『なぞの階段』 下
ほくは、ひとりになった。
目につくような家財は無くなってしまい、なんとも、殺風景になってしまったものだ。
しかし、カウンターと、調理場のスペースは、そのまま、あるようだ。
『さて、鬼が出るか蛇が出るか。それとも、宇宙人かな。やれやれ、さみしいな。なんか、言ってくれれば良かったのにな。ぼくには、ほかには、行き場がないよ。』
と、ぶつぶつ言いながら、ついに、あの階段を登った。
壁がわに手すりがあり、危ない感じはしない。
しかし、右側は、なにもない空間だから、いささか、高い場所が苦手な僕ゆえ、なんだか、心もとない。
それでも、高い天井まで、まだ手を伸ばしても届かない、というあたりで、階段は終わった。
それで、かつて、あの見知らぬ人がやっていたように、最上段の階段に座ってみた。
なるほど、店内が良く見える。
それだけだな。
そう言えば、調理場が、うまい具合に上からのぞき込む感じにはなる。
これなら、マスターたちが、調理してる様子が、見えたろう。
まあ、オーナーさんが言うように、それだけかな。
いまは、何も動くものはない。
長居は失礼だろう。
帰ろうか、と、思ったとき、調理場でなんだか、なにかが動いたような気がした。
ごきさん、とかではなさそうだ。
もっと、大きな動きだ。
電灯がついてないから、薄暗い。
カウンターの裏側はなおさらである。
だから、影のようなものだ。
『うあ。これは、さすがに、まずいかなあ。』
ぼくは、幽霊の存在は肯定しない。
60年以上生きて、一度も出会わない。
だから、それが、どういう現象か、にわかにはわからない。
見たことのない、調理人さんが、奥のほうにあるらしい、仕込み場あたりから、何かを切断したらしきものを持ってくる。
すると、ちょっと若めな感じの男性が、そこに浮き上がり、でかいずんどうというのか、ぐずぐず煮えたつ中に、それを入れる。
『う、え、あ。え?』
ぼくは、唖然とした。
それは、どうやら、人間のような雰囲気の、腕ではないかしら。
もちろん、断定はしないが。
手のひらが、はっきり、見えた。
さらに、奥の部屋の調理台が、ちらっと見えた。
人間の、脚みたいだ。
若い調理人が、こっちを見上げた。
目が合ってしまった。
間違いなく、マスターである。
かなり、若いが、間違いない。
白黒テレビの画像みたいだが、浮き上がるように見えるのが、不思議だ。
これは、なにかの、テクニックによる、創作なのだろう。
降りて、調べようか、帰ろうか。
現代人の悲しい習性か、スマホで録画していた。しかし、写ってるかどうかわからない。
状況から考えたら、現実であるはずがない。
降りようとしたとたん、突然現れたママが何かをした。
階段が、下の段から壁に収納されて行く。
それも、ささささっ、とだ。
どうするわけにも行かない。
ぼくは、たぶん、床に向かって落ちた。
体操選手ではないし、鍛えてもいない。
さらに、なんと、いつの間にやら、床に穴が空いているではないか。
👍 👣 🤸
気がついたら、病院にて、あちこち吊るされたりしていた。
オーナーさんがいた。
『あ、気がつきましたか。看護師さん、呼びますよ。いやあ、タッチの差でした。音は、聴いたんです。階段が無くなっていて、床が抜けてるし、びっくりしましたなあ。あなた、なにやったんです? 警官も待ってますよ。』
『なに、やった? 階段を上がっただけ。あとは、なにもしてないです。急に階段が無くなり、穴が開いたんです。』
警官にも、そう、説明した。
結局、何かの都合で、仕掛けが、誤動作したんだろ。
という話しには、なった。
あの、映像の話しは、していない。
ちゃんと、写っていた。
つまり、物理的な何者かが、いたわけである。
話すと、ますます、ぼくの、部が悪く成りそうな気がしたのだ。
オーナーさんは、なにかしら、本当は知っているに、違いないとぼくは思った。
ぼくが、何も言い出さないとみて、こう言った。
『あの建物は、実は、むかし、なんらかの実験施設の一部分だったらしいんですがね。ただ、それだけのことで、怪しいことはないですよ。あなた、なにか、見ませんでしたか?』
『いや、あなたが言うように、とくには。急に階段がなくなったのは、ほんと、びっくりでした。』
『なるほど、まあ、あんな仕掛けが、なんであったのやら。マスターが捕まれば、分かりますね。たぶん。しかし、オーナーとしては、責任がありますから、治療費は、負担させていただきます。はい。』
実際には、なにが、あそこで行われていたのだろう。
退院したら、調べる気はある。
証拠映像はあるのだ。
しかし、オカルト映像と言われれば、それだけのことだ。
もしかしたら、なんらか、災いを呼ぶかもしれないけどね。
警察の動きも、かなり、当たり前に、スムーズだったな。
かつてにも、なにか、あったのかもしれない、とも、思った。
階段に上がっていた、あのひとが、気になるが、あのあと、彼が、どうしたのかが、記憶にはない。降りる前に、ぼくが帰ったような気はするが。はっきりしない。
建物は、その後、すぐに、取り壊されたらしい。
一番、気になるのは、ぼくが食べたものの、正体である。
🥩
『なぞの階段』 やましん(テンパー) @yamashin-2
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