第19話 不自然な遺体
翌日警視庁に着くと、既に出勤していたらしき守部警部補が入り口て待ち構えている事に気づく。
朝から小判鮫発動か。
「おはようございます、野神警部」
「おはようございます」
とりあえず定型文的な挨拶をされた為に、こちらも素直に返すと、守部は手に持っていた紙をひらひらと動かしながら見せびらかして来た。
昨夜見つけた江原 一樹の逮捕状だ。
早くから準備をして、遅れを取った俺の悔しがるさまでも期待していたのだろうか。
「お早い準備ありがとうございます、では行きますか」
「……俺、やっぱりお前の事嫌いだわ」
「知ってます」
「今のでさらに嫌いになったんだよ」
「まだ期待してくれていた部分があったんですね、ありがとうございます」
「……」
全く、この男は俺に何の期待をしているのだろうか。
一先ず出動手続きを済ませると、俺たちは早速車に乗り込んだ。
立場上の事もあり、運転席に守部、後部座席に俺と言う何とも言えない距離感の中車は動き始め、江原容疑者のアパートへとたどり着くまでの間、無言が続く。
1棟4室アパートの前に着くと、俺達は車から降りて、1階奥の部屋の前に向かう。
室外機が作動している事から、どうやら中に人は居るらしい。
それならばと思い、早速インターフォンを押すが、しばらく待っても反応が帰ってくる事はなかった。
扉に耳を押し当ててみるが、物音一つしない。
もしや寝ているのだろうか。
「江原さん、いらっしゃいますか?」
声をかけながら扉を叩いてみるも、やはり中から反応はない。
エアコンをつけたまま、何処かに出かけているのだろうか。
そう思い、ドアノブに手を置いて回した時、ドアは何故か呆気なく開かれた。
鍵がかかってない。
この状況に、俺と守部は目を合わせ、互いに腰に持っていた銃を構える。
中で待ち構えられているかもしれない。
そういう万が一の対策ではあるが、正直その可能性は格段に低かった。
「江原さん、入りますよ!」
一先ず断りを入れつつも、ゆっくりと土足のまま中を歩き、左右を注意しながら奥へと前進する。
部屋は1Kの狭い作りで、入って直ぐ右にキッチン、左にはトイレと風呂場。
キッチン事態はとても綺麗で、使われた痕跡はなく、その代わりゴミ袋の中にはカップめんやコンビニ弁当のゴミなどであふれ返っていた。
そして、キッチンの先、区切られていた襖を開けると、俺達は想定より一つ飛び抜けた状況にゆっくりと銃をホルスターへと戻す。
ある意味芸術だな。
「おいおい、コレは流石にやばくないか」
守部はそういいつつ、まるで逃げるように背を向け、携帯を取り出し、署に電話を掛け始めた。
「まあ、考えてなかったわけではないが…」
目の前にあるのは、間違いなく江原 一樹本人の遺体。
だが、その姿が余りにも残酷だった。
江原は部屋の中心に置かれた椅子に座らされ、胸元から腹にかけて綺麗に切り開かれ、そこから臓物が
しかもご丁寧に切り開かれた部分をこちらに見せたいのか、江原本人の手で切り口を掴み、拡げているかの様な体制のまま固定され死んでいた。
こんな殺され方をしたのだ、前回の爆弾事件は単独犯である可能性は消えたな。
最悪組織犯罪対策部に、この事件を根こそぎ持っていかれる可能性がある。
取り敢えず鑑識が来る前に、もう少し調べよう。
早速ゴム手袋を装着して、遺体の血が染み付いた衣服のポケットに手を伸ばす。
「おい、鑑識が来る前に現場を荒らすな……というか、よく触れるな……」
「荒らしてませんよ、調べてるんです。
守部警部補は意気地なしですね。」
「それを世間では荒らすっていうんだよ。
あと、サイコパスなお前と違って俺は一般人なんだ、一緒にするな!」
守部はそういうと、俺の行動を止める為なのか、突然腕を掴んできた。
瞬間、体の毛が一気に逆立つほどの嫌悪感が駆け巡る。
やめろ、やめろ、俺に触れるな!
条件反射で振り払うと、驚く守部と目が合い、一瞬にして頭が冷え、我に返る。
まずい。
「すみません……つい」
落ち着くんだ、一体何を恐れる必要がある。
唖然とする守部に謝り、逃げる様に作業を続けると、守部は俺の変貌に頭がついていけなかったのか、それからは止める事なくただ俺の行動を静かに見始めていた。
だが、それはそれで、やり難いな。
「……?」
服を弄っていると、ポケットの中に何かしら違和感を覚えて、それを取り出す。
メモだ。
一先ず開いて中身を確認すると、そこにはただ一言『早く殺しに来てよ』と書かれていた。
思い出すのは、爆破事件前の佐々木との取調べ。
俺は佐々木に『殺してやる』と口にした時、アイツは目を輝かせていた。
だが、佐々木はあの爆弾に巻き込まれ、無事ではないはず。
なら江原を殺した人物と、佐々木はやはり繋がっているという事だろうか。
ふと、臓物がこぼれ落ちる腹部を見ると、皮を掴む手に違和感を覚え、さらに注目していく。
「……え?」
「どうした?」
咄嗟に声が出た事から守部が反応を見せ、俺は平静を装いつつ立ち上がる。
「いや、この遺体、小指がないんですよ」
「小指が?」
小指がない遺体。
それは、俺が剪定した遺体全てに共通する、いわばアイデンティティーの1つ。
それが、何故かこの遺体にはあった。
どういう事だ。
犯人は俺の裏の顔を知り、俺にメッセージを送って来ているのだろうか。
だとすれば、そのメッセージに込められた意味は『侮辱』という事になる。
「……早く殺しに来てよ、か」
アレが俺宛てのメッセージだとすれば、この現場にはまだ何か隠されている可能性がある。
多分それは、一般人ならまず考えない場所だ。
あるとすれば、簡単に視界には映らずそれでいて触れたくない場所。
例えば、この遺体の体内といったところだろうか。
成る程、遺体の腹を開かれたこの姿にはしっかりと意味があったのか。
「長いゴム手袋持ってくれば良かった」
そう呟きながらも腕まくりをする。
「おい、さっきから何ひとりでブツブツ何をいってるんだ」
俺の行動についに痺れを切らしたのか、守部が漸く口を開く。
だが俺はそれに応える事なく、そのまま遺体の引き裂かれた臓物部分に手を入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます