第9話 恋人
仕事が終わり、辿り着いたのは高級感のある高層マンションの入り口。
そこでパスワードを入力してロックを解除すると入り口の自動扉が開き、そのまま中に入る。
奥にあるエレベーターに乗り9階のボタンを押すと、体がゆっくりと浮遊していく感覚が襲われる。
女性の機械音声が階数を知らせ、それと共に扉が開くと、まっすぐと自分の部屋に向かい、カードキーを差し込んだ。
ようやく安心できる空間だ。
「ただいま」
そう口にしながら中に入ると、入り口の明かりをつけ、靴を脱ぎ、中に上がり込む。
微かな酒の匂いと、飴の甘い香りが充満し、意識が変にぼやける。
短い廊下の先にある扉を開くと、小さな豆電球程の明かりで照らされた広い空間には、服が所々に散らかり、左奥にある焦げ茶色のソファーでは何かが蠢いているのが見えた。
「加奈、ただいま」
幼虫の様に包まっている加奈の頭を撫でると、加奈は布団から顔を出し、寝ぼけ眼を擦りながらゆっくりと体を起す。
茶色のゆる巻きロングヘアーに、細身の体を見せつけるかの様な黒く透けたベビードール。
タレ目風の可愛げな厚化粧がしてあり、そんな加奈は俺を見つけると、嬉しそうに微笑みかけて来た。
「衛くんだぁ、お帰りぃ」
加奈は俺の首元に自分の腕を伸ばして回して来る。
そんな加奈の腰に手を回して抱きしめると、そのまま唇にキスをした。
互いの唾液と舌が絡み合い、キスは徐々に激しくなっていく。
加奈の息は徐々に荒くなり、俺はそんな加奈の鼻を塞ぎ、酸素を全て奪う勢いで唇を重ねる。
加奈は酸素の吸収源を断たれ、苦しそうにもがき、最終的に我慢の限界なのか、俺の頭部を拳で殴りつけて来た。
「いって」
咄嗟に離れると、加奈はその場でむせ混み、俺の胸元に顔をうずめてくる。
「意地悪は、だめ」
「悪い悪い」
本当に愛しい女性だ。
顎に手を伸ばし、軽い口づけを再度加奈にすると、俺は立ち上がりスーツを脱いだ。
「今日のお仕事、どうだったの?」
俺が着替え始めると、加奈はソファーの前にあるテーブルから酒の入ったコップに手を伸ばしながら聞いて来る。
「ん、別に普通だったぞ」
「うそぉ、例の人殺し君の事、考えてたでしょ」
「良くわかったな」
「何年アンタと一緒にいると思ってんのよ」
加奈はそういいながらも、度数の高そうな酒を一気に飲み干す。
「そうだね、あれからもう10年以上は経ったか」
***
俺が加奈と出会ったのは、10歳の時だ。
当時、俺と加奈はご近所同士の子供で、良く遊んでいた。
加奈はとても大人しく、穏やかな性格をしていて、笑顔が印象的な可愛い子供だったが、そんな加奈の違和感に気づいたのは俺が11歳の時。
いつもの綺麗な白い肌に、似つかわしくないアザを加奈の体から発見した事から始まる。
問い詰めると、それは父から付けられたものだった。
しかも驚く事に父の虐待は、ただの虐待ではなく
性的虐待も含まれていたのだ。
母は乱暴な父に怯え、見て見ぬ振りをしていた。
その為、日に日に加奈の目からは光が消えていった。
絶望の淵に落とされ、全てを諦めてしまったかのように悲しげ微笑む加奈。
加奈は何も悪い事をしていないのに、何故あそこ迄苦しめられなければならないのか。
そんな思いが日を追うごとに膨れ上がり、遂に俺の中にある何かが弾けた。
加奈を苦しめる人物に更なる苦しみを。
奴らを殺そうと、そう決意が固まった。
決意が固まってからの俺の行動は早かった。
家族が揃ったタイミングで加奈の家を訪ねると、躊躇なく包丁で両親の首元に深く突き刺し殺害。
血の海の中、開放感と脱力感から死体の上に座り、泣きながら笑う俺に、加奈が震えながらもこちらに近づいて来る。
「加奈、これで君は自由だよ」
俺はそういうと、加奈は震えながらも俺の手にあった包丁に手を伸ばして来た。
俺は加奈に素直に包丁を渡す。
その瞬間、突然脇腹に激痛が走り、見るとその包丁は俺に深々と差し込まれていた。
予想外の衝撃に立つ力は奪われ、その場で倒れると、加奈は俺の腹に刺さった包丁の持ち手を綺麗に拭き始める。
「何……してんだ」
「衛を人殺しになんか、させない」
加奈はそう答えると、電話で110番を押して、警察を呼んだ。
それが、俺と加奈の過去の出来事。
***
服を脱いで上半身が露わになると、加奈は立ち上がり、脇腹にある傷口を優しく撫でる。
「私達の、愛の証ね」
加奈はそういって、傷口にキスをした。
「あの時お前の配慮のおかげで、あの事件は不審者のせいとなり、事件はお蔵入りになった。
だが、俺がお前を庇って刺された設定になっていた時は正直笑えたがな」
「でも、私を助けてくれたのは本当の事だよ?」
「そうだな」
そう答えて、しゃがんでいる加奈に目線を合わせてキスをする。
キスは再度激しさを増し、俺は加奈の内股に、するりと手を伸ばした。
加奈は欲情した俺に全てを委ね、吐息が熱を帯び始める。
「俺を慰めてくれる?」
「……もちろん」
甘える俺に、加奈は微笑み返し俺のズボンに手を伸ばした。
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