第32話 神託夢
かすかに耳を打つ柔らかい布同士がこすれる音。呼応するようにほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐる。
一定のリズムを打つ揺籃が先ほどから浮上体勢に入った俺の意識を阻害していた。
半覚醒状態で手足を動かそうと意識を向けてみたが完全に脱力してしまってるのか鉄の塊のようにびくともしない。
柔肌のもっちりとした感触と少し低い体温が全身から心地よさとなって伝わる。
周囲を知覚するたび脳内にまとわりついていた霧が散っていった。
肌から直接伝わる鼓動のリズムに体を預け、心なしか軽くなった意識がゆっくりと浮上する。徐々にはっきりとしてきた感覚の中うっすらとまぶたを上げると視界いっぱいに光が入り込み目の奥がぎゅっと閉まる。
次第にはっきりしてきた視界がとらえたのは天井から下げられたランプと俺の顔を覗き込む女性のシルエット。
逆光のせいか女性の顔は影になって見えないが、かぶっている頭巾からどこぞの神官だということは推測できた。
これは夢だ。たった今俺が夢だと認識したからこの夢は神託夢に格上げされた。神託夢って要するに神が人間に命令するための夢ってわけだけど、今命令することあんの?爪で引っかかれながらルルの魔素を吸ってたことまでは覚えているけどその後ルルが落ち着いてくれたかどうかはわからない。神託を受けるんだったらそっちを教えてほしい。
ぼうっと天井を見つめながら脳内で文句を垂れていると今まで無言だった女性の影が言葉を発した。
「この子の名はレンにしましょう。いたって普通のありきたりの名前。私やあの方のことなど忘れて災いなく病める時も健やかなるときも一人の人間としてまっとうな生を送れますよう……」
その後も女性は俺が人生を堅実に過ごせるよう穏やかだが熱のこもった声音で祈り続けていた。
「至高にしてこの世の万物を司る神よ、私は罪を犯しました。──の子を身ごもってしまったのです。どうかお許しください……。この子は、この子だけは普通の生活を送ってほしいのです。私の母親としての願いです……。どうか、どうか……」
トーンの定まらない震え声で魂を削るように懺悔を述べた後、うなだれたまま彼女は静止した。
結局額がこすれあうほど近づかれても女性の顔は黒く塗りつぶされていたままだった。
『──。──ン。レン!起きろ。何回も言わせるな。お前に魔素を吸われ続けたせいでこっちはまだ本調子じゃないのだ』
いらだったルルの声ではじかれたように体を起こす。
「ルル!大丈夫か?落ち着いたか?!」
『お前が落ち着け。状況的にはまずいことにしてしまった。すまない」
ギルドの様子は寝る前の惨状とは違いきれいに整備されていたが、
「……檻?」
日常の風景の前に金属の柱が何本も立ちふさがっていた。
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