第18話 オモチャにされた男

部屋の扉を開けると、汗の臭いと血の臭いが鼻をくすぐる。


まずいな、ココまで臭いが漏れてしまっている。


「加奈、何処だ?」


そう声をかけると、加奈は奥から所々に血が付いたベビードール姿で現れた。


「お帰りー」


加奈はそういいながら俺に抱きつこうとするが、咄嗟に1歩下がり、手を前に突き出す。


「スーツに血が付く」


そういうと、加奈は自分の体を見て、まるで捨てられた子犬のように凹んだ表情をしながら奥へと進んで行った。


辺りに人は居ないか、ジャケットを脱ぎながら周囲を警戒し、ゆっくりと中に入る。


「男は生きてるか?」


「うん……約束は守ってるよ」


「よし」


このマンション内での殺害を禁じる。


相手はどんな人物であれ、五体満足で自身の力で帰路につける状況にする事。


そういう約束を交わし、他は自由にさせていたが、ベビードールに付いた血からして、これは少しやりすぎだ。


奥の部屋の扉を開けると、裸の男が口を塞がれ、縛られたまま床に転がっているのを発見した。


ロープが体に食い込み、さながら巨大なハムのように見えるその男は、俺が入ってきた事に驚き体を振るわせる。


更なる恐怖が今から始まるとでも思っているのだろうか。


「安心しろ、俺はお前に何もしない」


そういって男の前にしゃがみ込む。


状態を把握する為にも男の体を満遍なく観察してくと、体中に大量の引っかき傷や切り傷があるのがわかった。


傷が浅く致命傷になりそうな部分はないが、このままにしていれば化膿する恐れがある。


「加奈」


俺が口を開くと背後に立っていた加奈がピクリと反応する。


「何か言う事はあるか?」


そういうと、加奈は目を泳がせながらもゆっくり口を開いた。


「ごめん……なさい」


ソレを見て、また男の方に視線を戻す。


「何処の誰か知らないが、俺の彼女が失礼な事をした」


そういい、口についていたガムテープを剥がすと、男は俺の対応が予想外なのか、目を丸くしながら様子を伺い始める。


「こ……こんな事をして、許されると思っているのか?」


そして、男は漸く反論の言葉を口にした。


俺の対応から、反撃して良いと思ったのだろう。


随分と安直な判断をする男だ。


「そうだな、お前が俺の彼女に何もしてないのなら、これは完全に彼女の責任だが……」


そういいながら加奈の方に目を向ける。


すると加奈は、ボイスレコーダーを取り出して再生ボタンを押した。


そこには加奈がその男に襲われるまでの一部始終の音声がきっちり録音されていた。


やはり、俺の女はチャッカリしてるな。


「これじゃぁ、何を言っても警察は取り扱ってくれないだろうね。

いや、裁かれるのは寧ろ君か」


「ち……違うんだ!そもそもその女が俺を誘惑して、そういう演技をしないと興奮しないって言うから!」


「へぇ、加奈はそんな事言ったのか?」


「してないもん、全部その人の嘘だもん」


「はあ?しらばっくれるなクソアマ!」


「クソアマだと?」


人の彼女に手を出しておいて、随分ないい草じゃないか。


俺は拳を握りしめ、男の腹部目掛けて勢いよく殴り込んだ。


突然の事に男は驚きながらも、嗚咽紛れに咳き込み、苦しみ始める。


「なぁ、知ってるか。

警察はよっぽどの証拠がなければ、こういう事件では動かないんだよ。例え体中に怪我をしていようと、自作自演を疑う。だがボイスレコーダーのこれは十分な証拠になるんだよ。

ソレをか弱い女の子が泣きながら警察に持ち込んだら、どっちが信じられるか……お前でも想像できるだろ?」


「クソ、クソっ! お前……覚えてろよ!」


男は痛みに目を潤ませ、悔しさを噛みしめながら俺を睨みつけて来た。


なんだ、アレだけではこの男には不十分か。


「あぁ、そうだ……自己紹介が遅れたが、私、実はこういう者でして」


そういいながら警察手帳を取り出し、その男の前に突き出すと、怒りに染まりつつあったその男の目はみるみると絶望と困惑に変わり、男は一気に大人しく成り下がる。


警察本人からの脅迫、いやコレは忠告だな。


国家権力をバックにすれば、この男にはもうなす術はない。


それから大人しくなった男を解放し、服を着せた後外に放り出すと、男は何度もこちらを睨みながら、それでも何もすることもなく静かに姿を消した。


コレで問題は解決したもの同然だ。


次に部屋の鍵をかけると、早速部屋の掃除に移る。


消臭スプレーを部屋中にふりかけ、換気をし、部屋を掃除し、微かにだが付いてしまった血の場所を徹底的に探して綺麗にふき取る。


カーペットに付いた血はカーペットごと処分すれば問題ない。


だが、加奈が俺を出迎えた際に落ちてしまったと思われる床にある数滴の返り血は、確実に血液検査に引っかかる。


拭き取った為に見てくれは分からないが、これ以上の事をすれば逆に怪しまれてしまう。


ルミノール反応なら誤魔化しはきくが、最近はそんな曖昧な物はもう使われてないのだ。


「本当に、何て事をしてくれたんだ」


「……ごめんなさい」


ポツリと呟くと、加奈は自分のしでかした事に気付き、悲しそうに肩を落とした。


だが、そんな姿が愛おしく思え、俺は加奈の頭を優しく撫でてしまう。


「いや、いいよ、お前も寂しかったんだろ?

それに、構ってやれなかった俺にも責任もある。

これぐらいの血なら万が一の時も誤魔化しは利くし、そもそもそんな万が一はこの部屋では起きないから安心しな」


「なんかソレ、フラグっぽい」


「なら、その発言でフラグは折ったな」


加奈は機嫌が戻ったのか、嬉しそうにこちらに微笑みかけてきた。





俺が加奈の遊びを許す理由は他にもある。


個人差があるが、それでも俺は期待してしているのだ。


今回行き場を失い、怒りにとらわれたあの男が、俺の元に復讐しに来る事を。


「さて、加奈は風呂だな」


「でも歩いたら又汚れるよ?」


分かっているくせに、本当にずるいお姫様だ。


こちらも血が付着しないようにシャツを脱ぐと、加奈をお姫様抱っこで抱え、そのまま風呂場へと連れて行き、お湯を出す。


加奈はその状況に喜び、必要以上に俺に体を擦り付けて来た。


そして、その流れに任せるようにゆっくりと夜の営みへと溶け込んで行った。

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