第3話 不法侵入

「チクショウ…!」


 酔っ払いに!ただの酔っ払いに!


「なんであいつの言いなりなんだよ!ギルドマスターなんだからあんたが指図する立場だろうが!」


 家へ帰る道中脳内の冤罪ふっかけ野郎どもにあたり散らかしていた。それが家に着いたからといってやむはずもなく。


「あんな奴らのせいでっ…!」


 あの後どんなに叫んでも叩いても中には入れなかった。誰も俺を見ない、聞かない。あそこにはもともと居場所はなかったのだろう。誰も俺を人として見ていなかった。


「クソ野郎どもがっ!」


 どんなに頭の中を分け入っても悪態しかスポーンしない。怒りを鎮めようと部屋をズカズカと歩き回っていると、ドン、ドン、バキッと乱暴にドアをたたく音がした。


 叩きすぎてドアにひびが入ったけどな。


「出るかよ。どうせギルドの奴だろ」


 開けたら逮捕だとか言い出すに決まってる。


「開けてくれー」


 しかし外から聞こえてきたのは聞き覚えのないしわがれた声だった。ま、どうせギルドか国の関係者だろう。冤罪で捕まるつもりはない。


 また何度かドアをたたく音がした後、


「わしの依頼を受けてくれんかね」


 予想だにしないことを言ってきた。


「帰れ」


 どうせ誘い出すつもりだろう。


 俺の応答がないことにしびれを切らしたのか、


「すまないが入らしてもらうぞ」


 ドコォンとけたたましい音とともに立ち上った砂埃のうしろにたたずんでいたのは白いローブをまとった白髪白髭のまるで石膏像のような老人。


「君みたいな子がこんなあばら家に住んでいるとはの」


 不法侵入者は木っ端みじんに砕け散ったドアの破片を蹴りながら、世の中見る目がなくなってしまったのぅ、とかなんとか自分の実家にいるかのようにのんきにつぶやいている。


 老人がドアを壊したのか?ボロいとはいえ硬い木材のドアを?


「あんた誰だよ。勝手に入ってくるな」


 何をいきりたっている少年。君に依頼したいことがあるんじゃよ」


「知らん、帰れ」


 老人のちっぽけな依頼にかまってる暇なんてねぇよ。


 冷たくあしらって帰そうとしたが、老人に帰るそぶりはなくそれどころか俺を見定めるように両目の照準を俺の顔に合わせて、


「チカラが欲しくないかの?」


 大真面目な口調でそう言った。胡散くさ。詐欺師にもランクがあるとしたら確実にFランク。


「そんなものいらん」


 再度冷たくあしらうと、そうか、とあきらめた様子で老人は俯きおもむろに指で空中に円を描いた。


「ここに3匹のモンスターがいるじゃろ?」


 諦めてないのかよ。っていうか


「こっちの話を聞…」


 ヒュッと強制的に喉が閉じられる。砂埃をあげて円から落ちてきたのは魔物と思われるナニか。ナニかとしか言えないのは出てきたものが円が上昇していくにつれて俺の背丈どころか屋根すらも突き破りそのほとんどが目視できないからだ。あとこいつらも、と老人はさらに2体ナニかを円から出し屋根をズタボロにしていく。


「なんだよ…こいつら…」


 先ほどまで心を占有していた怒りはいつの間にか恐怖に席を譲ったようだ。かろうじてわかってきたのは純銀のように輝く毛並みの足4つと二枚貝の殻のようなうろこに覆われた巨木のような胴体一つに黒曜石みたいなうろこに覆われた赤黒い足2つが俺の部屋を埋めているということ。


 ナニか達が窮屈そうに身じろぎすると、御開帳とでもいうように屋根が崩れ落ち、吸い込まれそうなほど一様な闇色の空を背景にナニか達の全貌が明らかになった。

 そこにいたのは龍、蛇、狼となんの脈絡もない3匹の魔物。はた迷惑な身じろぎはするものの俺を襲ってはこないようだ。


 絶句している俺を置いて老人は、


「この子らは『管理者』じゃよ」


「『管理者』?」


「知らんかの?冒険者の間では有名じゃと思ったんじゃが」


「いや、存在は知っている。ただ…」


 言葉に詰まる。現実と過去の事実が嚙み合わない。だって、『管理者』は…


「討伐されたはず、そう思っているのじゃろう?」


 そう、倒されたはずなのだ。それもあのシュウに。


 老人が少しだけ目を伏せる。こいつにとって『管理者』は大切なものなのだろう。


 そもそも『管理者』とは魔物の王者、食って食われる弱肉強食の頂点にいる存在。陸海空それぞれの領域においてその強大な力で魔物世界のバランスをとる。ゆえに彼らは『管理者』と呼ばれている。


 そんな奴らをシュウは全て討伐した。


「たしかに『管理者』は殺されてしまった。しかし彼らが死に絶えては魔物、ひいては人間にも影響が出るからの、彼らは保険をかけていたのじゃよ。子を残すという原始的な保険をな」


 老人に撫でられて狼が甘えるように鳴く。


「それで?俺に何をしろって言ってんだよ」


 話の終わりが見えてこないことがじれったくなって結論を促す。老人はもう一度俺を真剣そうなまなざしで見つめると、


「この子らのうち1匹を育ててくれんかの」


「無理だ」


 テイマーでもない俺に魔物を飛び越えて神々の御使いですみたいな面している奴なんて扱えるわけがない。しかも俺には金も職もない。


「いや、君にしかできんのじゃよ」


「…俺にしかできないことなんてねぇよ。他当たれ」


 俺にそんな余裕はない。生活すら不安定な人間に何を求めるっていうんだ。


「これでも君はできないというのかい?」


 そう言って老人はローブのポケットから取り出したものを俺に放り投げた。慌てて受け止めたそれは上質な木材と金で装飾されたまるで宮殿を縮小させたような、


「鏡…?」

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