第2話 泥酔と言いなりと冤罪
「ま、ゴミを
話しかけた(加えて酒をぶっかけた)のはSランク筆頭冒険者のシュウ・アキルノ。ギルドヒエラルキーのトップ。
一応俺の恩人だ。いけ好かないけど。仕事がなく餓死寸前だった俺を冒険者に導いてくれた人。その恩に報いるまでは少しのイライラなら我慢、我慢。
うじゃうじゃと湧いてくるイライラは体内で押しとどめてにこやかな営業スマイル
で振り返る。酔っ払いには怒ったら負けだ。
「そ、そうですね。…ありがとうございます」
声が震えただけで怒りを抑えた俺、今日は調子いいぞ。
シュウは赤らんだ顔をこちらにグイッと寄せて、
「だよなぁ良かったわ~。それでさぁ、手に持ってるの何?」
「鏡です。ゴミ箱に落ちてたんですよ」
俺はそっと鏡を彼の視線から外した。背中に悪寒が走る。
「へぇ…ヒッ…そんなに綺麗なものがゴミ箱におちてるんだぁ」
「落とし物だと思うんですけど」
早く離してくんないかな。仕事残ってるしビチャビチャだから着替えたいんだけど。じゃこれで、と背を向け足早にその場を離れようとしたが、
「なぁに逃げようとしてんの~?」
「ちょっ、離れろっ!」
しつこい!力入ってないくせに剝がせないんだけど!
シュウの両腕がタコのようにへばりついてくる。
俺の手をスルスルとかわしてひじの裏側で首を押さえつけられた。およそ人が楽しく歓談する体勢じゃない。
「ねぇ、さっきゴミ箱で拾ったって言ってたけどさぁ本当?」
「そうですよ?」
なるべく落とし物だということを強調して、
「だから、これを、ギルドマスターの、ところに、持っていこうと、しているんです」
子供に言い聞かせるように離れる理由を告げて腕をほどこうとしたが、
「まぁたそう言ってさー」
シュウはよりきつく腕をしめて顔を寄せると、
「本当はさぁ~盗んだんじゃないの~?」
「はぁ?そんなことするかよ!」
クソこの酔っ払い!
右手で回りを指で差しながらねっとりとした口調で続ける。
「ほら誰から盗んだのかなぁ~?ん?言ってみ?今言ったら無かったことにしてあげるからさぁ」
「だからまずやってないって!」
間近で見えるくらい笑顔を見るに、この程度で解放する気は皆無のようだ。
「へぇ、しら切るの?…じゃあ…」
シュウは背をそらして大きく息を吸い込むと、
「おいギルマス!!こいつ盗みやりやがったぞ!!」
「はぁ?!この酔っ払いなんてことしてくれてんだよ!」
俺の反論むなしく「レンが窃盗?」「マジかよ?」とざわめきが広がっていくのが見て取れた。もうこのギルド内にいる奴には俺が盗人に見えてしまっていることだろう。シュウには俺が反抗したことが気に食わないらしく笑顔をしかめっ面に変換して
「は?俺に逆らうの?Fランクのお前が?」
「がっ…!」
俺の顔面が打ち付けられた拍子でテーブルの木皿が床と的外れなセッションを奏でた。
「あ~あ、やっぱこいつ拾わなければよかったわ。触れるだけで戦利品が消えちまう欠陥品なんぞ使い道なかったしな」
物扱いかよっ…!
シュウは俺の耳元に顔を寄せると、
「おいレン、盗み働いたんだしさぁ、このギルド出てってくんね?」
「だからまず盗んでねぇって!」
「俺が許可する」
「マスター、なんでっ?!」
俺らの真後ろにはいつのまにかギルドマスターが仁王立ちしていた。騒ぎを聞きつけて最悪のタイミングでやってきたらしい。
「どうもこうもないだろう。犯罪人はこのギルドに必要ない」
「だから違うって言ってんのに…!」
もはや誰も俺の言い分を聞いていなかった。他の奴らは騒いで見て見ぬふりしているようだしギルドマスターがシュウの側についている以上状況の打破は絶望的だ。
「シュウ殿、そのままレンを放り出してくれ」
あいよ、と楽しくてしょうがないといった晴れやかな笑顔で無慈悲に俺を入口へ引きずっていく。
テーブルなど片っ端からつかまって抵抗したがSランク冒険者の力にFランクごときが敵うはずもなく。
酔っ払いどもの大騒ぎで聞こえなかった隙間風の音が聞こえるようになったかと思うと、引きずられていく俺を誘い込むかのように背筋を撫で、まるで大穴に放り込まれたみたいに俺の耳を占領して俺の追放を一層みじめなものにした。
「せいぜい死に場所を探せよ欠陥品」
シュウは俺を突き飛ばしたついでに頭を一発殴るとせせら笑いながらドアの向こうへと消えていく。厭味ったらしく光る右腕の牙の紋のブレスレットをまるでこれでショーは終わりだとでもいうように揺らしながら。
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