第35話 レン母になる

「今回護衛の任務を担うAランクのヨハン・ピラルトだ。ヨハンって呼んでくれ。得意魔法は火魔法、苦手は料理。短い間だがよろしくな!」


 そういうと金色の短髪をなびかせながら力強い笑みを浮かべた。


 ジブラルさんによればヨハンはギルド内でも相当の実力者らしく筆頭まではいかないにしても5本の指に入るほどの凄腕らしい。なぜそんな人が俺の護衛についているのかというと、首長のいる首都へ向かわされる命令が出たことで俺らの地位が要人クラスにまで上がったことと、万が一のルルの暴走を考慮した結果だそうだ。


「よろしくお願いします。それと昨日はありがとうございました」


「よろしくだな。…昨日はごめんなさい」


 少女の姿になったルルも殊勝に頭を下げる。


 何を隠そう昨日の死にかけで風魔法を発動してくれていたのは彼だったのだ。本当は俺らが彼にお礼として何か尽くさないといけないけどとやかく言える立場にないので甘んじる。


「いいって、死ぬ気でいたのに死ねなかったなんてそうそうないことを経験させてもらえたしな」


「あ、あはは…よろしくお願いします」


 魔素で死にかけたのを楽しめんのかよこの人。さすが歴戦の人というべきか変人というべきか……。




 幌馬車に揺られながら小さい窓から単調に流れゆく岩肌をぼうっと眺めていた。


 首都までは馬車で三日かかるそうだ。その間外を見たとしても代わり映えのしない山肌や森が広がっているだけで何の気晴らしにもならない。要するに必然的に思考に身をゆだねる時間が多くなるわけで。


 先ほどから脳内はギルドでのジブラルさんとの会話で埋まっていた。ルルと俺の関係はどういうものなのか。たったそれだけのことなのに何一つ明確な答えが導き出せないでいた。最初はシュウからの脱出手段としてしか考えてなかったはずだ。それがいつの間にかルルの振る舞いや世間体を気にして動くようになっていた。いつからだ?なんとなくだがさかのぼればヒントがあるように見えた。


 しばらく頭の中ではうなり声をあげて考え込んでいるのをおくびも出さずに静かに目を閉じていると、


「なあ、起きろ。暇すぎておかしくなりそうなのだ。なあ」


 頭がちぎれそうになるほど揺さぶられて、仕方なく目を開けた。


 小窓から差し込んでくる夕日に刺されてまた強く目を閉じてしまった。


「一瞬だけ開けろってわけじゃなないぞ。起きて話をしろって言ってるんだ」


「わかったって。まぶしいだけだからちょっと待て」


 明るさに慣れてきた頃合いに少しずつ瞼を上げると、本当に暇だったのか若干目が死んでいるルルがこちらを見上げていた。


「よくこの揺れの中で寝られるな」


「寝てたわけじゃない」


「じゃあ、何をしていたのだ。主に限って瞑想などということはあるまい」


「考え事だよ」


「ギルドでのことか」


 一応ちゃんと聞いてたんだな。てっきりあくびしてのんきなこと言っていたから聞く耳持ってなかったと思ってたわ。


 俺が勝手に失礼な評価をしている間の沈黙を肯定の証だと思ったのか、


「主、そのことなんだが、我も少し考えてみたのだ」


「聞いてもいいか?」


 ルルは息を深く吸い込むと決心したように唇を開いた。


「主よ、我の母親の代わりになってくれ。そこまで我のことを考えてくれているんだ、いまさら造作もないだろう?」


「いや?いやいや造作もあるだろ!?話が変わってないか!?」


 俺とルルの今の関係のことを話してるのに何でそうなる?


「いくら考えてもわからなかったのだ!わからないならいっそ今決めてしまえばいいと思ったのだ」


「それが何で俺が母親代わりになることになってんだよ」


 ルルは目をそらして、


「いや、その……母親代わりがいれば今回みたいにはならなかったし。それに……主がお前のそばにいるって言ってくれたからいいかなって……」


 指をもじもじさせているルルの顔が赤いのは……夕日のせいにしておこう。変な勘繰りをするとこっちまでも熱くなる。


「いや、だからってなんで母親なんだよ……」


 せめて性別は合わせてほしいんだけど。


「……だめか?」


 彼女のうるんだ上目遣いの瞳や陽炎のように輪郭を変える白銀の髪が夕日に照らされて逆らってはいけない聖遺物のような雰囲気をまとっていた。


 見つめられ続けながら逡巡した挙句、


「……わかったよ。結論を出すまでだ。親代わりになろう」


 思考を停止させた。俺の中で決着をつけるまでの間だ。今やってることとそんなに変わらないしいいだろ。



 この日から俺はこいつの親代わりになった。独り身同士のままごとでも少しだけ心が軽くなったのはまやかしではないはずだ。

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