第10話 疑惑

翌朝、いつも通り警視庁に向かい、自分のディスクに座ると、目の前にはあの佐々木の資料に加え、見覚えのない資料がある事に気づく。


見ると、そこには殺人鬼の深層心理について事細かく書かれていた。


「何だこれ?」


「野神さんを立派な殺人鬼にする為の資料ですよ」


俺が首を傾げると、向かいに座っていた立花が口を開いた。


成る程、あの殺人鬼設定の為の資料か。


渡された資料に一先ず目を通すが、やはりこれといった犯罪者像は見当たらない。


「うーん」


「野神警部、昨日もそんな感じに悩んだ結果答え出さずに帰ったじゃないですか、流石に今日は決めないとまずいですよ」


「いや、分かってるんだけどね」


何故が、どうも自分のプライドが邪魔をして、犯罪者像が作り出せない。


何を見ても、俺はこんな事をしない。


俺ならこうする。


この犯罪は非合理的だと、全て理由付けて否定してしまっているのだ。


「どうした、今回の案件はやはりお前でも頭を悩ませるものなのか?」


悩んでる俺を見兼ねたのか、後ろから織田課長が資料を覗き込み、不思議そうに首を傾げた。


「犯罪心理?」


そういや、今回の俺の役割はまだ報告してなかった。


まずいな、すっかり忘れていた。


「すみません、後ほど報告書を提出しますが、実は今回私が担当してる被告の佐々木なんですが、どうやら私を同じ人殺しの仲間だと思っているらしく、話を合わせて情報を聞き出す事になりまして……」


そう答えると、盗み聞きしていたのか、誰かが吹き出す様に笑い始めた。


見ると11係に座るひとりの様で、俺が気づくと、こちらに嫌味ったらしく微笑みかけて来る。


「いや、失礼、やはりサイコパスにはサイコパスが分かるんだなっと思ってね」


コイツ、まだそんな事をいうのか。


彼は同じ刑事部一課に所属する男、守部 直樹もりべ なおき警部補。


細く鋭い目と、その目をさらに主張する様な左目の涙ボクロが特徴的な中型体系で、俺よりひとまわり年上の中年だ。


周囲の奴らは俺に向かっての嫌味は陰口がをいうが、コイツの場合は直接向かって来る為、余計に面倒くさい。


それに俺の次に検挙率を挙げており、実力も申し分ない優秀な奴でもあった。


とはいえ、庁内での人気は俺など目ではない程に低い。


嫌われている理由としては、誰にでも思った事を口にするその嫌味な性格の為だろうな。


「確かに、俺が変わり者って自覚はありますよ」


「変わり者……ねぇ」


俺の答えに鼻で笑い、守部はデスクに置かれていた缶コーヒーを口に運ぶ。


「守部立場をわきまえなさい、野神は警部だぞ」


「エリート様様ですもんね、すみません」


「守部!」


織田課長の言葉にも全く引く事なく、守部は今のゴタゴタがまるでなかったかの様に作業を始めた。


コレでキレ者なのだから、困ったものだな。


だが、今集中すべき事は守部でなく佐々木だ。


佐々木が納得し、尚且つ俺のプライドを傷つけない犯罪者としての人物像。


そうなればやはり、あれしかないか。


気を取り直し、パソコンを起動すると、自身が構成した犯罪について詳しく入力して行く。


目的、表立っての理由から内に秘めた理由まで、可能な限り細部にまで作り込み、印刷をし、読み返し、修正を行い、又印刷をした。


そして遂に、ほぼ完璧な犯罪計画書が仕上る。


ある程度警察が逮捕する隙を与える計画作りをした為、多少の妥協はしたものの、今現在の自分の状況に似せて構成した事もあり、しっくりする。


「立花、これどう思う?」


最終確認も兼ねて資料を提出すると、立花はソレを受け取り静かに読み始めた。


そして読み終わると、立花はポツリと「すごい」といった。


「凄いですよこれ!

この犯罪者像は野神警部にぴったりです。

こんなの、他の人が簡単にできるものではない……これならあの人殺しにも疑われませんよ!」


「そりゃ、どうも」


勢いに押され、遂に逃げ腰になる。


コレは褒められているのだろうか。


だがコレでひとまず、課題が1つ終わったのだ。


次は佐々木についての聞き込みを始めよう。


「出かけるぞ」


「病院ですか?」


「ソレは明日でもいいだろう。その前に、佐々木の身辺調査だ」


「裏取りなら昨日終わらせましたよ、同じ事を繰り返すよりも犯人と直接話した方が有意義なのでは?」


「お前は馬鹿なのか、なぁ馬鹿なのか?」


「……2回も言わなくても」


全くコイツは何も理解していない。


何の為にこの刑事課に赴任したのか怪しくなる程だ。


とにかく、そのまま警視庁から離れ、専用の車の助手席に座ると、遅れて運転席に立花が座り込む。


説明するより見た方が早い。


「取り合えず、現場に向かってくれ」


早速立花指示を出して向かわせると、手元にあった佐々木の資料を取り出して中身を再度確認する。


佐々木の殺人には全く規則性がなく、無差別的であり、そこに込められた感情も、罪悪感もなければ快楽もなかった。


発達段階の子供が好奇心から蟻を殺す様な感覚さえ、佐々木には存在しないのだ。


美学も、目的も、何もが存在しない真っ白な存在。


佐々木は自分がその様な存在であると主張しているが、果たしてそんな事があり得るのだろうか。


いや、あり得るはずがない。


俺にだって人を剪定する理由が存在するんだ。




……あれ




思考を巡らせている中、突如新たな疑問が浮上する。




そういや、俺はいつからこんな事を始めたんだ。




今まで考えもしなかった自分自身の疑問、それが一般と異なる答えを導き出している自覚はある。


なら、そもそもその普通とはなんだ、常識とはなんだ。


「いっ……」


頭が痛い、落ち着け。


それより、気になる事は他にもあるだろ。


資料には、少年院や精神病棟など、様々な場所に入れられ、そこでも彼の殺人衝動は収まる事はなかったが、無人の場合動くことはなかったとある。


つまりひとりにすれば比較的安全であった筈にも関わらず、この先の資料には『脱獄』の2文字が存在していた。


この“比較的安全であった”という解釈も俺自身の中にある常識だったとすれば、この部分に疑問を持つのは間違いなのか。


違う、違う、俺は一体何を考えているんだ。


少しでも可能性があれば、警察はそれを疑わなければならない。


自分が正しいと仮定してみろ、万が一佐々木が本当に逃亡する意思がなかった場合、誰かの手引きにより脱出した事になる。


なら、その人物の目的は何だ。


俺はここ数年、佐々木の存在を全く耳していなかった。


つまり佐々木は数年間、人を殺さず潜んでいた事を意味する。


この第三者は佐々木の殺人衝動を抑えるのが目的だったのだろうか、いや多分そんな単純な理由ではない。


「現場に着きましたよ」


立花にそういわれ、俺は我に帰ると、車から出た。

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