第17話 デスクワーク

「守部警部補、私はこの後11係から防犯カメラの情報をもらい、中身を確認に移る予定です。

その間、今回の事件についての聞き込みでも行ってはどうですか?

どうせ、一緒に居るのは貴方も癪でしょう。

別行動をして後で情報を共有しましょう」


この方が気が楽だ。


だが、先程反論していたはずの守部警部が、今度は俺の提案にも突っかかり始めた。


「冗談じゃないぞ、確かにお前と一緒なのは癪だが、危険人物をひとりにする訳ないだろ。

こうなれば、お前も徹底的に監視してやるよ」


「……」


つくづく厄介な人間だ。


元より最近は佐々木のせいで時間に余裕がなく、新たな忌み木を捉える余裕がなかったというのに、更にストレスを俺に与える気か。


とはいえここは警視庁であり、今の俺は刑事。


「勝手にしてください」


「あぁ、勝手に行動させてもらうよ」


守部警部補との会話を半ば無理やりに終わらせ、早速仕事を進める為鑑識に向かうと、病院の監視カメラのデータを再生してもらう。


カメラの時間は巻き戻され、困惑する一般人が大勢映り、そこに俺が姿を現した。


そこで、通常の再生に戻す。


俺が走り出し、ひとりの男に手を伸ばした時、男はそれを振り払うようにナイフを振り回す。


「ココだ」


カメラを止め、その男の顔の部分の解像度を上げていく。


動いていた事もあり若干ぶれてしまっているが、顔の部分はしっかりと認識できた。


最近の防犯カメラの性能には感心するな。


その時はあまりよく確認してなかったが、見た目からして少し気の弱そうな若者、といったところだろうか。


「なんか思ったより餓鬼だな」


守部が顔を覗かして来る。


「そうですか、私と対して年は変わらないと思うのですが」


「つまりは、そういう事だよ」


いちいち一言余計な男だ。


さっそくデータをもらい、今度は犯罪歴を調べる為に自分のパソコンに戻ると、その後ろをぴったりと軽鴨のように守部警部補がついて来る。


1時間後。




「なあ、まだか?」


今回の資料や報告書を見ながら退屈そうに待っていた守部が、ついに我慢の限界に達したのか、俺に急かす様に問いかけてきた。


「暇なら手伝って下さい」


こっちだって、お前の視線に我慢の限界だ。


苛立ちが膨れ上がってきた俺は、そんな事をいうと、守部はテーブルるに置いていた資料を戻し、突然真剣な表情で俺の方に向きなおして来る。


「共有フォルダに俺宛てでファイルを添付しろ」


意外だ、本当に手伝ってくれるのか。


「……じゃぁ11係の中にある守部警部補のファルダに入れておきます」


素直にデータを送ると、守部は静かに作業を始めた。


いえば、素直に仕事の手伝いをしてくれるのか。


全く、本当によく判らない人間だな。






こうしてふたりで作業を始め、効率化が進んだはずだったが、いつの間にやら日はどっぷりと暮れ、庁内に人はほとんど居なくなっていた。


「見つからねーな」


流石に疲れたのか、守部も辛そうに呟く。


当たり前だ、ある程度年齢や性別を絞って探しているが、重罪から微罪まで様々な犯罪歴を見ているんだ。


そう簡単に見つかるわけがない。


せめて名前があれば一気に絞れるんだが、そんな都合の良い状況で調べられる方が少ない仕事でもある。


そんな時、プライベート用の携帯が鳴り響き、その瞬間守部の冷たい視線が刺さった。


定時を過ぎている為気にせず電話に出ると、加奈かが不安げな声で問いかけて来る。


『今日残業?』


「あぁ……そうだな、でも今日はそろそろ切り上げようとは思って……」


「帰さねぇよ」


俺の通話に、守部が割って入って来た。


まさかこいつ、人のプライベートにまで口を挟んでくるのか。


「別に我々は残業を言い渡されたわけではありません」


「だからと言って、帰るのかよ。爆弾で巻き込まれた自分の相棒の敵をとりたいとは、思わないのか?」


押し付けの一般論で俺の精神を揺さぶろうとは、ある意味で俺の考えをよく理解できている。


表面上の俺は一般論にはなるべくは逆らいたくないのだ。


「……加奈、悪いがそういう事だ、少し帰りが遅れる」


『そう……(タス……ヶ)分かった、待ってる』


加奈はそういい残すと通話は終了した。


だが何だ、先程通話口の先から誰かの声が聞こえた気がした。


コレは厄介だな。


助けを求める別の声、つまり加奈はまた遊んでいる。


とはいえ、いつもの事だ。


問題はないと思うが、最悪の事態も想定して、なるべく急いで帰宅する必要があるか。


そう思った俺は、すぐにパソコンにかじりつき、作業スピードを一気に上げた。


「お、さっきまでスピードダウンしていたのに、突然又やる気が戻ったな。

それほど彼女が大切なのか、サイコパスにも愛する女っているんだな」


「守部警部補、口より手を動かしてください」


「……」


守部の言葉に反論すると、守部は少し驚いた表情を見せ、そのまま素直に作業へと戻った。



それから1時間後。



「……あった」


5年前の万引き常習犯の中からその男は発見される。


年齢は20歳、中卒のフリーターで名前は江原 一樹えはら かずき


本当にただのこそ泥だった。


それに、現住所もしっかりと登録されている。


防犯カメラで俺に向けて刃物を振り回した映像が記録されている為、ここから殺人未遂及び銃刀法違反で令状を作る事は可能だろう。


「明日逮捕状もらってそのまま彼の家に向かいましょう。では、解散」


「まてよ」


パソコンを閉じ、急いで帰ろうとする俺の行く手を守部が阻む。


まだ何かあるというのか。


「俺達、今回一時的なものではあれ、今日からコンビを組んだんだ。互いを知る為、今から交流を深めないか?」


つまりは飲みの誘いだ。


俺の現状をある程度は把握しているであろうこの状況での誘いは、もはや嫌がらせでしかない。


「家で待ってくれる人が居るんです。孤独な貴方に付き合ってる暇はありませんので、さようなら」


「ほう、言うじゃねぇか」


切り捨てるように答えた事によって守部は鼻で笑い返してきたが、俺は振り返る事なく急いで帰路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る