第3話 運命の顔合わせ
「哲夫さん、久美ちゃん、こっちよ」
先に席についていた、美人の女の人──洋子さんが、にこやかな笑顔で私達を呼ぶ。
ここはとあるレストラン。普段利用するようなファミレスとは違っていて、なかなかに高級そうなところだ。
今日ここで、家族になるかもしれない私達の、もっと正確に言えば、洋子さんのお子さんと私の顔合わせが行われる。
私の服装も、それに合わせてちょっとオシャレなものを用意した。わざわざこの日のために買った、少し大人っぽいピンクのワンピース。髪も、普段はしていないバレッタで止めて、オシャレ度アップだ。
だけどどれだけ頑張っておめかししても、しょせん私は私。馬子にも衣装って感じで、場違いになってやしないかと心配になってくる。
「いやいや。今回大事なのは、見た目よりも中身。まずは、第一印象を良くしなきゃ」
色々不安もあるけど、相手の子と良い関係を築けるなら、それに越したことはない。
そのために、どんな風に挨拶したらいいか、頭の中で何度もシュミレーションしていた。
「はじめまして、北条久美です──はじめまして、北条久美です──」
練習してきたセリフを、もう一度小声で繰り返す。たったこれだけを練習する意味あるのかって自分でも思うけど、とりあえずいきなり噛む心配はないだろう。
それから改めて洋子さんを、そして、その隣にいる男の子を見る。
彼が、私にとって義理のお兄さんになるかもしれない人。
中途半端にあれこれ聞くより、直接会ってどんな人か確かめた方がいい。
そう思った私は、彼がどんな人かは一切聞いていないし、写真だって見ていない。だから、顔を見るのもこれが初めてだ。そのはずだった。
だけど──
「ふぇぇぇぇっ!?」
その顔を見たとたん、私は素っ頓狂な声をあげる。
その声がよほど大きかったのか、周りの人が何事かとこっちを見るけど、そんなこと気にする余裕もなかった。
初めて会うはずの男の子。そう思って目にしたのは、見覚えのある顔だった。
「さ……さ……佐野君!?」
サラサラとした栗色の髪に、アイドルもかくやと言いたくなるような甘いマスク。わたしと同じクラスの男子にして、我が校の王子様、佐野悠里くんが、今わたしの目の前にいた。
「うそ。なんで…………?」
見間違いかと目を擦るけど、何度やっても別人にはなってくれなかった。
「北条さんだよね。なんでって、母さんや哲夫さんから、話聞いてない?」
そういえばと思い出す。洋子さんのフルネームが佐野洋子であった事を。そこから導き出される答えなんて、一つしかない。
「じゃあ洋子さんの子供って、佐野くんだったの?」
「知らなかったの?」
知らなかったよ!
キッと睨みつけるように、隣にいるお父さんに顔を向ける。
「どうして教えてくれなかったの!」
「だって、下手にどんな人か聞いたら余計に緊張するから、何も教えないでって言ったじゃないか」
「だからって……」
そりゃ確かに言ったよ。でもさ、そんな大事なことなら別って思わない? 同じ学校のクラスメイトなんて、心の準備も必要でしょ。
「はじめまして」って言う脳内シュミレーションを何度も繰り返してたけど、全然はじめましてじゃないじゃん!
しかもあの佐野くんだよ。衝撃的すぎて、頭が追い付かない。
「北条さん落ち着いて。俺も事情を知ったのはつい最近だから」
宥めるように佐野くんが言う。それから彼の話を聞くと、再婚のこと私のこともちゃんと聞いたのは夏休みに入ってからで、一学期の間クラスで顔を合わせていた時は、そんなこと全然知らなかったそうだ。
「だから、俺だって北条さんとそんなに変わらないよ」
「う、うん……」
って言っても、事前に知っていたのと今この場で知ったのじゃ、大きな違いがあると思うけどね。
だけど、ここでこれ以上揉めるわけにもいかない。
するとそこで、それまで事態を見守っていた洋子さんが、パンと手を叩く。
「色々話したいこともあるでしょうけど、まずはみんなでご飯にしましょうか。二人とも、何でも好きなもの頼んでね」
こうして、挨拶もそこそこに食事が始まった。
正直、目の前にご飯があって助かった。だって食べてでもいないと、緊張でどうすればいいか分からなくなるんだもん。
運ばれてきたお肉を切り分けながら、チラリと佐野くんに目を向ける。改めて見ると、学校で王子様みたいな扱いを受けているのも、決して大げさじゃないくらいにカッコいい。
服装は、ここが高級レストランということに配慮してか、紺のスーツを着ているて、それがまた普段の学校では見ることのできない色気を醸し出しているような気がする。
そんな彼と、こんな場所で一緒に食事をとる。きっとファンの女の子からすれば、血の涙を流して羨ましがる光景だろう。
だけどそれが、私にとって必ずしも嬉しい状況とは限らない。
オタクにとって、リア充は眩しすぎる存在なんだ。それが、こんな超のつくイケメンと間近で向き合うと言う異常事態は、ハッキリ言って心臓に悪い。こうして近くにいるだけで、そのイケメンオーラでHPがガンガン削られているような気がする。
そんなんだから、もちろん会話なんて弾むはずもなく、むしろ現実から目を背けるように、ひたすら食べる事に集中する。緊張で味なんて分からないけどね。
口数が少ないのは、佐野くんも同じだ。今まで綠に話した事のないクラスメイトと、しかもこんな地味キャラを相手に、どうやって話せばいいのかわからないんだろう。
だけどいつまでも無言のまま食べ続けるのを見て、さすがにまずいと思ったんだろう。突如お父さんが口を開き、佐野君に質問する。
「悠里君は久美と同じクラスだけど、よく話したりはしてるのかい? それに、久美は普段、クラスではどんな感じなんだい?」
なんて事を聞くのでしょうかこの人は。まさか、同じクラスだからみんな仲良し、なんて思ってるんじゃないよね?
自分が洋子さんみたいな美人と仲良くなれたからって、感覚がおかしくなってるよ!
「いえ、その……今日まで喋ったことはなかったです。普段の北条さんは…………北条さんは……」
ほら、返事をする佐野君も困ってる。今まで喋った事もないクラスメイトが普段どうしてるかなんて、知ってるわけないでしょ。
なのにお父さんは性懲りもなく、まだ話を続けようとする。
「久美はマンガやゲーム、あと、ラノベっていうんだっけ。そういうのが好きでね。休みの日は一日中そういうのを見てるよ」
「ちょっと、お父さん!」
いきなり何を言ってくれるの!
こんな状況でオタクの生態なんて暴露したら、ドン引きされること間違いないでしょ。再婚の話なんて一瞬で消し飛びかねないよ!
本当に兄妹になるならいつかはバレる時がくるかもしれないけど、いきなりはまずい。
なのに親同士は、そんな私の心の叫びに気づかないのか、洋子さんが嬉しそうに言う。
「そうそう。哲夫さん、何度かそれ話してくれたわよね。悠里もね、そういうの好きだから、話が合うんじゃないかって思ってたの」
いいえ、多分合いません。
そりゃ佐野君だって、マンガやゲームくらい少しはたしなむだろうけど、私が好きなのは少女マンガに乙女ゲームに少女小説。しかも、沼へのハマり方が違う。
って言うかお父さん、今までにも洋子さんにそんな話してたの。娘の趣味を勝手に喋らないでよ。
幸いだったのは、佐野君本人がこの話を長引かせようとしなかったことだ。
「母さん──えっと、北条さん。俺は、その、普通に好きってくらいだから」
「そ、そうなんだ……」
これでひとまず、私のガチオタがバレることは回避できた。
だけど、これでまた話題は途切れ、少しの間沈黙が続く。
き、気まずい。
そう思っていると、洋子さんがこんなことを言い出した。
「二人ともごめんね。今まで喋ったこともないのに、いきなり親を交えて話せって言われても緊張するよね」
「いえ、そんなことは……」
そんなことは、正直あります。もちろん口にはしないけど。
すると洋子さん、まるで名案が浮かんだみたいに、お父さんに向かってこう言う。
「哲夫さん。私たち、しばらくの間席を外して、二人だけにさせた方がいいんじゃないかしら?」
洋子さん、いま何と!?
「そうだね。僕たちがいると遠慮して言いたいことも言えないだろうし、一度当人達だけで話させてみようか」
いやいや、お父さんまで何言ってるの!
むしろ二人がいてくれなきゃ、それこそどうすればいいのかわからないよ。おまけにその言い方、なんだかお見合いみたいに聞こえるんだけど!?
だけどそんなツッコミを口に出せるはずもなく、勝手に話を決めた親達は、席を立ちレストランの脇にある中庭の方へと連れだって歩いていく。
待って、待って────ああ、行っちゃった。
当然そこに残ったのは、わたしと佐野くんの二人だけになってしまった。
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