第27話 異国ハザール

「やっと入国できた……」


 国境で商人や冒険者の入国待ちの列に並ぶこと約3時間、立ちっぱなしでいることに飽きて寝てしまったルルをおんぶしながらやっとの思いでハザール側の国境の町ナザレに到着した。通行料としてルルと二人合わせて200ゴールドをとられたのは地味に痛いがいつ何時憲兵が襲ってくるかもわからないヴォルガ王国から抜け出せたと思えば安いもんだとケチな自分を納得させておいた。本音を言えば亡命の手続きをしてハザールからの援助をもらう形で入国したかったのだ。だが面倒な手続きに時間をとられたくなかったのとむやみやたらに大事になりそうだったので断念しておいた。


 ヴォルガ側の名前も知らぬ吹き溜まりみたいな町とは対照的に俺らが出てきた検問所から放射状に延びた道路に沿って暗灰色の石レンガの建物が所狭しと並んでいる。道のはるか遠くにある丘陵が鮮明に見えるほど澄み切った空の青と街並みの灰色とのコントラストの中に各階から伸びた色とりどりに塗られた看板が客引きの競争でもするように主張していた。


「ルル、起きろ。着いたぞ」


「んむぅ……あと100年……」


「いや、俺死ぬから。ほら、降ろすぞ」


「いやぁ……」


 降ろさせまいとルルは腕を俺の首に絡ませてきつくしがみつく。見た目はまだあどけない少女だが中身はフェンリル、力は当然強い。まして寝ぼけているときに加減ができるはずもないわけで、


「ちょっ、力つよっ」


 急速に喉を閉じられて行き場を失った空気がくぐもった音を響かせながら漏れた。必死に息を吸おうとしながらもなんとか右腕をルルの頭までもっていき、その頭を思いっきりはじいた。


「つあ!?」


 ルルが痛みで額に片手をもっていった隙に首をすくめてこの拷問から脱出する。


「……なにをする!?痛いではないか!」


「首絞めんじゃねえよ!危うく死ぬところだったぞ!?」


「そんなことするわけない!我寝てたのだぞ!」


「寝ぼけてやってんだよ。殺す気か」


「寝ぼけてなら……まあ、しょうがないような……気もするぞ?」


「んなわけあるか。今日一日おかわり禁止」


「そんなぁ、我『管理者』ぞ?人間の一食で足りるわけないだろう!」


 ポーン、と路面に放り出され憤慨しているルルを叱りながら俺は一つの誓いを立てるのだった。


 ──もうおんぶはしない。




 道端の屋台でギルドまでの道を尋ねた代わりに買ったロックバード焼きの串をほおばりながら客引きと往来の中を探り歩くこと数分、見上げた先に冒険者ギルドを表す剣が2本クロスした紋様が彫られた看板が見えてきた。


 石レンガの壁のうちで異彩を放つ重厚でこれまた剣の紋様が彫られている木の扉をあけ放つ。


 異国の新鮮な空気と共に自由の香りが広がった。

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