第12話 剪定
「お疲れ様です」
定時で警視庁を離れ、街灯に照らされた歩道をまっすぐと歩き、改札を抜けて電車に乗り込む。
帰宅ラッシュのタイミングでもあった為、体は様々な人間に揉みくちゃに押され、汗と香水の混ざった車内の匂いに目眩がした。
不完全燃焼の今回の業務に加え、現在の不愉快な状況。
あぁ、気分が悪い。
剪定にここまで苦労するとは思わなかった。
その時、ふととある犯罪者が脳裏を過ぎる。
そうか、奴もそろそろ頃合いだな。
俺は帰宅後すぐにマンションの駐車場にある車に乗ると、迷わずそのまま別の場所へと移動した。
通勤時はラッシュの為に車は使えないが、今から行く場所は寧ろ車でしか向かえない人里離れた山道だ。
グネグネとした細い山道、そのさらに奥の地図すら記載されてない入り組んだ獣道同然の道路を進んで行き、少し開けた場所で途中で車を止める。
この先は、車では迎えない程道が狭まる為、歩いて行くしかない。
車内に常備してある懐中電灯を取り出すと、それを片手に草木を掻き分け奥へと進んでいく。
虫の音や、草木の微かに揺れる音に耳をすませながら先へ進み、漸く見えてきたのは使い古された掘っ立て小屋だった。
早速扉にある3つの種類の違う鍵を開け、中に入ると、そこで靴を履き替える。
周辺は隅から隅までビニールで多い尽くされ、中からは汗と汚物の臭いが鼻をついた。
4日も放置していれば、こんなものか。
マスクをつけ、まずは消臭スプレーで辺りの臭いを消しながら少しずつ進むと、その先のテーブルに裸で拘束されたままの男を見つける。
塞がれた口からはチューブが垂れ下がり、その先に栄養ドリンクの入ったボトルを入れておいたのだが、中身は既に空。
呼吸は鼻からしてもらい、それ以外は首すら回せないように頭部まできっちりと固定している。
栄養失調に加え拘束からくる疲労とストレスで相当衰弱しているのだろう、男は俺が入って来たのに反応すら見せなかった。
「起きろ」
頬をたたくと、男はゆっくりと目を開いた。
その瞳に写る光は淡く、虚ろで眼球はゆらゆらと宙を舞うように揺れ動き、視点が一向に定まる気配を見せない。
だが、コイツに同情なんて無用だ。
「7月16日、近所の川で少女が発見された。その少女は衣類を着用しておらず、川で発見されたのにも関わらず死因は餓死である事が判明。
その少女は1ヶ月前から行方不明で捜索願が出されていた少女だった」
俺は事件の詳細を口にしながら、ゴム手袋を着用する。
「少女の年齢は14歳、ピアノが大好きで、将来はピアニストを夢見ていたらしい」
そういいがら、小瓶に白いシールを貼り、日付と名前を書くと、中にホルマリンを入れる。
「だが、そんな彼女の夢はたった1人の夢も希望もない腐った男によって破壊された」
小瓶を近くの作業台に置き、その作業台に規則正しく並べたいくつもの凶器の中から、鉈を手に取る。
そして、その男の小指めがけて鉈を振り下ろす。
小指は簡単にその男から離れ、そこから血が可愛らしく噴出した。
途端に大人しかったはずの男は唸り声を上げ始め、体を動かそうと必死にもがき始める。
「なんだ、まだ抵抗できるだけの力があったんだな」
そう答えながらも指を拾い、水で綺麗に洗い流し、その水を綺麗にふき取りホルマリンの中に入れると蓋を閉める。
「本当は飢餓の苦しみを知ってもらう為にも後3日は放置しておこうと思ったんだが、やめた。
今日はさ、俺のストレスの吐口になってよ」
そういいながら、唸る男の頬を優しく撫でると、男は唸ることを止め震えながら俺の手を目で追う。
「あぁ、その目……いいねぇ」
恐怖に震え、生に執着し、許しを請うかのようなその瞳には偽りはなく、俺の中に先ほどまであった、不快な感情をかき消してくれる。
「なぁ、俺とお前の違いは一体何処にあると思う?」
死人に口なしとはよくいうものだ。
これから死ぬ相手にだからこそ、ありのままの自分をさらけ出す事ができる。
「俺もお前も、同じ人殺しだ。ただ、標的が違う。
無実の人間を殺しているか、犯罪者を殺しているか、正直それだけなんだよ」
そういいながら、男の切り取られた小指の断面に触れると、男は再度痛みで唸り声を上げた。
「後はいかに一般人の中に溶け込めるかが鍵となる。
自分の快楽や欲望だけで動いていれば、いづれお前の様な末路を辿る事だろう。
だがな、俺は自分が社会不適合者である事も、一般人には認められない存在である事も自覚している。
サイコパスはな、自覚したら勝ちなんだよ」
そうだ、俺は他とは違う。
サイコパスは基本無自覚といわれているが、俺は自覚している。
要は、奴らの上を進み、自分の欲望を社会情勢と上手くリンクさせた成功者でもあるのだ。
「最近少し、仕事でストレスを溜める事が多くてね、今日は少し喋りすぎてしまったよ。
さぁ、剪定の始まりだ」
そういうと、俺は錆びて古ぼけたナイフを取り出し、ソレを構えたままビニールを被り、男の首を切った。
辺りに血が飛び散り、被っていた透明のビニールは赤く染まっていく。
錆びたナイフは安物でもある為、男は簡単には死なず、悲痛に顔を歪め、その表情に俺自身も共感し、震え、笑みがこぼれ落ちる。
こうして暫く鑑賞していると、血の噴出は落ち着き、ビニールを取り、絶命した事を確認した。
そのまま赤く染まった男の上にビニールをかぶせ、壁一面の簡易的に止めていたビニールを外してさらにその男に巻き付ける。
バケツを用意し、男を担ぎ、袋の先から血をそのバケツに流し込み、その血を処理した後、男を事前に掘っていた穴に落とした。
さて、今日も俺は良い事をした。
そんな感情に浸っていた時、ポケットが微かに震える感覚を覚え、作業を一時中断して携帯を取り出すと、加奈からの着信である事に気づく。
慌てて電話に出ると、加奈のすすり泣く声が聞こえた。
「どうした?」
『だって……何回掛けても出ないんだもん』
咄嗟に履歴を見ると、そこには30件近くの着信履歴が残っていた。
まずいな、男の処分で全く気づかなかった。
「ごめんな……俺が悪かった。
もうすこししたら片付くから、家に帰ったら良い子良い子してしてやる」
『ほんとに?』
「あぁ、だから、もうちょっとだけ待ってくれ」
『う……ん』
まるで子供をあやすように優しい口調で加奈を宥めると、加奈も一応は納得してくれたようで、すんなりと引き下がった。
本当なら掘っ立て小屋に新しくビニールを敷いてから帰ろうかと思ったが、今日はこの男を埋めて直ぐ帰った方が良さそうだな。
これ以上加奈に心配をかけたくない。
男を埋めると、今回使用した道具を洗浄し専用の場所に保管する。
そして靴を履き替え、ホルマリン漬けされた指の入った小瓶をポケットに突っ込み、急いで帰路に着いた。
さて、これで明日も頑張れる。
俺は他の人とは違う、違うんだ。
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