第2話 兄妹になるかもしれない、同い年の男の子
少し、時間を戻して話をしよう。
始まりは、私が高校生になって初めての夏休み。ある日の夕方だった。
いつものようにスマホでカクヨムを開き、フォローしている作家さんの近況ノートを覗いてみる。
記事の見出しは、『第2巻発売間近!』。以前書籍化した人気作の、2巻目発売のお知らせなんだけど、そこに書いていたコメントに返事が来たんだ。
以下が、そのやり取りの一部始終だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
【クミクミ】
リリィさん、2巻発売おめでとうございます!(^o^)!
色んなお店で限定特典がついていて、いかに人気作品かというのがわかります。
もちろん、全店舗で予約しました(๑•̀ㅂ•́)و✧
我が家の本棚に並ぶのが、今から楽しみですヽ(=´▽`=)ノ
【リリィ】
わわっ。全店舗で予約なんて、お財布は大丈夫ですか?( ゚Д゚)
そこまで応援してもらえるなんて、とっても嬉しいです。
クミクミさんにはほとんど読まれていなかった連載当初からずっと応援してもらって、本当に感謝しています。
それがなかったら、今こうして連載を続けていることもなかったかもしれません+゚。*(*´∀`*)*。゚+
◆◇◆◇◆◇◆◇
以上。
ちなみに、クミクミってのが私のカクヨムでの名前で、リリィさんというのが推しの作家様だ。
返信であるように、その作品は最初のころあんまり読まれていなかったんだけど、偶然それを見かけた私は、これはすっごく面白いと夢中になって、更新される度にコメントを残した。
それから徐々に人気が出始め、書籍化し、今では文句なしの人気作に。別に、最初から推してたからって偉いってわけじゃないけど、古参のファンとしてはこんなに嬉しいことはない。
「こちらこそ、いつも素敵なお話を届けてくださってありがとうございますーっ!」
感極まって、極まりすぎて、自分の中で高ぶった感情を発散させるため、その場でピョンピョンと飛び跳ねる。
みんなも、好きって気持ちや胸キュンが限界突破したら、こんな風になるよね。
数回飛び跳ね、さらには床の上を転がりだしたその時だ。不意に部屋のドアが叩かれ、お父さんが顔を出した。
「あっ、お父さん。もう帰ってきたの?」
「ああ。今日は珍しく、仕事が早く終わってね」
私のお父さん、
「せっかく早く帰ってこれたんだし、晩御飯はお父さんが作ろうか? それとも、久しぶりにどこか食事にでも行くかい?」
「えーっ。お父さんを台所に立たせると、余計に仕事が増えるよ。それに夕飯の材料だって買ってあるし、さっさと作って食べよう」
お父さんがこんなだから、我が家の家事全般はほとんどが私の仕事になっているけど、別にそれを不満に思ったことはないし、親子仲はすこぶる良好だ。
私がご飯を作り終えると、スーツから部屋着に着替えたお父さんが、テーブルに箸やコップをセッティングしていた。
「はい、できたよ」
「おお、美味しそう」
今日のメニューは、豚肉と茄子の味噌炒め。
二人でテーブルを挟んでいただくけど、食べ終わる頃、お父さんが急にこんなことを言い出した。
「なあ久美。実は、大事な話があるんだ」
「なに、改まって?」
「実は、洋子さんのことなんだがな……」
どう話すべきか迷っているのか、そこで一度言葉を切って口ごもる。
だけど
「もしかして、再婚したいとか?」
「えっ! いや、それは…………その通りなんだか……」
やっぱりね。どうして分かったんだって顔をしてるけど、だいたい予想がつくよ。
洋子さんって言うのは、お父さんの恋人だ。
二年くらい前に仕事を通じて知り合ったんだけど、お互い気が合ったのかプライベートでも交流を持つようになって、いつの間にかお付き合いが始まった。
その事はもちろんわたしも知ってたし、お互いいい大人なんだから、いつかはこんな話が出てきてもおかしくないと思っていた。
「いいんじゃないの。今まで言い出さなかったのだって、わたしが高校生になるまで待っててくれてたんでしょ。洋子さんなら私も賛成だし、その気があるなら再婚しちゃいなよ」
「本当かい!」
洋子さんなら、気さくで優しくて、私も好きだ。強いて難点を挙げるなら、お父さんにはもったいないくらいの美人ってとこかな。
だけど見た目の釣り合いなんて関係ないくらいに仲が良くて、二人が一緒にいると、お互い凄く幸せそうになる。
だからこんな話が出た時、何て答えるかは、もうとっくに決めていた。
けれどお父さんは、それからもう一度、私に聞く。
「ありがとう。久美が賛成してくれて、とても嬉しい。だけど、そう簡単に決めていいことじゃないかもしれないよ。再婚となると、久美と洋子さんだって家族になるんだし、そうなるとこの家じゃ手狭だから、引っ越すことにだってなる」
「それくらい分かってるよ」
「それに、洋子さんにもお子さんもいる」
「あっ…………」
そこで私は、ようやく思い出す。
実は洋子さんも、お父さんと同じように若くしてパートナーを亡くしていて、一人で子どもを育ててる。
今までそれを忘れていたのは、私がまだ一度もその子に会ったことがないから。だけど二人が再婚するとなると、もちろんその子も一緒に暮らすことになる。
洋子さんはともかく、その子とはうまくやっていけるのだろうか。そもそも、いったいどんな子なんだろう。
今まで話に聞いていたことを、一つ一つ思い出しながら確認してみる。
「確か、男の子だったよね?」
「ああ、そうだよ」
「えっと……もしかして、私と同い年だったりする?」
「そうだよ。久美と同じ、高校一年生。向こうの方が誕生日が早いから、再婚したら久美のお兄さんになるかな」
「そっか──」
同い年の男の子。それを聞いたところで、私は天を仰いだ。
どうしよう。ついさっき再婚に賛成したばっかりだけど、一気に不安になってくる。
だって、私にとって男子というのは、ほとんど未知の存在だ。そりゃもちろん毎日学校で飽きるくらいに目にはするけれど、喋った事なんてほとんどない。そんな暇があったら、ひたすら本やゲームに没頭していた。最後に会話をしたのっていつだっけ?
そんな私が、同い年の男の子と一緒に暮らす。義理の兄妹になる。
これが二次元なら、その子がイケメンで、仲良くなるイベントがあって、たまにお風呂上がりのラフな格好というサービスショットとかもあるかもしれない。オタクなら、これくらいの妄想すぐにできる。
だけど妄想は妄想。二次元は二次元。三次元はとなると、全然話が違ってくる。
「どうだい? やっぱり、同い年の男の子と一緒に暮らすとなると、難しい?」
お父さんが心配そうに訪ねてくる。もしここでわたしが無理って言ったら、多分再婚を断ってくれるだろう。
だけど、本当にそれでいいのかな?
お父さんがどれだけ洋子さんと一緒になりたいかは、よく知っている。なのに私が一方的にそのチャンスを奪うなんて、そんな権利があるんだろうか。
もちろんどうしても無理なら、お父さんには悪いけど、我慢してもらうことになるかもしれない。だけどその判断を下すのは、まだ早いような気がした。
「一度、洋子さんの子供と会わせてくれない。実際に会ってみて、それからしっかり考えてみるから」
「ああ、もちろんだよ。元々、久美さえよければそうするつもりだったからね。」
そう言うとお父さんは、すぐさま電話を手に取り、洋子さんに連絡し始める。後日四人で会って顔合わせをすることが決まったのは、それからすぐの事だった。
正直、今のところ不安の方がずっと大きい。だけど、お父さんや洋子さんには幸せになってほしい。
だからどうか、相手の子をちゃんと受け入れられますように、仲良くなれますように。
その日以来、ずっとそう祈りながら、顔合わせの日を待つのだった。
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