第31話 損得以前の問題

「くっそ、完全に自業自得じゃねえか」


俺が連れてきて俺がこいつらとかち合って俺が逆鱗に触れさせた。金のためにやったことがすべて裏目に出たってことだ。


「…ははっ」


乾いた笑いが漏れる。


全部俺の責任だ。元々ルルの母親のことはシュウ自身から聞いていたしそれが触れてはならないことだとも彼女の空気から薄々感づいてはいた。だからなるべく食べ物とか街とか現実に目を向けさせていたんだが、さすがに他人の言動から過去を掘り返させられたらどうにもならないんだよ。


俺の責任ならこの状況は俺が打破しなきゃいけない。マテライトを抱え込むようにして出口へと向かう。


気絶していることなどどうでもいいのか、ルルは目の前の奴らに延々と震えた声で叫び続けている。


「そこの……少…年よ」


散らばって思い思いの向きになっているテーブルの間を縫うように進んでいると床すれすれからかすれた声がかかった。


「俺も…まだ動ける……。手伝うぞ……」


仰向けに倒れていた男は額に玉のような汗をいくつも浮かべながら風魔法で俺の身体を包む。魔素に侵されて重だるくしびれていた四肢が少しだけ軽くなった。


「下手に動くな。死ぬぞ」


「死なないって……わかってるからやってんだよ。……気にすんな少年」


「無理するな」とだけ言い残して入り口のドアへたどり着くと勢いそのままドアを蹴破ってマテライトを外との境に投げおいた。


マテライトは魔素をよく通す鉱石。要するに魔素の濃いほうから薄いほうへと移動させる滑車だ。


「お説教の時間だ、ルル」


荒れ狂う神を鎮める神官のように力強くしかし厳かに歩を進める。


もはや逃げも隠れもしない。


魔法がはじけ飛ぶ。


『管理者』としてのプライドも母親への尊敬も愛情もお前の大事な感情だ。決して勘定するべきものじゃない。


「だけど、お前は間違ってるんだ」


力強くルルを抱きしめる。お前の居場所はここにあると思いを込めて。


俺の身体がズタズタに切り裂かれて床を赤く染めようが関係ない。血に濡れた腕でさらに力を籠める。


「お前は損だけしたわけじゃない。俺がいる。アリバだって、あのキドだってお前を見守ってる」


『母さんを……!』


「今を見ろって言ってんだよ!!」


両腕いっぱいにルルの魔素を受け止めた。泣きじゃくる子供をあやすように、興奮している獣をなだめるように逆立ったルルの長い体毛を撫でる。


「過去をきれいさっぱり忘れてしまえとは言ってない。その記憶は母親との大切な記憶だ。でもな、お前はその記憶だけでできているわけじゃないだろ?魔素がありこの身体がある。今を生きてるんだよ。それを台無しにしちゃ金にも笑い話にもならないんだよ。大丈夫、大丈夫だよ」


「大丈夫、大丈夫」と繰り返しながらも俺の身体は徐々に力が抜け白銀の体毛の中に沈んでいく。


さわやかな森と生命の匂いに包み込まれるようにして俺は意識を失った。

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