第3話 決意


 「おかえり」


家に帰ると部屋から声が聞こえる。いつもの光景。

同居人のユリだった。


「た…ただいま」


それに俺は、びくつきながら返事を返した。


部屋の居間に座り込んで、テレビを観ていたユリの近くに俺は座り込む。

びくつく俺の顔を見て不審に思ったユリは問いかけて来た。


「なんかあった?」


「あ…ああ。ちょっとな。実は、職場のフルヤが奥さんの誕生日プレゼントを買うのにお金が必要だって俺に相談してきたから、つい貸しちゃった。」


「ふーん」


ユリの疑いの目が俺に突き刺さる。この「ふーん」は信じてないですよの「ふーん」だ。


「それで、フルヤに金貸しちゃったから、給料日まで、手持ちがなくてさ。ごめん。少しお金貸してくれないかな?給料日に返すから」


俺はユリに頭を下げる。

しばしの無言の間。頭を下げてるからユリの目線は見えない。だけど、分かるんだ。冷たい目線を送ってきている事を。


ユリは、ため息をついて、財布に手を伸ばす。


「はあ。しょうがないな。じゃあ、1万貸すからちゃんと給料日に返してね」


「ありがとうございます!!」


俺はユリから1万円札を受け取り何度も必死に頭を下げた。


情けない気持ちでいっぱいだった。


ーもし、スロットを打ってなかったら。こんな事しなくてよかったのに。


その日の夜、寝ながら天井を眺め、俺は決意する。


ー明日こそは、スロットは打たない!!


そう強く噛み締めた。


翌朝になり、仕事に向かう為の準備で、歯を磨きながら俺は考えていた。


ー昨日は、負けたけど、もしかしたら今日は勝てるのでは?


昨日の決意などどこに消えてしまったのか。


同時に昨日の決意を思い出して


ーいや!昨日、決意したじゃないか!勝てるとか勝てないじゃない!もう、打たない!


ぼーっとしては、クビを振る動作をしている俺をユリは、静かに見ていた。


       *


仕事に行き、いつものルーティンワークをこなす。


ー退屈だ。


新人の時は、こんな仕事でも、毎日に新鮮味が感じられた。

だけど、慣れというものはおそろしいものだ。

そんな毎日の新鮮な刺激と引き換えに、テンプレートをコピペする作業を繰り返すが如く退屈をプレゼントしてきやがる。


仕事中に思い出した。


昨日のスロット「マクラー」を打ってた時の刺激。「行け行けランプ」がピカった時の刺激。

その度に、昨日決意しただろ!もう、行かない!という葛藤に板挟みに合っていた。


夕方に仕事が終わり、帰路に着く俺。


ただ、真っ直ぐ家に帰ればいい話なのに。


そうすれば、昨日みたいな悲惨な気持ちにはならないのに。


俺は考えた。


ータバコ吸いてえ。あ、そうだ!パチ屋の喫煙所でタバコだけ吸って帰る!今日は絶対に打たない!タバコ吸って帰る!


都合の良い言い訳探しを自分の中で始めていた。


パチ屋でタバコ吸った俺は、ホールの機械台を眺める。


ー今日こそは、勝てるかもしれない!


俺は無意識に悪魔のピエロの機械台「マクラー」のお金挿入口に、ユリから借りた1万円札を入れてしまっていた。


ー今日こそは勝つ!


悪魔の機械台にメモ用紙のゴミの如く吸い込まれた1万円と引き換えに、メダルが出てきた。


俺の脳内のアドレナリンは絶好調を迎えていた。


つづく

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