第5話 逃げるが勝ち
「フェンリルか…。熟考していたようじゃが、決め手はなんじゃ?」
「従順、育てやすい。以上だ」
老人は小馬鹿にしたようにフッと鼻で笑うと、
「即物的じゃな」
「うるさい。依頼受けてんだからいいだろ」
「はっはっは。それもそうじゃな。ではフェンリルを預けるぞ。くれぐれも死ぬなよ」
ダンジョンへ入る冒険者を見送る時のような勝気なセリフを残し、2つの巨体を侍らせながら老人が帰っていく。
さて、これからどうするか…。育てるといっても金が必要だから仕事探さないと。そもそもフェンリルの育て方ってなんだ?肉?肉だけでいいのか?そこらへんわかんない、って依頼書もらってねえじゃん!そんな依頼出してないって踏み倒されるやつじゃん!あの詐欺師(仮)!なんで徒歩で帰ってるんだよ!今はそれで助かったけども!
「おい!依頼書よこせぇー!」
老人は巨体の間から振り向いて、
「そいつの首にかけてあるから安心せーい!あとすぐそこまで憲兵が来てるから気を付けるのじゃぞー!」
言葉の爆弾を投下して夜に溶け込んでいった。憲兵を置き土産にして。
「いたぞー!」
安直すぎて笑い出してしまいそうな掛け声とともに金属光沢の集団がこちらへ突き進んできた。
「やばい、やばいっ!捕まってたまるか!」
いつも持ち歩いているバックだけ引っ掴んで見当もなしに飛び出す。家壊されたから脱出するの楽だったな、なんていう思考は追い越してただ走る。
距離をなるべく稼ぎたいっ…!道端の石に引っかかろうが知ったこっちゃない。ただ逃げるっ!
「クッソあのヤロウなんで最初に教えなかったんだよっ…!」
悪態をもエネルギーに変えて馬車馬のごとく駆ける。
体が火照ったならば夜風で冷やせ!息が苦しいなら深く吸い込め!もうわけわかんねぇよ!
思考も走りもぐちゃぐちゃになりながらひたすらに足を動かした。
やばいっ!さすがに体力も根性も底が見えてきた。後ろからはまだガシャガシャとはた迷惑な音がついてきている。脚の筋肉が硬直して前に進むことすら苦しくなってきた。あごが上がり星空が視界に入る。ここまで全力疾走。体力の限界だった。
「おわっ!?」
硬いものに足を取られて気づいたら地面が顔面をプレスする直前だった。
足元っ!
痛みと逮捕を覚悟して強く目を閉じた。が、鼻が折れ曲がるんじゃないかというほどの衝撃も、ガシャガシャ光沢どもの声も襲ってこなかった。
まさか死んで一瞬のうちに天界まで来たミラクルでもあった?
目を開ける。目の前には夜風を切るように流れる銀の毛並みとその間から顔を出す巻物。フェンリルが俺を拾ってくれたようだ。
「早速役に立ってくれたな!いいぞこのまま逃げろ!」
俺の声に呼応するようにスピードを上げ憲兵を振り切り静かになった闇夜に駆けていった。
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