第37話 ナニか

「来るぞ!!」


 転がっている岩の隙間から黒い影のようなものが見えた。砂埃を巻き上げ灌木を踏み折り、大岩をも跳ね飛ばしながら迫ってくる。


 縦横無尽に駆け回るナニかを見失わないよう目を凝らし、耳を澄ませ、全身の感覚をそいつ一点に集中させる。


 あいにく武器と呼べるものは何もない。ヨハンさんの剣も馬車に刺さったままだ。今はありあわせのもので戦うしかないか。


「上だ!レン!」


 迎撃体制をとっていた俺らの前に現れたのは黒い霧の塊。目であろう二つの点だけが赤く光っていた。


 霧の触手が放たれる。


「くっ……!」


 間一髪のところで岩陰に転がり込んだ。触手が刺さったはずの地面に変化はない。


 あたりを見渡すとルルもヨハンさんもおのおの岩陰に隠れたようだ。


 再び地面に目を向ける。触手、『コンポスター』で吸い取れるか?一回試してみるか。


 足元にあった石を投げる。地面に落ちた瞬間、ためらいもなしに触手が飛んできた。


「『コンポスター』!」


 岩の上をかすめるそれに向かって発動したが魔素が吸い込まれた気配がない。


 でも見た目は明らかに魔素を利用しているように見えた。


 おそらくこのモンスターは音に反応するタイプだ。静かにしていれば対策を考える時間は取れるだろう。息をひそめながら思考を巡らせる。


 触手が吸収できない理由としては二つ考えられる。


 一つ目は触手自体がこの謎の生物の身体の一部である説。生きているモンスターからは魔素を取り込むのは至難の技だ。モンスターと魔素を綱引きする感覚になる。


 二つ目は魔素ではない何かをまとっている説。


 というのも、


「うぉらぁ!!」


 隠れていることにしびれを切らしたのかヨハンさんが火球を投げつけた。


 ナニかは触手を伸ばして迎撃するがもちろん火球には触れられない。


 轟音を響かせて灼熱の塊が顔と思われる部分ではじけた。


「当たった、が……」


 立ち上った砂煙の隙間からは傷一つないナニかがゆらゆらとたたずんでいる。


 間髪を入れずルルも風魔法を繰り出すが黒霧を揺らすだけでダメージはない。


 魔法も『コンポスター』もきいていないなら物理で殴りたいが、あいにくここは岩場だ剣や槍の柄になりそうな木の棒は落ちていない。


 オークが武器を持っていた気もするが、ここから動いた瞬間触手が飛んでくる予感がする。


 あいつもいつまでおとなしくしているかわからない。


 解決法が見つからず目を泳がせていると、ヨハンさんと目が合った。


 ヨハンさんがナニかと自分を指で差した。自分が今から戦ってくるということっぽいな。


 了解の意味を込めて力強くうなずいた。


 ヨハンさんはうなずき返すと、低い姿勢で飛び出した。


 チャンス!今のうちにオーガの所に!


 ナニかの意識がヨハンさんに固定されたのを確認して俺も飛び出した。


 なるべく音を立てないようにしながら死体近くの岩陰に駆け込む。


 振り返るとヨハンさんは拳に炎をまとい格闘戦を仕掛けていた。


「『コンポスター』っ!」


 オーガの持っていた木の枝を『コンポスター』で吸収していく。


 ついでにオーガも吸収しておいたがあんまり使いどころはないかもしれない。


 魔素をストックし終えるとそのままルルの元へ向かった。


「ルル、魔力もらうぞ」


「う、うむ。わかった。持っていってくれ」


 二種類の魔力を混ぜ合わせて俺の手の中で抜き身の剣が浮かび上がってくる。


 制作したのは俺の片腕ほどの大きさの白銀の片手剣。ルルの爪を模した緩い弧を描いた刃が鈍く光っている。


 魔素に変換しているとはいえ、実体のあるものを吸収した『コンポスター』から作られているものは物理的なものだ。試してみる価値はある。


 剣を強く握りしめてナニかの元へと駆けだす。


 ヨハンさんの猛攻を受けて心なしか黒霧が少なくなったように見えるが、触手のスピードは衰えていない。


 前線の近くにある岩を踏んで跳びあがる。


「ヨハンさん!」


 俺が叫んだ瞬間ヨハンさんは横に跳んだ。


 組み合う相手がいなくなった触手が勢いそのまま俺の脇腹をかすめる。


 切れた服の端をなびかせながらナニかに切り込んだ。


 骨にあたってつっかえるように斬撃の速度が遅くなる。


 赤い光の間を一刀両断にされたナニかは全身から黒霧を吹きだしてほんの瞬きの間静止したのち地面に転がった。


 黒霧の途切れ目から姿をのぞかせているのは長く伸びた四肢を持つ、


「これ、人間じゃないか?」


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