罪は、誰かがやっているわけなんだけど、容疑者は誰だと思う?」助手の瓜生うりゅうが仕切り始めた。

 「保健室の大熊先生は?渡辺先生のこと好きらしいよ。渡辺先生とぬき先生がデキてるから怖がらせしてんじゃない?」佐藤千鶴さとうちづるが言った。

 「6年3組の水野君は?ぬき先生を嫌ってるってうわさだよ」田川里奈たがわりなが言った。

 「それでは、佐藤さんは大熊先生を、田川さんは水野君を調査してください」


◇◇◇


 豆蔵は、読んでいた本を鞄にしまうと、おもむろに立ち上がった。

 「豆蔵、どこ行くんだ?」

 「音楽室に行ってみる」

 「僕も一緒に行くよ!」

 瓜生うりゅうは嬉しそうだ。


 二人は音楽室に着いた。ピアノカバーは、綺麗きれいなままになっていた。

 「児童や教師が完全に学校から出たら、警備員が全ての教室の鍵をかける、と渡辺先生が言ってたよね。当然、音楽室の扉からは誰も入ることはできない。佐藤さんと田川さんに大熊先生と水野君の登校時間などを調べてもらっているよ」

 「明日、朝早く登校して、正門が開くのを待って音楽室に行ってみる」

 「それなら僕も!7時頃なら、まだ正門は開いてないよね」

 豆蔵と瓜生うりゅうは、音楽室を後にした。


◇◇◇


 チャラリン!

 帰宅した瓜生佑うりゅうたすくのスマホに何らかの通知が来た。

 「佐藤さんからだ」

 『今日の放課後、保健室の大熊先生と話をしたら指輪してて。大熊先生って結婚してたんだって。保健室で仕事するときには外してるだけなんだって。それから、渡辺先生のことは好きだけど、恋愛とかじゃないって。以上』

 「なーんだ。じゃあ、容疑者から外れるな。となると、6年の水野君か・・・」

 チャラリン!

 「田川さんからだ」

 『小泉君のお兄さんが水野君と同じクラスだから、小泉君に連絡してみた。お兄さんに水野君のことを聞いた。教室ではよくしゃべるけど、ぬき先生の話はしてたことないし、いつも遅刻ギリギリに教室に滑り込むんだって。以上』

 「水野君でもないのかな・・・」


◇◇◇


 朝7時少し前に、瓜生うりゅうが白い息を吐きながら小学校に着いた。豆蔵も小学校の正門に到着した。

 「豆蔵っ、おはようっす!」

 「おはよう。校門が開いたら、すぐに音楽室へ向かおう」

 瓜生うりゅうは、保健室の大熊先生も、6年3組の水野君も、動機もないし音楽室に忍び込むことも不可能なので、犯人ではないかもしれないと豆蔵に言った。


 15分ほど過ぎた頃、赤い軽自動車が正門の引き戸の前で停まった。見たことがある先生が車から降りてきた。

 「おはようございます!」

 「おはよう。早いね~。日直さん?」

 「いや~、朝サッカーやろうかなって」

 「そう。今開けるね」

 見たことのある女教師が正門のスタッキング引き戸の鍵を開けた。

 「ありがとうございまーす!」

 二人は音楽室めがけて弾丸のように走っていった。


 警備員は小学校の中で夜を過ごし、早朝に巡回して全ての教室の扉の鍵を開けて正門を閉めて帰る、と渡辺先生が言っていた。

 ガラッ‼

 瓜生うりゅうが勢いよく音楽室の扉を開けた。ピアノの上のカバーは、やはりグチャグチャになっていた。

 「・・・ああ、こういう感じか」

 「ピアノ周辺を見てみよう。何か見つかるかもしれない」

 豆蔵は、丹念にピアノ周辺を観察し始めた。カバーを退けて、ピアノを少し見た後、ゴミ箱の中を見た。音楽室ではほとんどゴミが出ない。

 「犯人の目星はついたよ」

 「ええーっ!?」

 瓜生うりゅうはさすがに引いた。

 「証拠を撮影したい。放課後、音楽室にビデオカメラを設置してもいいか、渡辺先生に聞いてみよう」


 その日の放課後は、渡辺先生が職員室にいなかったので、次の日の放課後に相談した。すると、すぐに事情をわかってくれて、視聴覚室のカメラを二台と三脚などを借りてもいい、と言ってくれた。

 今から明日の朝まで渡辺先生の名前で借りるから、明日の朝8時までに職員室の先生の机の上に戻してほしい、と言われたので『必ず戻します』と二人は約束した。

 下の引き戸と、ピアノのカバー辺りがしっかり映る位置の二か所にカメラをスタンバイさせた。そして豆蔵は、音楽室の隅に何かを置いた。

 「えっと、夜で暗いから『暗視モード』にした方がいいな」

 「犯人が現れないときにはカメラを回さないで、動きがあった時だけ動画撮影できる『動体検知モード』にしておこう」

 二人は取扱説明書を丁寧に読んで、絵の通りにセットして、音楽室を出た。

  「ピアノカバーの犯人、豆蔵の推理が当たってるといいな」

 「多分、当たってると思うよ」

 「すごい自信だな~!それじゃ、また明日、7時に正門前で!」

 二人は分かれ道まで一緒に帰り、片手を挙げて別れた。


◇◇◇


 翌朝も二人は7時に正門前に集合し、一番に来た先生が正門の鍵を開けた。

 二人は音楽室に飛んでいき、セットした二台のカメラと三脚を回収した。ピアノカバーはやはり、グチャグチャになっていた。

 「昨夜も犯人は来たんだな」

 「証拠映像を撮れたから、解析は放課後にしよう。犯人が映っているSDカードはこのカメラに入れっぱなしになっている、と渡辺先生に手紙を書いてきたよ」

 「さすが豆蔵!もしかしたら渡辺先生が先に見ちゃうかもな」

 豆蔵は、何か別のものを回収した。

 「これも後で見せるから」そう言うと、ポケットにしまった。


 放課後、5年1組の教室に、豆蔵と瓜生うりゅう、木下美香と佐藤千鶴と田川里奈、そして渡辺先生が集結した。いよいよ、犯人がハッキリする時が来た。

 渡辺先生は、1時間目から授業が入っていたので、犯人が映ったSDカードは先生が保管、カメラには代わりに別の新しいSDカードを入れたと伝えてくれた。


 「それでは、昨夜撮ったこの映像を見る前に、豆蔵先生の推理を披露ひろうします」

 助手の瓜生うりゅうが言った。

 「みなさん、これを見てください」豆蔵が、オレンジ色のかけらを取り出した。

 「・・・人参?」

 「そうです。キューブ型に切った人参を音楽室の隅に置きました」

 「・・・だけど、キューブ型じゃない」

 「かじられてるみたい」

 「・・・この人参をかじった人が犯人ってこと?」


 「次に、これを見てください」豆蔵は、小さなパウチに入れたものを見せた。

 「砂?」

 「そうです。この砂は、音楽室の掃除当番が掃除をしてゴミ箱に入れたものです。実はピアノの上にもあったのです。掃除当番が綺麗きれいに拭いているけれど、朝カバーを退けてみると、ピアノの上にも砂がありました」

 「砂なんて細かいものは、視力が悪いと良く見えないよね。それで彼女は砂に気づかなかったんだ」

 渡辺先生が、貫先生の事を『彼女』と言ってしまった。

 「ヒューヒュー!」

 「あ~、アツい、アツい!」

 渡辺先生は赤くなってニヤニヤした。

 「じゃあ、人参かじって、砂をばら撒いた人が犯人ってこと?」

 「『砂かけババア』じゃないの?」

 「それ、妖怪じゃん!」

 「キャー!」

 「でも、『砂かけババア』って、人参食べるっけ?」

 「てか、『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラだし」


 「人参と砂。一見、結びつきにくいですね。次に音楽室の廊下側の下の引き戸についてです。この引き戸のひとつは、鍵が壊れているのです」

 「それじゃ犯人は、警備員さんが見ていない隙に、廊下を通って下の引き戸を開けて音楽室に入ったってこと?」

 「そうです」

 「だけど、学校は全部鍵がかかってて、警備員さんが学校内で泊っているんだよね。どこから学校に入ってきてるの?」

 「犯人は学校にいつもいます」

 「えーっ!」

 「いつもいる、って、どういうこと?」

 「いつもいるけれど、僕たちの前には姿を見せないのです」

 「ってことは、やっぱり、お化けとか?・・・」

 「キャー!」

 瓜生うりゅうを狙っている木下美香は、『キャー!』専門である。


 「彼らは1㎝よりも狭い隙間すきまでも出入りできます」

 「・・・じゃあ、人間じゃないってこと?」

 「そうです。犯人は、ネズミです」

 「ネズミ?」

 「僕は給食当番の時に、配膳室のすみの方にいたのを見たことがあります。彼らはごく狭い隙間すきまであっても通りぬけることが出来て、天気のいい時には外で、砂のある所を好んで、元気にけまわったり、日光浴したりしているんです。ところが、11月下旬の今、徐々に寒くなってきています。ネズミは寒がりです。特に夜は冷えます。そこで、夜の間は屋内にいることが多いのです。教室にはあまり暖かくフワフワしたものはないので、音楽室のピアノのカバーの赤い部分にくるまって寝ていたのです。つまり、ピアノのカバーはネズミにとって、暖かい寝具だったのです。きっと、一匹ではなくて数匹のネズミがピアノカバーにくるまれて寝て、朝、急いで隠れなければならない、と数匹のネズミが焦って出口を探す結果、カバーがグチャグチャになるのだと思うのです。朝のピアノの上には、砂とネズミのものと思われる足跡が複数ありました」

 「確かに、ピアノカバーの赤い方って、手触り気持ちいいかも」

 「フワフワしたタオルに乗って笑顔になってるハムスター、ツイッターで見たことある」

 「朝晩、寒くなって来たもんなあ」

 「ネズミは基本的には草食動物です。なので、人参を置いてみました。案の定、かじっていたようです」


 動画試写会が始まった。カメラに豆蔵以外のみんなが顔を寄せ、夜の音楽室の様子を見た。豆蔵が言った通り、廊下側の下の引き戸からネズミが入ってきて、多少うろちょろするものの、最終的にはピアノカバーの下にもぐっていた。朝が近づくと、カバーの下で急に暴れ出して、ピアノ上の中心の方にカバーを手繰たぐり寄せたかのようになっていた。

 「ひえー、これが真相だったってわけか」

 「豆蔵、やっぱりすごいな!よっ!名探偵豆蔵!」

 豆蔵が、クラスメートの前で初めて照れくさそうな笑顔を見せた。


 「あ、ぬき先生!」

 振り返るとぬき先生が、目を潤ませていた。

 「みんな、ありがとう・・・」ぬき先生は、感極まって泣き出してしまった。

 しかし、ネズミがうようよと音楽室の中をいまわる映像を見ると、とたんに顔が青ざめ、口に手を当て、倒れてしまった。

 「先生っ!」

 「僕が保健室に連れて行くから、大丈夫だよ」

 渡辺先生は、ぬき先生をお姫様抱っこして保健室に行った。


◇◇◇


 しばらくして、渡辺先生とぬき先生は結婚した。ぬき先生は『異動』して、他の小学校の先生になった。

 「豆蔵先生、瓜生うりゅう君、君たち名探偵のお陰で、ぬき先生との結婚が早まったんだよ。本当に、君たちには感謝するっ!ありがとう!」

 新婚ホヤホヤの渡辺先生は、本当に嬉しそうだ。

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陰キャ探偵豆蔵 冨平新 @hudairashin

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