第36話 駄々

 首都への旅一日目はその後何事もなく終了した。


 二日目、することもなく変わり映えのしない岩肌を眺めながら揺られていた。すると突然、前につんのめるようにして馬車が止まった。


「お二人さん、敵襲だ。ちょっと中で待っててくれ」


「俺らも戦います。冒険者ですから」


「いや、たかがオーガ数体にあんたらの手を借りる必要はないよ。おとなしく待っててくれ」


 そう言い残すとヨハンさんは剣を手に岩壁を駆け上がっていった。


「久しぶりに体を動かしたかったのだが」


「我慢してくれ。俺ら一応罪人だからな? 下手に実力行使すれば責任が行くのはヨハンさんだから」


「でもやりたい……」


 上目づかいでさあかわいくお願いしてるけど内容バトルジャンキーなんだよ。


「だめだ。おとなしくしてろ」


 ルルの手を握って馬車に引き返そうとした。だがルルは俺の腕に全体重をかけるようにしゃがんで、


「見るだけ!見るだけでいいからー!」


「見るだけって何が面白いんだよ。ほら戻るぞ」


 立ち上っている黒煙を視界に入らせないように背後に回って押し戻す。


 早く戦闘が終わってくれ……。体感あと数十秒でこいつ飛び出していくぞ。止められる気がしない……。


「いやだー!!ひまなのだ!つまんないのだー!!」


「じたばたすんな!お前ちょっ、力強いんだよ!」


 当たったら骨折以上確定のパンチだのキックだのがポンポン飛んでくる。本人にとってはただの駄々っ子のつもりなんだろう。


 か弱い人間ならそれでケガするんだよな。


 無邪気な暴力をなんとかかわしながら少しづつ馬車のほうへ押し出していく。


 あと数歩でこいつもあきらめるだろ。


 最後の一押しだと両足を踏ん張っていると、甲高い音を立てて何かが馬車の屋根に突き刺さった。


「ほら見ろピンチかもしれん!いくぞ主!」


「あれって剣だよな?! ちょっ、引っ張んな!腕が折れる!」


 嬉しそうにはしゃぐルルを追いかけて俺も渋々岩肌を駆け上がった。




「大丈夫ですか!」


 登った先で見たのは地面に転がっているいくつものオーガの死体。


 ヨハンさんのほうへ目を向けると最後の一体を火だるまにしていた。


「終わってしまったか。つまらんな」


「これで満足してくれ。」


 一人で駆け回ってもいいぞとは言えないんだよな。本当はそうさせたいんだけど。


「後片付けは手伝いますよ。……ヨハンさん?」


 ヨハンさんはジッと岩場の奥へ目をこらしていた。


 何かが来る気配に気づいたのかルルも元の姿に戻っている。


「これは大丈夫じゃないな。……来るぞ。今のうちに逃げてくれ。無駄死にになる」


『我が逃げると思うか?このチャンス見逃すわけがなかろう』


「ならレンだけでも!」


「俺も逃げませんよ。もしルルが暴走したら止められるのは俺だけですから」


「暴走などもうしないわ!」とつっこむルルをよそに『コンポスター』を発動させた。


 こちらに向かってくる音がし始めた。


「危なくなったら逃げろよ。来るぞ!」」



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