オタクな私が学校の王子様と義兄妹になったけど、新生活初日にやらかしました!

無月兄

第1話 我が家には、お義兄ちゃんなった学校の王子様がいます。

 学校についてからホームルームが始まるまでの間、私の目は、ずっとスマホに釘付けになる。それが、私、北条久美ほうじょうくみの基本スタイルだ。

 夏休みが明け二学期がスタートしたこの日も、それは変わらない。


 その理由は、小説投稿サイト『カクヨム』で、毎日この時間、お気に入りの作品が更新されるから。


 恋愛ジャンルのラノベで、とっても甘くてキュ~ンとするお話。書籍化だってされていて、少し前に2冊目が刊行された人気作なの。

 その作品の熱烈なファンで、もはや信者と言っても過言じゃない私としては、更新されたら即刻読む以外の選択肢なんてあり得ない。


 いや。実は最近、ちょっとわけあって読めない日があったんだけど、今はこうしてしっかり熱を注いでいる。

 もちろん、コメントだって毎回送っている。


「今回も最高でした。いつもステキなお話ありがとうございます──送信っと。ぐふふふふふ」


 コメントを送ってもまだ余韻が抜けずに、ニヤニヤ笑いが止まらない。興奮して体を震わせ、肩まで伸ばした髪があちこちに揺れる。

 するとそんな私に向かって、呆れたような声が飛んできた。


「久美──ちょっと久美。返事くらいしなさいよ!」

「ふぇ?」


 顔を上げると、そこには友人の土屋千夏つちやちなつが立っていた。

 どうやらさっきから挨拶していたようだけど、集中しすぎて気づかなかったみたい。


「ごめんごめん。これ、今回も神回でさ、ついつい夢中になっちゃったの」

「二学期になっても相変わらずね。まあ、もう慣れたけど」

「千夏も読んでみたら分かるって。って言うか一度読んでよ。語り合える同士が欲しいんだよー」

「止めとく。私もそう言うのは嫌いじゃないけどさ、とてもあんたと語り合えるレベルにはなれないよ」


 布教活動失敗。ネット上ならまだしも、近くに全力で話ができる子がいないから、何度か同士にならないかと誘いをかけているんだけど、なかなか上手くいかないんだよね。残念だ。


 千夏は疲れたのか、ハーッとため息をついて肩を落とす。それから、ふと疑問に思ったように、こんなことを聞いてきた。


「あんたが読んでるそれって、要はイケメンと恋愛するって話だよね」

「うーん。その一言で片付けられるもんじゃないけど、メインの要素の一つではあるかな。ヒーローの男の子がとってもイケメンでカッコいいの。もちろん、ヒロインちゃんだって可愛いよ」

「それだけ恋愛ものが好きなら、久美自身は現実の男子と付き合いたいとかは思わないの?」


 素朴な疑問って感じで聞いてくる千夏。だけど私は、すぐに首を横に振る。


「現実の? ないない。そりゃカッコいいなって思うことくらいはあるけど、だからって付き合あたいとはならないよ。そもそも、私と付き合いたいって奇特な人がいるとも思えないしね」


 自虐的な言い方ではあるけど、これは冷静に判断した事実だ。

 だって私は、ブスとは言わないけれど、顔もスタイルも、どう贔屓目に見たってせいぜい普通がいいところだ。さしたる特徴なんて何もない、ザ・平凡少女。

 それだけならまだいいかもしれないけど、それ以上の問題はこの溢れ出るオタクオーラだ。

 この小説はもちろん、他にも暇さえあれば乙女ゲームやマンガアプリを見ながら一人でニヤニヤしている。ハッキリ言って、引かれることも多かった。

 そんな私が三次元の人と付き合うなんて夢のまた夢。身の程はちゃんとわきまえているよ。


「久美。それ、言ってて寂しくならない?」


 なんだか千夏が目元を押さえているけど、オタク趣味に引かれるなんてもう慣れっこだから、いちいち気にしていられない。

 人に迷惑かけてるわけじゃないんだし、何を好きだろうといいじゃないって言うのが私のスタンスだ。


「全然。だってわたしには、ラノベにマンガに乙女ゲームがあるもん」

「……言い切ったよこの子は。相変わらずね」


 千夏も長い付き合いだけあって、この答えはある程度予想していたみたいで、フッとため息をつく。

 だけどその後々、思い出したように言った。


「あっ、でもこのクラスにはいるよね。ラノベやマンガのヒーロー並みにカッコいい男子。ほら、噂をすれば」

「えっ…………」


 千夏が教室の入り口を指差すと、その先には一人の男子生徒の姿があった。


 サラサラとした栗色の髪の間から覗かせる顔立ちはとてもきれいで、甘く優しげな雰囲気を醸し出している。

 男の子だけど、綺麗や美人と言った言葉さえもよく似合う、紛うことなき美少年だ。


 彼の名前は、佐野悠里さのゆうり君。

 どこの学校にも、女の子から人気のあるイケメン男子が一人や二人はいると思うけど、彼はまさにそのポジションだ。

 何しろ顔だけでなく、成績優秀で、スポーツも万能。これでモテないわけはない。一年生であるにも関わらず、今やその人気は学校中に広まっていて、まるで学校の王子様的存在になっている。


「佐野君なら、少女マンガや乙女ゲームのヒーローにも負けないよね」

「う、うん。そうだね……」


 うっとりと眺める千夏の言葉に、私は若干つまりながらも頷いた。確かに佐野君は、基本二次元にしか興味のない私から見ても、十分過ぎるくらいにカッコいい。


 だけど私は、そんな彼の姿を、とても複雑な気持ちで見つめていた。












 夏休み開け一日目だったその日は、始業式だけで授業はなし。

 お昼過ぎには、私は我が家の戸をくぐっていた。


 私の家族は、私とお父さんの二人だけ。お母さんは、私が産まれてすぐに亡くなってしまったからだ。

 それを寂しいと思ったこともあったけど、今ではすっかり慣れたし、一人の時間が多ければ、それだけカクヨムやマンガやゲームをひたすら堪能できるから、別に不自由は感じてない。


 そんな毎日が、これからも続くと思っていた。今から、ほんの少し前までは。


 玄関で靴を脱いでいると、先に置かれていた、男物の靴が目に入る。うちの学校指定の、男子用の靴が。


 それを確認してリビングに向かうと、やはりそこには、先に帰ってきた彼の姿があった。我が校の王子様、佐野悠里君の姿が。


「た……ただいま」


 緊張で固くなった声でそう告げる。

 今からほんの少し前、お父さんが再婚したのだけれど、その相手には子供が一人いた。それが、佐野君だ。

 つまり、彼と私は兄妹になったと言うわけ。


 この事は、学校のみんなには秘密だ。

 学校屈指の人気者である彼とひとつ屋根の下で暮らしているなんて知られたら、いったいどうなることか分からない。

 だけど…………


「えっと……お帰り」


 佐野君もまた、ぎこちない様子で返事をする。学校で見せる爽やかな雰囲気は、少々抑えぎみだ。


 私も彼も、お互いまだ新しい家族に慣れなくて、今もこうして距離感をつかみかねている。もちろん、ひとつ屋根の下で想像されるような甘い展開なんて皆無だ。


 それだけならまだいいんだけど、私達には更なる問題があった。


「じゃあ俺、部屋に戻るから」


 そう言うと、佐野君はそそくさと二階にある自分の部屋へと入っていく。彼とはいつもこんな調子だ。


 同じ家で暮らしているんだから、挨拶はするし、全く会話がない訳じゃない。だけど積極的に話をする事なんてほとんど無いし、顔を合わせる事も少なかった。


(やっぱり避けられてるよね)


 それはきっと、いきなり家族になった事に対する戸惑いだけが理由じゃない。


 佐野君が私を避ける、一番の理由。それは、彼とそのお母さんがこの家で暮らし始めたその日に起こった、ある出来事にあった。

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