第9話 佐野君と、仲良くなりたい
次の日、朝食をとるためリビングに行くと、ちょうど佐野君が入れ違いに出ていこうとしているところだった。
その瞬間、昨日の脱衣場での一件がフラッシュバックする。
あの後、気まずさと恥ずかしさから、佐野君の部屋に謝りに行くことはできなかったけど、このままじゃダメだよね
「あ、あの。昨日はごめ──」
「お、おはよう」
出かかった謝罪の言葉は、朝の挨拶によって掻き消される。それから佐野君はサッと私から目をそらし、リビングから出ていこうとする。
「ちょっと、今から朝ごはんだよ」
「食欲ないからやめておく。母さん達にはもう話してあるから」
最初、私を避けるためにそう言ったのかなと思ったけど、よく見ると確かに、なんだか顔色が悪そうだった。
佐野君が出ていくと、その様子を見ていたのか、今度は洋子さんがやって来る。
「悠里ってば、風邪を引いたみたいなの。念のため、今日は学校も休むことにするわ」
「えっ……?」
顔色が悪かった理由はそれだったのか。
それってもしかして、昨日お風呂上がりのハプニングで録に髪を乾かせていなかったのが原因かも。つまりは私のせい。
だけど改めて謝ろうにも、佐野君本人は部屋に戻っちゃったし、これを洋子さんに話そうものなら、脱衣場で半裸の佐野君とバッタリというところから話さなきゃいけない。それは無理!
そんなこんなで、何も言えないまま朝食をとり、学校に出かける。だけど玄関を出たところで、またも洋子さんがやって来た。
「久美ちゃん。途中まで一緒に行っていいかな?」
「えっ? 別にいいですけど」
洋子さんが通勤に使っているバス停は、うちから学校までの通学路にあるし、断る理由はない。けど、わざわざこんなことを言ってきたってことは、何か話でもあるのかな。
そう思っていたら、案の定だった。家を出てすぐに、洋子さんが話しかけてくる。
「ねえ、今更だけど、悠里と上手くやれてる?」
ついにこの時がきたか。
私達の間に流れる微妙な空気は、洋子さん達だって気づいているのだろう。
「ええと……」
ハッキリ答えることはできなかった。
とても上手くいってるとは言えないけど、それを伝えたら、洋子さんは間違いなく悲しむし心配する。
だけど、こんな風に言葉を濁してしまっては、暗にそうだと言ってるようなもんだ。
「ごめんね。悠里って、人見知りで引っ込み思案なところがあるから。もうすっかりなくなったと思ってたんだけど、再発しちゃったみたい」
「人見知りで引っ込み思案って、佐野君が?」
意外な言葉に、思わず聞き返す。人見知りって、どうにも佐野君のイメージと合わないんだけど。
だって、いつも周りに人が集まっている、学校の王子様的存在だよ。
驚く私をよそに、洋子さんはさらに続ける。
「小学生の頃はね、友達もほとんどいなくて、ずーっと家の中で本を読んだりパソコンに向かっていたりする子だったの。変わりたいって思ったのか、中学に入ったくらいに、心機一転して色々頑張ったみたいだけどね」
「そ、そうなんですか?」
リア充の頂点みたいな佐野君がそんなだったなんてとても信じられないけど、冗談で言っているようには見えなかった。
そこまで話して、洋子さんは少し困ったようにため息をつく。
「私としては、昔も今も両方アリだと思うのよね。別に、社交的な方が偉いってわけじゃないんだから。だけど、それで久美ちゃんに嫌な思いをさせるのは問題よね」
それを聞いて、申し訳ない気持ちになる。
違うんです。佐野君と微妙な空気になってるのは、人見知りがどうとかじゃくて、私のやらかしが原因なんです。
そのせいで、佐野君ばかりか洋子さんにまで迷惑をかけている。多分、お父さんだって気づいて心配しているはずだ。
「ねえ。久美ちゃんは、悠里のこと、どう思ってる? この際だから、遠慮せずにハッキリ言ってほしいな」
「それは……」
遠慮せずにって言われても、やっぱりすぐには答えられない。だいいち、真っ先に思うのはやらかしによる気まずさや罪悪感だ。
だけど多分、ここで答えなきゃいけないのほそれじゃない。
気まずさや罪悪感抜きで、佐野君をどう思うか。家族としてやっていきたいか。洋子さんが聞きたいのは、そういうことだ。
もちろんそれだって、すぐに答えが出たりはしない。だけど、思ったことを少しずつ言葉にしてみる。
「えっと……佐野君とは、クラスは同じでもほとんど接点なかったですし、まだまだ知らないことだらけだと思います。けど、いい人だと思います」
いい人。なんともありきたりな言葉だけど、適当に言ってるわけじゃない。ちゃんと、そう思うだけの理由や根拠だってある。
「だって佐野君、家族想いですから。初めて再婚の話をした時、佐野君言ってました。洋子さんが笑うのが増えたって。幸せになってほしいって。恥ずかしそうに言ってたけど、きっと本当にそう思ってるんだろうなってわかりました。そんな風に家族を大事にできるなら、きっといい人なんだって思いました」
思えばそれが、再婚に対して不安だった私の背中を押す大きなきっかけになっていた。同時に、佐野君に興味が湧いた瞬間でもあった。
今はまともに話もできない状態になっているけど、本当はもっと近くにいて、彼のことを知りたい。そんな気持ちは、常に心のどこかにあったような気がする。
「だから佐野君とは、その……できれば、仲良くなりたいです……」
「そっか──」
話を聞いた洋子さんが、ホッとしたように息をつく。わたしの答え、少しは納得のいくものだったのかな。
「そっか。久美ちゃんがそう言ってくれて、少し安心したわ」
「いえ。そうは言っても、私もどうしたらいいのかわからないですし……」
「偏屈な息子でごめんね。でも久美ちゃんがそんな風に思ってくれてるって分かったら、きっと嬉しいはずだから」
「そ、そうかな……?」
「間違いないわよ。私が保証するわ」
今のギクシャクしている様子を考えると、本当に喜ぶかどうかは分からないし、洋子さんだって気休めで言ってるだけかもしれない。それでも、そう言われると少しだけ心が軽くなったような気がした。
佐野君と、もっと仲良くなりたい。
洋子さんと別れた後、学校に着いた私は、そのことばかり考えていた。
だけど、考えてすんなりアイディアが出るなら苦労はしない。どうすればいいのかと悩んでいると、不意に声が届く。
「一人でなにうんうん唸ってるのさ?」
「えっ──千夏?」
見ると、いつの間に近くに来たのか、千夏が不思議そうな顔でこっちを見ていた。
「私、声に出してた?」
「出してた。それに、わかりやすく頭抱えてたけど、何か悩み事でもあるの?」
あります。ただ、その内容を言うわけにはいかない。
佐野君と義兄妹になって一緒に暮らしていることは、千夏にはまだ話していない。いずれは話すかもしれないけど、今の微妙な状況をそのまま伝えるのは抵抗があった。
だけど、それはそれとして、せっかくだから意見は聞いてみたい。
「えっと、例えば、例えばの話なんだけどね……親の再婚で義理の兄妹になった男の子と仲良くなるには、どうすればいいと思う?」
「はぁ?」
意を決して告げると、呆れたような声が反ってくる。まあ、いきなりこんなこと言われたら、そうもなるよね。
「それって、久美が読んでる小説の話? 『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』だっけ」
千夏も小説そのものは読んでいないけど、私がさんざん推しているから、作品の名前とどんな話かくらいは知っている。
そりゃ、そういう風に勘違いもするかな。
「いや、そういうわけじゃないんだけどね……」
「違うの? まあそっか。聞いた話じゃ、少しずつ仲良くなっていくって感じのシーンはとっくに終わってるんだっけ」
「まあ、ね……」
千夏の言う通り、『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』の主人公理恵と、その義兄になった良介は、とっくの昔にに仲良くなっていて、今はイチャイチャラブラブな日々を送ってる。
連載スタートして最初の頃は微妙な距離感にヤキモキもしたけど、それがだんだんと縮まっていく度にキュンキュンしたものだ。
私も、そんな風に佐野君との距離を縮められたらいいのに。
「ん、待てよ……」
そこまで考えたところで、ふと思う。理恵と良介だって、ただ一緒に暮らしていただけで勝手に仲良くなったわけじゃない。仲良くなろうと、色々努力したんだ。
それって、今の私とまんま同じじゃない。だったら、それを参考にすればいいんじゃない?
もちろん、理恵と良介みたいにラブラブになるなんてのは無茶だし、そもそもそんな魂胆があるって誤解されたからこそ今の微妙な状態がある。だけど親の再婚で義理の兄妹になった相手と仲良くなるのに、これ以上の教科書があるだろうか。いや、ない!
「千夏、ありがとう!」
「何が!?」
千夏はますます困惑していたけど、とにかく私のやるべきことは決まった。
佐野君と仲良くなるため、『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』を参考にする。そうと決まれば、まずは一から見直して研究しないと。
一筋の光明を見つけた私は、早速スマホでカクヨムのページを開いて、『お義兄ちゃんと、一つ屋根の下』を第1話から読み直すのだった。
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