第15話 テロリスト

研究所から離れ、一般病棟付近まで行くと、避難する患者でロビーは混雑していた。


皆が一直線に出口に向かう中、慎重に皆の表情を確認していく。


混乱する顔、恐怖する顔、状況が理解出来ず呆然する顔など、様々な表情が通り過ぎていく。


見つけた。


ひとりそんな中で、何やら思いつめたような表情をしている男を発見。


男は俺と目が会うと、俺が一般人ではない事を雰囲気から察したのか、その表情は驚きへと変わった。


気づかれないようにわざわざ患者の服まで着ていたが、俺には分かる。


あの表情、間違いなくこの男が犯人だ。


一気にその男との距離を縮め、捕らえようと手を伸ばした時、男はその場で立ち止まり、何処からか仕込んでいたナイフをこちらに振りかざしてきた。


「あっぶね!」


咄嗟に避け、戦闘体勢に入る。


男も刃物を片手に身構え、緊張が走った途端。


何故か男はこちらに向かってくる事のなく体を捻らせ、全力で別方向へと逃げ始めた。


「え……は?!」


てっきり脇目も振らず襲って来ると思ったばかりに、ソレが原因で自分が遅れを取った事に気付く。


「待て!」


我に帰り、慌てて追いかけるが、不意を突かれた分の時間をロスしてしまい、その間男は人ごみに紛れ、ついに見失ってしまった。


俺は馬鹿だ。


皆が血の気の多い戦闘狂な筈がないのに、こんなあまりにも初歩的なミスをしてしまうとは情けない。


「畜生!!」


怒りに任せ、病院の壁を殴り、深く深呼吸をする。


落ち着け、まだ事件は解決してない。


本来ならこのまま犯人を追いかけるべきかも知れないが、これ以上佐々木から離れるのは危険な気がする。


すぐさま立花に電話かけると、直ぐに立花の声が聞こえた。


「佐々木は移動出来たか?」


『此方は問題有りません、それより野神警部は御無事ですか?』


「犯人を見つけたが逃した」


『はい!?』


「色々あったんだよ、兎に角、俺も今からそっちに向かう」


『わ……分かりました!』


電話を切り、立花等が避難した場所に今度は足を向ける。


確か研究所の近くにある駐車場だったはず。


そう思ったとき、遂に病院は大きな爆音に包まれた。


地面が微かに揺れ、爆音の先に目を向ける。


「まじかよ……」


爆破された場所は研究等側の裏。


丁度立花たちが居る方面だ。


周りからは悲鳴や叫び声が広がり、事態が更に大きくなった事が手に取るようにわかる。


それにしても、何故あそこが爆破出来たんだ。


あの周辺は、研究所や隔離病棟がある場所の為、一般人の立ち入りは出来ない。


佐々木がこの病院にいる事を理解し、尚且つ避難した方面である研究室裏を爆破する。


こんな事、一般人には不可能だ。


そうは思っても、事実は変わりようがない。


兎に角、合流へと向けていた足を早め、そのまま一気に走り出した。


建物の外から研究所の裏へと回り込み、専用の駐車場へと向かうと、そこには大型の黒いボックス車が勢いよく燃え盛る姿を目撃する。


間違いなく、佐々木を乗せる為に用意されていたものだ。


「立花!佐々木!朝霧さん!」


爆発の大きさからして、恨みを持つ人間の仕業か。


「野神君、こっち!」


「朝霧さんですか?!」


爆炎の中から朝霧の声が聞こえ、車の後ろへ急いで回ると、煤だらけとなった朝霧の丁度足元に、もうひとり誰かが倒れている事に気づいた。


立花だ。


「おい!しっかりしろ!」


慌てて駆け寄り、声をかけつつも周囲を確認する。


佐々木の姿が見当たらない。


「すみません……佐々木を、見失いました」


立花は泣きそうな表情で、歯をきつく噛み締めながら俺にそう伝えて来た。


俺が頼んだ事もあり、責任を感じているのだろう。


「無理に喋るな、今から救急隊が来るから、気をしっかり持つんだ」


そう答えながら、立花の手をしっかりと握り、宥める。


さて、どうしたものか。


話からして、佐々木が生きている事は理解出来た。


それに、コレ迄の流れから、アイツがこの状況で逃げ出すとも思えない。


つまりは、間違いなく誰かが逃したという事だ。


爆弾魔の目論見は、病院に爆弾を仕込んだ事を知らせる事によって我々を外に逃がし、車に向かわせる事だった。


しかも、車に乗車した人物が見当たらない事から、乗車する前に爆破して被害を調節したのだろう。


それに立花の怪我の状況。


様々な場所に傷があり、衰弱している事から、寸前まで一緒に居た佐々木も無事ではない筈だ。


こんな無茶苦茶なやり方で佐々木を連れ去るという事は、佐々木の仲間ではないのか。


なら何故連れ去った。


それに気になる事はまだある。


「ごめんなさい、私が目を離した瞬間に彼女と佐々木が爆発に巻き込まれて……駆けつけた時には……もう」


悲しげな表情を見せるこの朝霧が無傷な理由だ。


「偶然にも爆破に巻き込まれないなんて、相当運が良かったんですね」


嫌味を込めていうと、朝霧もそれに気づいたのか表情が曇った。


「私を疑っているの?」


「警察は疑うのが仕事なんで」


迷わず答えると、朝霧は呆れたように溜め息をつく。


「本当に偶然よ、それより野神警部は佐々木容疑者を追わなくていいのかしら?」


「闇雲に追っても意味はありませんよ」


「なら、どうするの?」


「此方にも考えが有りますので、お気にせず」


ひりついた空気の中、漸く救急隊が駆け付けて来た。


もう、これ以上の分析をする余裕はないか。


「こちらは一度署に向かい、今後の話をします。

申し訳ありませんが、朝霧さんには立花をお願いしても良いですか?」


「……分かったわ。

疑われている私が言うとまるで説得力がないかもしれないけど、佐々木はこの日本で最も危険な男よ。

必ず連れ戻してね」


「私は佐々木の担当警察官ですよ」


「そうね、余計なお世話だったかしら」


朝霧はそういうと、少し悲しげに微笑んだ。


その後救急隊に事情を説明すると、立花は救急車に運ばれ、それに朝霧も共に乗り込み、その場を後にする。


上手く誤解してくれたな。


残念ながら俺は、佐々木を見つけたとしても連れ戻す気はさらさらない。


佐々木が消えたのは、俺からすればむしろ好都合の展開だ。


これからは、本来の俺として探す事ができる。


頼むから、生きていてくれよ。


でなければ、俺は佐々木忌み枝殺す剪定出来ない。

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