第34話 責任と罰
「えっと……どうかしました?」
俺の呼びかけにも答えず、額のしわを一層深くして文面に見入っている。
重苦しい沈黙が訪れる。
食い入るように見つめすぎてこの老人の身体に穴が開くんじゃないかと思うほどの時間ののちおもむろに口を開いた。
「……君の言ったことは理解した。責任は全て君にあるようだね」
「そうだ。だから罰を受けるのは俺だけでいいだろ?」
「依頼書を見る限りではそうかもしれんな。ただ……」
文面からは目を離し、あごに手を当てて考え込むようなポーズをとるとまた静止画のように固まってしまった。
見た目からパワー押しでずんずん進んでいくタイプじゃなくて思慮深く慎重に進んでいくような人なんだろうなとはうっすら感じてはいたけど、ここまで考え込んで話す人だとは思ってなかった。手持無沙汰になっている間の沈黙が落ち着かない。
「ただ、過ちを犯したときに罰を受けさせるのも教育というものではないかね?いかにフェンリルだとはいえ人間の社会に入り込んできた以上、我々のルール、慣習、生活様式は守らないといけない。過ちを犯したときだけフェンリルだからと特別な対応をするのは筋違いだと思うのだが」
急にペラペラしゃべり始めたし痛いところついてくるしで半分ムキになって
「それは……でも依頼では責任は俺が持つことになっているだろ。なら依頼書っていう人間のルールに合わせるべきじゃないのか」
先ほどの思考で意見を構築し終わったのか間髪を入れずに、
「だから、事件を起こした罪は君に、そこのフェンリルには自身の過ちを償うための罰を与えることとする。罪と罰は同じものではない。そこをはき違えるなよ」
罪と罰が違うものだとしてもルルの過ちを起こさせたきっかけを作ったのは俺だ。罰なら俺にも与えられるべきだろ!
不思議と損得の感情はなかった。というよりジブラルさんからの言葉の圧を逃がすために反論を必死に頭回して考えていたからそんなことが浮かぶ余裕はなかった。
「でもきっかけは……!」
「なぜ君はそうまでしてフェンリルをかばいたいんだい?」
「っつ……それはっ!」
仲間だから?依頼されているから?良心?いやどれも違う気がする。じゃあこの老人への恐怖から?違う。そもそも結果と原因がつながらない。なんでだ?数秒前の自分はなんで反論しているんだ?
ぐるぐると疑問だけが脳内を駆け回る。
手のひらににじんだ汗がいやに気になるが今はそれどころじゃない。
周回する疑問を捕まえようと頭をひねる俺を見て、ジブラルさんはあきらめたようにため息をつくと、
「今騎士団へ使いを送っておる。牢への道のりで答えを探すといい。もっとも安息日に彼らが来ればの話だがね」
そういってシニカルに笑うと依頼書を檻の中へ投げた。これからは俺一人の問題だということらしい。
自分も罰を受けることになってしまったのにのんきに大あくびをしているルルに寄りかかり先ほどの脳内法廷のつづきをしようと目をつぶった瞬間、久々に訪れた静寂を引き裂くように一人の青年が息も絶え絶えに駆け込んできた。
「ギルドマスターっ!!首長から…の…速達…ですっ!至急、『管理者』を、首都に、向かわせるようにと!!げほっ…」
仕事魂で伝言内容をきっちり伝えたのち体力が切れたのか青年は気絶したかのようにその場に倒れこんだ。
この知らせにはさすがに驚いたようでジブラルさんは騎士団を待ちくつろがせていた身体を一気に立ち上がらせると腰をさすりながらこちらを振り返った。
「というわけだ。君たちは首都に向かわなければならない。騎士団がくる見込みのない以上うちから監視役を一人つける。さあ、支度をしておくれ」
『新しいところに行くのか。檻の中にいなければならない場所以外ならどこでもいいぞ』
張り詰めて冷たい空気感の中、ルルは陽だまりの中にでもいるかのようにのんきにもう一度大あくびをした。
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