第6話 猶予時間

 憲兵どころか金属からも逃げてきた俺らは夜通し走った挙句、精根尽き果てて、町はずれの共同墓地で一息ついていた。


「ここまでくればひとまず大丈夫だろ…」


 前に投げ出した足はしばらくは思い通りに動いてくれなさそうだ。足跡は土魔法で途中から消したし、フェンリルのスピードで振り切ったからな。この方角に向かってきてはいるんだろうけどここにたどり着けるには多少時間はかかるから少しは休めるか。


 でも問題は、横で寝そべって銀の巨大クロワッサンみたいになっているこいつを見られたことなんだよな。


 あ、こっち見た。


『もう出発するのか?主のために走ったのに薄情なやつだな』


「え?!お前話せるのか?」


 のっそりと気怠そうに頭を上げ、物理的にも上からな目線で、


『だから何だというのだ。念話なぞ使えるに決まっておるだろう』


 走ることよりも当たり前だとでもいうように呆れと疑問がブレンドされた物言いに対して俺は、


「そんなもん使える奴がホイホイいてたまるか。それより話ができるんだったらこれからのこと考えるの手伝ってくれ」


『休ませろっていう空気すらもわからんか?貴様』


 貴様て。お前の主なんだがこっちは。小さくため息をついてこの大きなお子ちゃまに諦めをつけて、


「じゃあ、質問にだけは答えてくれ。あとはいい」


 フェンリルが足を組み替えてこちらを向くのを待って俺は口を開いた。


「まず俺はレン・ガーベッジ。ゴミ処理員くずれの冒険者。んで今の状況は冤罪で盗人にされて追われてる。ここまではいいな?」


 うなずくのを待って続ける。


「だからなるべく目立たずに逃げなきゃいけないんだが、お前を見られた」


 逃げ切るためにはしょうがなかったが、これからのことを考えると相手に特定されるようなイメージを与えてしまったのは痛い。本当は姿を変えてくれるのが一番だがさすがに無理そうだからな。


「お前がこのままの姿で逃げるとなるとつらいんだが、小さくなれるか?」


『できるぞ。我は変身魔法すら一番早く覚えたのだからな』


 盛大に鼻を鳴らしてフェンリルが自慢げに情報を付け足してきた。もうなんも驚かんよ。こいつはそういう規格外なんだ。俺は真正面から半分くらい鼻に隠れてしまっているフェンリルの目をみつめて、


「なら変身魔法を使ってくれ。頼む。生き残るためだ」


 フェンリルは少し頭を下げてそのよくヤスリ掛けされた木皿のようなとび色の両目を臓腑の中まで見渡すかのように俺に照準を合わせた。『管理者』らしく威厳マシマシの姿に気圧されないよういつの間にか鳥肌が立っていた背筋を無理やり一直線にして迎撃態勢をとる。摩擦で鉄が溶けるほどの視線の交差。改めて思うけどフェンリルといるって普通だったら逃げ出すレベルのことなんだよな。


 ダメだ。現実に戻ってこい。今は逃避してる場合じゃない。


 敵前逃亡しようとしている思考をどうにか傲慢と自信の網で引きずり戻そうとしているうちにあちらの意思が決定したようだ。


『…死なれては元も子もないからな。いいだろう。その代わりに寝床、肉すべて最高級にして敬えよ』


 胸を張るように頭を上げ大仰に答えるとフェンリルが目を開けていられないほどの光に包まれた。そういえば変身魔法使えとは言ったけど何に変われって指示してないよな。


「何に変身した?それ次第によっては考えないといけないことが増え、っておい!」


 視認した瞬間半ば本能的に背を向ける。


 それは想定してねぇよ!


 そこにいたのは長い銀髪でかろうじて隠れているだけの一糸まとわぬ姿の女の子がぺたんと座っていた。


「どうだ主よ。うまくできているものだろう?」


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